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37話

 ディアヌは、奥から持ってきた年代物の貴腐ワインを、まるで聖水を注ぐかのように、小さなグラスへ少量だけ注ぎました。


「さあ、これならどう?」


 クロエは緊張した面持ちで、黄金色の液体が揺れるグラスを口元へ運びました。


「……!」


 最初に感じたのは、甘美な甘さでした。続いて、熟したアンズや蜂蜜のような濃厚な香りに、微かな酸味が重なり、複雑で上品な余韻が残ります。


「これは……。普通のワインより、全然飲みやすくて美味しい……。癖は感じるけれど、これなら飲めます」


 クロエの顔には、感動と驚きが入り混じった色が浮かびます。ディアヌは「でしょう?」とでも言いたげに、満足そうに腕を組みました。


「その感覚を忘れないうちに、やってみなさい」


 クロエは、水の入ったグラスをじっと見つめ、ゆっくりと魔力を込めていきます。


 すると、ワイングラスの中の水が、クロエの意志とは無関係に渦を巻き始めました。透明だった水は、薄い琥珀色を経て、やがて黄金色へと変わっていきます。


 クロエは、そっとそれをディアヌに差し出しました。ディアヌは半信半疑といった表情でグラスを手に取り、匂いを嗅ぎ、そして一口、口に含みました。


「……ッ、うーん……」


 眉間に、深い皺が刻まれます。


「正直に言うわ。飲めないことはないわね。さっきよりは、はるかにマシよ……。でも、これは貴腐ワインとは程遠いわ。あの複雑な香りも、深みも、まったくない。これじゃあ、ただの『アルコール入りジュース』ってところかしら」


「『ワインの夢を見た泥』よりは、遥かに良さそうですね」


「私もそう思うわ。やはり、貴方には普通のワインより、こっちの方が合っている。それにしても……こんなにも、あっという間に水からお酒を作り出すなんて、信じられないわ。あんた、本当にすごい魔法使いなのね……」


「まだ成功もしていないのに、褒めてもらえるのは、少し複雑な気分です」


「分かったわ。それなら、成功してから褒めることにしましょう」


 ディアヌは、にこりと笑いました。


「いい? クロエ。この試みの問題点は『甘さ』よ。恐らく貴方は、貴腐ワインに対して甘さの印象を強く持ちすぎた。その結果、肝心な風味が抜け落ちているの」


「風味……ですか」


「次はもっと、ワインそのものの『骨格』に集中してごらんなさい。高貴な貴腐ワインにとって、一番重要なこと。それはね、『矛盾した調和』なのよ」


「矛盾した……調和?」


「そう。ワインの発する声に、よく耳を澄ませてみるの」


「やってみます」


 クロエは、再び貴腐ワインを口に含みました。


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