38話
クロエは舌に意識を集中させ、貴腐ワインの分析を始めます。先ほど言われた通り、甘さ以外の情報を脳に刻み込んでいきます。
(なんか生姜みたいなスパイシーさがある……)
イメージを保ったまま、右手に持つ水の入ったワイングラスに魔力を流し込んでいきます。
水は魔力によってゆっくりと回転を始め、グラスの中の液体は、今度は濁りのない、透き通った見事な黄金色へと変化しました。
「……できた!」
「見た目だけなら本物と遜色ない感じね」
ディアヌは感心したようにグラスを受け取ります。
香りを嗅ぐと、驚くほど芳醇な蜂蜜の香りが鼻をくすぐります。彼女はその黄金の液体を一口、含みました。
「……っ! さっきとは別物だわ。たった一度言っただけでここまで出来るなんて、凄いじゃない。貴方はきっと舌が良いのよ。だから分析がちゃんとできているの」
「ありがとうございます」
「けれど、これをさらに良くするために改善点を言わせて」
「もちろんです。私ももっと良い物を作りたいです」
ディアヌに褒められたことで、クロエのテンションは上がっているようでした。
「ちょっと渋みが強すぎるわ。ワインというのはバランスが重要なの。たぶん貴方はワインの渋みが苦手だから、それが強く強調されているんだと思う」
「わかりました。渋みを意識して、もう一度やってみます」
「そういえば貴方、体調の方は大丈夫?」
「大丈夫です。私はワインをほとんど飲んでいないので」
「そうじゃなくて、魔法の方よ。魔法は使いすぎると、急に意識を失う事もあるんでしょ?」
「ああ、なるほど。そっちの方は全然大丈夫です」
「そうなの? あなた、魔法使いとしてもかなり優秀なのね。失礼だけど、私はあまり詳しくないから分からなくて。――それなら、どんどん試してみましょう。料理と同じで、失敗を繰り返して人は成長していくものだから」
「はい!」
クロエとディアヌは、いつの間にか師匠と弟子のような関係性になっていました。作っては改善点を見つけ、作っては改善点を見つける。その全てが順調だと思われました。
しかし、数分後。
「……ねえ、クロエ。なんだか今日……厨房が、いつもより回って見えるわ……」
よく見ると、ディアヌの足元がふらついています。
「ディアヌさん? 大丈夫ですか?」
「大丈夫……じゃないわよ。これ、何なの……?」
「飲み過ぎたみたいですね」
「そうじゃないわ。自分がどれくらいの量のワインを飲めるかくらい、ちゃんと把握しているつもりよ」
「……?」
「甘くて気づかなかったけど、これ、アルコールが……普通のワインの三倍……いえ、五倍はあるんじゃない……? 貴女の貴腐ワインは」
「えっ!?」
「これじゃあワインじゃなくて、蜂蜜を溶かした爆薬だわ……」
酔っぱらっても詩的な言葉を紡ぐディアヌは、本物のパリストン市民でした。
「つまり、失敗ってことですか?」
「失敗だなんて、とんでもない! これはワインの歴史に革命をもたらすわ。ムーンシャインなのが惜しまれるわね。愛好家たちがどんな顔をするのか、見てみたいものだわ」
熱弁を振るうディアヌの目が、トロンとしてきました。
「夜の営業は難しいんじゃないですか?」
「何言ってんの! そんな簡単に休めるわけないじゃない。借金を返さないといけないんだから!」
「分かりました。けど、今日はこれくらいにしておきましょう」
「そうね。さすがにこれ以上は危険だわ」
魔法によるデザートワイン生成の一日目は、これにてお開きとなりました。
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