お揃いのタキシードとドレスで結婚します! 男装令嬢とオネェ公爵の幸せな巡り合わせ
「……もう、疲れたわ」
王宮の夜会。
煌びやかな音楽と、貴族たちの笑い声が響く庭園の片隅で、公爵家嫡男アレク・フォン・ヴァルディアは噴水の陰に身を隠していた。
普段の彼は、非の打ち所がない。
公爵家の嫡男として領地経営にも長け、王宮では若くして重要な仕事を任され、書類を渡せば翌日には片付いている。
使用人たちからの評判もいい。
――ただし。
「アタシ、オネェなのよねぇ……」
夜空を見上げながら、アレクはため息をついた。
幼い頃から自分の好きな服を着て、好きな髪型をして、可愛いものを愛でてきた。
そして今では、完全に自分の性別に縛られず生きている。
もちろん、それを隠すつもりもない。
だが。
「公爵家の跡取りがこんなんじゃ、婚約者なんて見つかるわけないじゃない……」
婚約の話が出るたび、アレクは断ってきた。
自分の生き方を隠して誰かと結婚するつもりはない。
だからといって、
『オネェで女装もします』
と堂々と言って婚約してくれる令嬢が、そう簡単に現れるとも思えなかった。
「家督はどうするのよ……。仕事は山ほどあるし……。最近じゃお父様まで『そろそろ婚約を』って毎日言ってくるし……」
そのときだった。
「……ずいぶんと景気の悪い独り言だな」
「ひゃっ!?」
振り返ると、そこには一人の貴公子が立っていた。
整った顔立ち。
落ち着いた物腰。
上品な仕立ての礼服。
どこからどう見ても、育ちの良い青年だった。
「盗み聞きしてごめん。だが、俺も少し休みに来たんだ」
「そ、そう……」
「それにしても、公爵家の嫡男ともあろう人が、噴水の陰で『もう疲れた』か」
「ちょっと!」
アレクは頬を膨らませた。
「アタシだって疲れるのよ!」
「……アタシ?」
「そうよ!」
酒が入っていた。
いつもより、かなり入っていた。
そのせいもあって、アレクの口は止まらなかった。
「アタシはオネェなの!」
「……ほう」
「女装もするわ!」
「なるほど」
「可愛いドレスが大好きなの!」
「そうか」
「でも公爵家の嫡男だから、家督は継がなきゃいけないし、仕事は山ほどあるし、周りは勝手に『男らしく』とか『跡取りらしく』とか言ってくるし!」
「うん」
「婚約者なんて見つかるわけないでしょう!?」
「……そうだな」
「でしょ!?」
アレクは目を潤ませながら叫んだ。
「アタシだって誰かと一緒に暮らして、好きな服着て、毎日うふふって笑って暮らしたいのよぉ!」
「……」
貴公子はしばらく黙っていた。
やがて。
「……分かる」
「え?」
「俺も似たようなものだ」
「あなたも?」
「俺も、婚約者が見つからない」
「まあ!」
その夜。
二人は噴水の陰で、延々と愚痴を言い合った。
アレクは自分がどれだけ仕事で苦労しているか。
貴公子は自分がどれだけ周囲から結婚を急かされているか。
最後には二人とも、
「結婚って大変ねぇ!」
「本当にな!」
と、すっかり意気投合していた。
そして三日後。
「……は?」
アレクの前に、一通の釣書が置かれた。
「伯爵家から?」
「はい」
母親である公爵夫人が嬉しそうに微笑んでいる。
「先日の夜会でお話した伯爵家からですの」
「……お母様」
「なあに?」
「その伯爵家、アタシが女装するって知ってる?」
「ええ」
「オネェだってことも?」
「もちろん」
「……なぜ?」
「さあ?」
公爵夫人はにっこり笑った。
「でも、お相手のご令嬢も少々変わった方らしいの」
「……ご令嬢?」
「ええ。二女の方よ」
アレクは釣書を見つめた。
「……一体どんな人なのよ」
こうして、一週間後。
アレクは当然のように女装して見合いの席へ向かった。
「アタシはアタシよ」
淡い青色のドレス。
繊細なレース。
美しく整えられた髪。
胸を張って伯爵邸へ向かう。
「これで嫌われたら、それまでよ」
