くだらないことで言い合おうぜ
『…なんか、甘くね?旨いけど』
『え』
『この卵焼き』
『いや、卵焼きは甘いもんだろ』
『うぇ?』
箸を止めた。
『卵焼きって甘いもんじゃなくね?』
『あ、だし派?』
『いや、しらない。だって作ったことないもん』
『知らねぇなら黙っとくか聞け。お前に語る資格はない』
『はい、さーせん』
昼休み。
弁当の具交換会が行われた。
あえて、異文化交流と言おう。
『反省の気持ちを込めて、この唐揚げをあげよう』
俺は購買で買ったやつだけど。
『…許そう』
よし、唐揚げは強い。
『お前ん家の卵焼きは甘くないの?』
『おん』
『だし巻きってこと?』
『いやしらんって』
『まぁ、そうか』
何か考え出した。
…そんなに大事か?卵焼き。
『じゃ、作ってみよう』
『え?』
『こういうのは、実際作ってみりゃいいんだ』
『…どこで?』
『家庭科室を借りよう。あの先生ならいける』
『俺料理したことない』
『大丈夫。別に誰も責めないから』
『でもバカにすんじゃん』
『当たり前だろ』
『おい。言ってることと違うだろ』
『責めてないからセーフ』
そんな、他愛のない会話を続けていた。
そんで、弁当が空になった頃。
『うし、先生んとこ行こう』
『えぇ…』
半ば強制的に、連れていかれた。
昼休みも半分ぐらいになった頃。
家庭科室の横にある謎の準備室に入った。
入って早々。
『んだ?ガキども』
椅子から首を上に傾けて、こっちを見る。
…この先生なんで許されてんの?
この態度で。
『放課後、家庭科室貸してくれませんか』
『いいよ。なんで?』
『軽っ』
即答だった。何を言ってもすぐに、いいって言ってそうなスピードだった。
『卵焼きを作るためです』
『え~?ショボくない?』
先生は椅子をギーッと鳴らして背もたれにもたれた。
『なんかもっと、ケーキとかさ。そういうもん作ろうぜ』
椅子で回りながら言った。
『目的が違うんで』
俺が言った。
『その目的ってのは?』
『…文化交流?』
『大層な理由だな。卵焼きでか』
先生は椅子をくるくる回したまま、水滴が地面に落ちるように
『…くだらないことで言い合える内が華か』
と、言った。
『いいだろう』
突然止まって、俺たちを見据える。
『私も参加しよう、その交流』
『先生も?』
『ちょっと気になってね』
『えぇ…』
『なんだ、先生がいるのは嫌か』
『嫌です』
『あははっ。直接的だな。しかし残念、監督者がいないと家庭科室は使えない』
『うわ、汚ぇ』
『言い方』
先生は笑いながら立ち上がった。
『じゃ、放課後ここに来い。んで、声かけろ』
『分かりました』
先生は、机の上にあった鍵束をポケットに入れた。
ジャラッと鳴る。
『ほら、出ろ。私も次授業なんだよ』
『失礼しましたー』
一緒に言って、ドアを閉める。
そのあとすぐ、先生が出て来る。
それで、
『また放課後な~』
って、手を振りながら歩いていった。
教室に戻るために廊下を歩いてると友達が
『な?いけたろ?』
それだけ言った。
教室に入って。
ちょっと余った時間をボーッとして過ごしていると。
チャイムが鳴る。
キーンコーンカーンコーン
先生が入ってくる。
『お願いしまーす』
言葉として認識してないみたいに、みんなが言って。
授業が始まる。
でもノートを開きながら、頭の中には。
卵焼き。フライパン。家庭科室。
それしかなかった。
五、六時間目が終わる。
そんで、放課後。
いつものように帰ろうとすると
『いくぞ』
と、声をかけられた。
『あ、そっか、卵焼きね』
すっかり忘れてた。
廊下を歩く。
『そういや、卵とか、なくね?』
『…確かに。まぁ、最悪明日で』
着いた。
『閉まってね?』
『本当だ。…忘れられてる?』
『職員室にいるんじゃね』
『あー。俺、呼んでくる。ここいて』
そういって、友達が呼びに行こうとしたとき。
『お。早いな』
後ろから声がした。
振り向く。
『あ、先生』
手には、あの鍵束。あと、ビニール袋。
『もう来たのか』
『はい』
『いいねぇ、やる気あんじゃん』
先生が鍵を開けた。
家庭科室に入って、荷物を置く。
『先生』
『ん?』
『食材ってあります?』
『あるよ~』
手に持っているビニール袋を少し揺らした。
『買ってきた』
『え』
『学校出ていいんですか?』
そこ?
