第一話 古川洋一
俺は、死ぬことに慣れていた。
普通なら、一度死ねば終わりだ。
だが、俺は違った。
死ぬたびに、別の場所で目を覚ました。
最初の人生は、ごく普通の人間だった。
学校へ行き、働いて、恋をして、年を取り、そして死んだ。
二度目の人生では、剣と魔法の世界に生まれた。
最初は何もできなかった。
剣を持てば腕が痛くなり、魔法を使えば鼻血が出た。
それでも、俺は諦めなかった。
十年。
二十年。
三十年。
努力を続けた。
やがて俺は、魔王と戦えるほどの力を手に入れた。
そして魔王を倒した。
――そのあと死んだ。
三度目の人生では、別の異世界だった。
そこでは魔法よりも知識が重要だった。
俺は医学、薬学、錬金術を学んだ。
人間の身体を知り、薬を作り、毒を見抜く力を身につけた。
そして、その人生も終わった。
四度目。
五度目。
六度目。
何度も生まれ、何度も死んだ。
そのたびに、俺は能力を身につけていった。
剣術。
魔法。
治癒。
錬金術。
身体能力。
そして――透視。
普通の人間には見えないものを見る力。
異世界では、かなり重宝した。
だが。
何度目かの人生を終えた俺は、次の人生について何も期待していなかった。
どうせまた、知らない世界で生まれる。
そう思っていた。
ところが。
「……ん?」
目を開ける。
白い天井。
蛍光灯。
壁に掛かった時計。
窓の外から聞こえる車の音。
俺はゆっくりと上半身を起こした。
「……ここは?」
ベッドから降りる。
部屋を見回す。
机。
テレビ。
スマートフォン。
そして、窓の外に見える道路。
「……日本?」
俺は呆然とした。
現代日本。
俺が最初に生きた世界と、ほとんど同じだった。
「戻ってきたのか……」
懐かしかった。
異世界では、魔法が当たり前だった。
ドラゴンもいた。
魔王もいた。
それに比べれば、現代日本は平和だ。
少なくとも、いきなりモンスターに襲われることはない。
俺は鏡の前に立った。
「……誰だ?」
そこに映っていたのは、知らない男だった。
二十代後半くらい。
黒髪。
普通の顔。
普通の体格。
「また転生か」
そう呟いた。
その瞬間だった。
『普通の顔とは失礼だな』
「……え?」
頭の中から声がした。
俺は鏡を見る。
当然、そこには俺一人しかいない。
「誰だ?」
『俺だよ』
「俺?」
『そう』
声の主は、落ち着いた男の声だった。
『俺の名前は古川』
「……古川?」
『そうだ』
「何で俺の頭の中にいる?」
『それはこっちが聞きたい』
「……」
俺はしばらく黙った。
そして聞いた。
「お前も転生者か?」
『そうだ』
「何回?」
『五回』
「……」
『お前は?』
「七回」
『なるほど』
古川は少し考えてから言った。
『どうやら俺たちは、同じ身体に入ったらしい』
「そんなことあるか!」
『現にあるだろ』
「いやいやいや!」
俺は頭を抱えた。
転生は何度も経験してきた。
異世界も経験した。
魔王も倒した。
死ぬことにも慣れている。
だが――
自分の頭の中に別の人間がいる。
これは初めてだった。
「待て」
『何だ?』
「この身体はどっちの身体なんだ?」
『知らん』
「じゃあ、俺が出ていくのか?」
『それも知らん』
「……」
『ただ、一つ分かっていることがある』
「何だ?」
『俺たちは、もう別々にはなれないらしい』
俺は鏡を見る。
そこに映るのは一人。
しかし、その身体の中には二人いる。
「……古川」
『何だ?』
「これからどうする?」
『知らん』
「役に立たないな」
『お前もな』
「……」
初対面なのに腹が立つ。
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
そのときだった。
俺の右手が勝手に動いた。
「え?」
手のひらを上に向ける。
そして――
小さな光が浮かび上がった。
「……魔力」
『魔法か?』
「ああ」
青白い光が、手のひらの上で揺れている。
異世界で何度も使った魔法。
俺は笑った。
「残ってる」
『能力が?』
「ああ」
目を閉じる。
意識を集中する。
壁を見る。
すると、壁の向こう側が透けて見えた。
隣の部屋。
家具。
時計。
配線。
俺は目を開いた。
「透視も使える」
『なるほど』
「これなら――」
『何をするつもりだ?』
「いや、別に」
『今、絶対ろくでもないことを考えただろ』
「考えてない」
『顔に出てるぞ』
「……」
俺は笑った。
何度も転生してきた。
そのたびに、俺は一人だった。
だが今回は違う。
俺の中には、古川がいる。
古川の中には、俺がいる。
二人分の経験。
二人分の知識。
二人分の人生。
それが、一つになった。
「古川」
『何だ?』
「せっかくだ」
『?』
「この人生、二人で楽しもうぜ」
少しの沈黙。
そして。
『……まあ、悪くない』
古川が笑った。
こうして俺たちは、現代日本で新しい人生を始めた。
名前は――
**古川洋一。**
いきり洋一。
毒舌古川。
性格も考え方も正反対。
そんな二人の転生者が、一つの身体に宿った。
このときの俺たちは、まだ知らなかった。
この人生が、これまでの転生とは比べものにならないほど面白くなることを。
そして――
最初に俺たちが向かった場所は。
異世界の城でも。
冒険者ギルドでも。
魔王城でもなかった。
近所の――
**コンビニだった。**