そう呟いて応接間へ入った瞬間。
「……あ」
「……え?」
そこにいたのは。
先日の夜会で噴水の陰にいた、あの貴公子だった。
「あなた!?」
「君か!?」
二人は同時に叫んだ。
そして。
「…………」
「…………」
沈黙。
やがてアレクが口を開いた。
「まさか……」
貴公子は静かに笑った。
「俺が、この見合い相手だ」
「嘘でしょ!?」
その瞬間。
部屋の隅にいた伯爵夫人が、にこにこしながら説明した。
「紹介するわね。うちの次女、アリシアよ」
「……アリシア?」
貴公子が優雅に礼をする。
「改めまして。アリシア・フォン・ベルフォード。女です」
「……女!?」
アレクの目が丸くなる。
アリシアは苦笑した。
「普段は男装しているからな」
「どうして!?」
「剣術が好きだから」
「……」
「馬も好きだ」
「……」
「可愛い女の子を見るのも好きだ」
「……」
「可愛いドレスも好きだ」
アレクが震えた。
「……あなた」
「なんだ?」
「アタシたち……」
「うん」
「めちゃくちゃ気が合うんじゃない?」
「俺もそう思っていた」
二人は顔を見合わせる。
そして。
「うふふ」
「ふふ」
「きゃっきゃっ」
「ははは!」
その日、見合いは異例の速さで決まった。
二人とも。
「この人しかいない」
と思ってしまったのである。
数週間後。
王都では、とんでもない噂が流れ始めた。
『公爵家の嫡男が伯爵家の令嬢と婚約した』
ここまでは普通だった。
しかし。
『婚約者同士が二人とも自分の好きな格好をしている』
という情報が追加される。
そして結婚式当日。
教会の扉が開いた。
「まあ……!」
参列者たちから、一斉に声が上がる。
新郎アレクは、純白のタキシード。
新婦アリシアも、純白のタキシード。
二人とも胸元には同じデザインの青いブローチ。
「…………」
「…………」
向かい合った二人は。
「ふふっ」
「うふふ」
嬉しそうに笑った。
しかし、それだけでは終わらなかった。
衣装替えの時間。
今度は二人とも、揃いの純白ドレス姿で現れた。
「まああああ!」
「お揃い!?」
「二人とも似合ってる!」
アレクは満面の笑み。
「ねえアリシア! このドレス最高じゃない?」
「最高だな! 裾の刺繍も素晴らしい!」
「でしょう!?」
「それにこの髪飾り!」
「あなたも素敵よ!」
「あなたも!」
「うふふ!」
「きゃっきゃ!」
完全に二人だけの世界だった。
その様子を見て、公爵夫人は涙を拭った。
「……本当に良かったわ」
隣では伯爵夫人も微笑んでいる。
「ええ。あの子、あんなに楽しそうに笑うんですもの」
さらにその隣。
公爵家の当主は、頭を抱えていた。
「……息子の結婚式だというのに、私は一体何を見せられているんだ」
伯爵は肩を叩いた。
「諦めろ」
「……そうだな」
こうして。
公爵家嫡男アレクと、男装の麗人アリシアは夫婦になった。
仕事の日。
アレクは完璧な公爵家当主として働き。
アリシアは騎士たちと剣を振る。
休日。
二人で馬に乗り。
可愛い服を選び。
お揃いのドレスを着て。
時にはお揃いのタキシードを着て。
鏡の前に並んでは。
「ねえ、アタシたち可愛くない?」
「最高に可愛い」
「でしょう?」
「俺も可愛いか?」
「もちろんよ!」
「うふふ」
「きゃっきゃっ」
そんな二人を見た使用人たちは、すっかり慣れた様子で微笑む。
「今日も仲がよろしいですね」
「ええ」
「お二人とも幸せそうです」
そう。
二人が求めていたのは、
『普通の夫婦』
ではなかった。
自分らしく生きることを許してくれる相手。
好きなものを一緒に笑って楽しめる相手。
そして何より。
「あなたと結婚できて、本当に良かったわ」
「俺もだ」
「これからもずっと一緒ね」
「ああ」
二人は顔を見合わせて。
「うふふ」
「きゃっきゃ」
今日も幸せそうに笑うのだった。