『ダメだよ~』
そう言いながら、袋から卵を取り出した。
『お金とか…』
『いらんいらん。先生がそんなにケチに見えるか?』
『そういうことじゃないですけど』
『じゃ、始めるか』
俺の発言を無視して、進めようとしてる。
『とりあえず、私は手ぇ出さないから、好きにやんな』
『よし、やるぞ』
友達がやる気だ。
『あれ、お前って料理出来るの?』
『お前が食べた卵焼きは、俺が作ったやつだ』
『えぇ!?』
『おい、驚くな。悪口みたいなもんだぞ』
『意外…』
『俺のテクを見るんだな』
そういって、材料を見渡した。
『先生!砂糖ってどこですか?』
『棚』
『え、わかんな』
『あった』
『あったのかよ』
『よし、まず卵を割ります』
『おおっ!片手だぁ!』
『かっこいいだろ?』
『…殻入ってね?』
『こういうときは箸』
『ださっ』
『黙れ』
器に三つ、卵を入れた。
『三つなんだね』
『別に何個でもいいぞ』
卵を溶きながら答えた。
『でもまぁ、初めてなら俺の真似しろ』
『うっす。殻入れますね』
『黙れ』
溶き終わって。
『…食べ比べすりゃいいから、俺はいつも通り作るか』
砂糖を入れた。
『計んないの?』
『めんどい』
すると
『油引いてねーー!』
遠くから先生の声。
『学校のはボロいからなぁ』
『関係あんの?』
『ひっついちゃうのよ』
『ほーん』
油を引いた。
『…後は、見て覚えてください』
『おい。放棄するな』
それから。
『完成!』
『おお』
綺麗な卵焼きが出来た。
『俺でも出来そう』
『まー。難しくないし、できるっしょ』
『えっと、味付けだけ変えればいい感じ?』
『そ』
『分量は?』
『…作ったことないから、知らね』
『おい』
『先生!』
『んお?』
先生寝てたぞ。
監督なんじゃなかったのか。
『だしってどれぐらい入れればいいですか?』
『適当』
『…おい、先生使えないぞ』
『しょーがないなぁー』
先生がこっちに歩いてくる。
『あれ、卵は』
『まだ器に出してないです』
『おーい。そこまでやってから聞け』
『うっす』
コン。
パカ。
『うまいじゃん』
『おい、俺の真似しろよ』
『黙れ』
三つ入れて、溶かした。
『んー。まぁ、こんなもん?』
先生が、目分量でいろいろ入れた。
『計ってないですけど』
『いいのいいの』
先生が戻っていった。
『よし、頑張れ』
『任せろ』
それで。
『できた!』
途中、誰か来て、先生と喋っていった。
誰だったんだろ?
