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36話

「……内緒にすると約束してくれますか?」


 クロエが恐る恐る切り出すと、ディアヌは真剣な眼差しで静かに、しかし力強く頷きました。


「ええ、料理人の誇りにかけて……約束するわ」


 クロエもまた、ゆっくりと頷きました。


「実はこれ、私の魔法によって、水から生成したものなんです」


「まさか、そんなことって……」


 ディアヌは再びワインに口を付けました。


「信じられないけど、そう言われてみれば理解できる気もするわ。違和感があったのよ。まずい、を越えた違和感が。これはワインのようで、ワインではない何か……」


「今日のところは諦めて帰ります。とりあえず、もう一日だけチャレンジしてみて、それでも駄目なら、別の方法を考えないといけません」


「……待ちなさい。帰る前に、一度見せてくれない? 水が魔力によって別の物に変わる、その奇跡を、目の前で見てみたいの」


 詰め寄るディアヌの迫力に、クロエは小さく頷きました。


 そして、昨日と同じ手順を行います。二つのワイングラスに、それぞれ水とワインを注ぎ、最初にワインを口に含んで、そのイメージを保ったまま、水の入ったワイングラスに魔力を注いでいきました。


 すると、次第に水は色を変えていき、見た目だけは、ほとんど変わらないものが出来上がりました。


「なるほどね……。あんたが脳内で『ワイン』としてイメージしたものを再現しようとして、その結果が、これってわけね」


「やっぱりまた『ワインの夢を見た泥』が出来上がりましたか。悔しいな。ジュースだったら、うまく再現できるのに……」


 クロエは、深いため息をつきました。


「理由は明白だわ。クロエ、あなた、ワインが嫌いでしょう?」


「その通りです。お酒自体、あまり好きじゃなくて」


「でしょうね。愛のない料理が不味いのと同じよ。イメージの源泉が『不味いもの』なんだから、魔法で再現しても、不味くなるに決まってるわ」


「だから、お酒以外の飲み物だと、うまくいくんですね」


 クロエは、納得したように頷きました。


「……いいアイデアを思いついたわ。クロエ、貴方がワインを嫌いなのは分かった。でも、この世界には、普通のワインだけじゃない」


 ディアヌは、一呼吸置いて続けます。


「『デザートワイン』というものがあるの」


「デザート……ワイン?」


「ええ、貴腐きふワインとも呼ばれるわ。特定の菌が付いた葡萄から作られる、信じられないほど甘くて、芳醇なワインよ。上品で希少価値が高く、富裕層には高値で取引されるわ」


 ディアヌは、テーブルに身を乗り出しました。


「品質さえ良ければ、それはもはや『酒』というより、『飲む宝石』よ。それなら、渋いお酒が嫌いな貴方でも、美味しいと思えるかもしれない」


「おお! つまり、デザートワインを生成すれば、『ワインの夢を見た泥』じゃないものが出来るかもしれない、ってことですね?」


 ディアヌの言葉に、クロエの瞳に、小さな希望の光が灯りました。


「早速、試してみましょう」


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