35話
パリストンの裏通りにあるレストラン『ル・コック・ドール(金の雄鶏)』。
綺麗に清掃された、趣のある店の前で、女性シェフのディアヌは腕組みをして立っています。
まるでこれから決闘に向かう武士のような強さを含んだ笑顔ですが、最近知り合った知人と待ち合わせをしているだけでした。
そこに一台の馬車が止まりました。しばらくして降りてきたのは、クロエと黒猫のあずさです。
「ありがとうございます、ディアヌさん。急なお願いを引き受けて頂いて」
「全然いいわ。むしろ楽しみにしていたのよ。あなたから手紙をもらってからね。私にワインのテイスティングをしてほしいだなんて、あまりにも予想外だったわ」
「私の知っている中で、一番繊細な舌を持っていそうな知り合いが、ディアヌさんだったので、ぜひお願いしたいと思いまして」
「楽しみだわ。昼の営業時間は終わっていて、中にお客様はいないから入って。詳しい話は、そこでしましょう」
扉を開いたディアヌは、スキップしそうな足取りで中へ入っていきました。
店内には、静謐な時間が流れています。磨き上げられた樫の木のテーブルには、窓から漏れる光が、琥珀色の斑点を作っていました。
「これなんですけど」
テーブルの上に置かれた、ラベルの無いワインを見て、ディアヌは眉を顰めました。
「これって、ムーンシャインよね?」
「ムーンシャイン?」
「つまり密造酒ってこと。法律の目を盗んで、月明かりの下でこっそり作るから、そう言われているらしいわ。というか、そんなことより……こんなラベルも封蝋もないワインなんて、あなた、どこで手に入れたのよ」
「それは言えないんです………。そうか、これは密造酒になるのか……完全に計算外だ……」
「まあ、いいわ……」
ディアヌは鋭い眼光でクロエを一度見据えると、慎重な手つきでグラスに注ぎました。
まずは色。次に、グラスを回して香りを確かめます。専門家の顔になった彼女は、眉間に深く皺を寄せたまま、最後に一口、その黒ずんだ液体を口に含みました。
「……」
ディアヌの表情が、百面相のように変化しました。そのすべてに共通して言えるのは、ポジティブなものが一つも無かったということです。
「どう……ですか?」
「……率直に言うと、まずいわ。腐ったワインなら仕事柄、嫌というほど見てきたけれど、腐っていないのに、ここまで不快なのは初めてよ」
クロエの肩が、がくりと落ちました。
「なんて言えばいいのかしら……。そう、これはワインじゃない。『ワインの夢を見た泥』のような味だわ。喉を通る時に、精神が削られるような……とても形容しがたい、絶望的な味よ」
「……ありがとうございます。正直な感想を聞けて、本当に良かったです。おかげで、この『ワインの夢を見た泥』を量産しなくてすみました」
「……量産? ちょっと待ちなさい。まさかこれ、貴方が作ったの?」
「あっ……」
しまった、とクロエは口を押さえました。
ディアヌの鋭い目が、獲物を捕らえる鷹のように、クロエを射抜きます。
「いかにも良家のご令嬢って風体のあなたが、どうして密造酒なんか……。詳しく聞かせてもらうわよ」
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