『いいじゃん!ちょっと不恰好だけど』
出来た卵焼きを、皿に並べる。
『出来た~?』
先生が来た。
『こっちが甘いやつで、こっちがしょっぱいやつ』
『上手くできてんじゃん』
『でしょ?』
自慢げに言ってやった。
『じゃ、食べよう。甘いやつから』
箸で割って、みんなで食べる。
『うん。旨い。上手だね』
『いつもの味~』
『甘い。美味しい』
次に、しょっぱいやつ。
『うーん。旨い』
『旨くね?』
『美味しっ』
『…なんか、しょっぱい方が旨いんだけど』
友達が言った。
『私が味付けしたからね』
『おい!ズルだ!』
『いや知らんよ』
俺が言う。
『これじゃ比べられないだろ!』
『ざんねーん』
煽るように、先生が言った、
『納得いかねぇー』
『でも、だしのが旨いじゃん』
『いーーーや。甘い方がいいね』
『でも、旨いじゃん』
『それはズルだから』
『でも旨いじゃん』
『ふははっ!』
先生が笑った。
『先生のせいだぞ!』
『ちなみに、先生はどっち派なんですか?』
『だし』
『おーい!不正が明らかになったぞ!』
『聞いたのが悪いね』
先生が、皿からもう一個ずつ食べた。
『うーん。だしの勝ち』
『いーや。この戦いは無効だね』
『じゃあ、再戦?』
『甘い方も先生の味付けにする』
『だししか知らんぞ』
『おーい!やっぱり不正だ!』
『知らん知らん』
先生は、最後に残った一つずつを食べた。
『はい、終わり。今日はおしまい』
『納得いかん!』
『負け犬がうるさいな』
『だまりな。虎の威を借る狐がよぉ』
『はーい。片付けしてね~』
先生はそう言うと、また椅子に座ってスマホをいじり始めた。
『監督しろよ』
『してるしてる。ちゃんと見てる』
『絶対見てない』
『ほら、洗え洗え』
シンクを指差された。
しばらくして。
皿もフライパンも全部洗い終わった。
『終わりました』
『おー』
先生が立ち上がる。
『じゃあ電気消して帰るか』
パチン。
蛍光灯が一つ消えた。
窓の外はもう暗くなり始めてる。
『そういえば先生』
『ん?』
『なんの話してたんですか?』
『いつの話し?』
『俺が作ってるときです』
『あ?…あー』
先生は少しだけ悩んで。
『政治』
そう答えた。
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
『何やってるんですか?先生』
ガキどものお守りのふりしながらスマホを弄ってると、気になったのか生徒が入ってきた。
『監視してんの』
『…あれは、何してるんですか?』
『…あー。異文化交流?』
『卵焼きで?』
『そうね』
『…子どもですね』
『お?ブーメランか?』
『そうじゃないですよ。くだらないことで言い合ってるあの様子が、です』
『んー。まぁ、そうかもね』
『……甘いのとしょっぱいのの話し、ですか』
あいつらの会話を聞いて、なんの話か察したらしい。
『そんなの好みの問題なんから、議論する意味ないのに』
『…それは正しいけど、正しくないな』
『え?』
『君は、たけのこの里ときのこの山、どっちが好き?』
『え?…たけのこ、ですけど』
『そう、わたしはきのこ。チョコが旨い。あと、手が汚れにくいのがいい』
『えぇ?お菓子触った時点で汚れてるんですから、手を洗いましょうよ』
『ずぼらな私にはあってんの』
『そうですか?』
『…話が脱線したね』
『さて。なんで、こんな話が大々的に大きくなったのか、分かるかな』
『…みんなバカなんじゃないですか?』
『あははっ。ひどいこと言うね』
『間違ってないよ。でもね』
『バカなだけじゃ、ああはならない。誰かがネタにしたりしないはずだよね』
『まぁ、そうですか?』
『うん。ああいうのはね』
『平和の象徴なの』
『…?』
『くだらないことで言い合えてる内が、平和なんだよ』
『そう…ですか?』
『まぁ、納得できなくていいよ』
『でもね』
『くだらないことだから、どうでもいいって突き飛ばすのは、違うよ。それを否定するのは、違うよ』
出来る限り優しい声で、言う。
彼女の目を見ずに。
『楽しんでるんだから。否定なんてしないであげて』
「こう?」
「上手い!天才!ナイスガイ!」
『……』
『君はきっと、頭がいいんだよ。だから、理由を考えたがる。それはいいことだよ。だからさ、その深い思考で、彼らの幸せを考えてあげて』
『…先生って、そんなこと言えたんですね』
『………ん?』
『だって、見てるフリして、スマホ弄ってますよね』
『…気のせいダヨー』
『…そうですね。先生の言う通りです。楽しそうなら、それでいいですね』
『ありがとう』
それで、彼女は帰っていった。
『賢い子だな』
心底そう思った。
私は甘い派、たけのこ派。
地域にもよるらしいね。
みんなはどう?




