9話
夜が白々と明け始めたジャーマニー国の駅は、巨大な鉄の城塞のようにそびえ立っていました。
空は深い藍色から、薄紅色の朝焼けへと変わりつつあります。地上には朝もやが立ち込め、石造りの重厚な駅舎の裾野を白くぼかしていました。
「ドキドキする。ちゃんとパリストンまで行けるのかな……」
「あれ? いつになく弱気じゃない?」
「別に、そんなんじゃないよ」
少し拗ねた顔で、クロエは黒猫のあずさに言葉を返します。そしてその直後、大きなくしゃみが出ました。
「うう、寒い……」
「そんな薄着をしているからでしょ」
「ぐぐぐ……最初は大丈夫だったんだよ!」
「あれを見てごらんなさい」
あまり意味のない言い訳をしたクロエに、あずさが注意を促しました。
駅の入り口には、教会の法衣を纏った男が二人、獲物を探す鷹のような鋭い視線で通行人を監視していました。
「ここは、すでに監視されているようね」
「マジか! 逃げ出してから、まだ一日も経ってないのに。手際が良すぎるだろ!」
「それだけ相手にとって『聖女』という存在が大きいということでしょうね。どうするの? あまり長く立ち止まっていたら、目を引くことになるけど」
「行くよ」
クロエはニット帽を深く被り、ゆっくりと歩き出しました。周囲の人たちの歩幅に合わせ、できるだけ目立たないように。そして入り口を通り抜けようとした、その時でした。
「――そこのお方、少々お待ちを」
冷たい声が響き、男の一人がクロエの行く手を阻みました。
「不躾ながら、教会の命により確認を行っております。その帽子をお取りいただき、お顔を拝見できませんか?」
男が手にしていたのは、クロエの似顔絵が大きく描かれた紙でした。それはまるで、指名手配犯を知らせるポスターのようです。
クロエは、ゆっくりとした動きでニット帽を取り、素顔を晒しました。
「……何か、ご用でしょうかねぇ?」
現れたのは、聖女の面影など微塵もない、しわくちゃの老婆の顔でした。
瞼は重く垂れ下がり、頬には深い皺が幾重にも刻まれ、肌は乾燥してくすんでいます。
「……失礼した。人違いだったようだ。どうも背格好が似ていたので。お騒がせしてすみませんでした、お婆さん」
男たちはそう言うと、興味を失ったように視線を逸らしました。老婆の顔をしたクロエは、ゆったりと彼らの横を通り抜けます。
「……結構、緊張したな」
囁くように言ったその顔は、すでに若々しい黒髪の少女――クロエへと戻っていました。
難関は、まだ終わっていません。これまで一人で汽車に乗ったことのないクロエは、果たして無事に目的地まで辿り着けるのでしょうか。
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