34話
自室のテーブルには、二つのワイングラスが並んでいます。右には赤ワイン、左には水が注がれています。
「味見程度で良いんだからね。あんまり無理しちゃ駄目よ。クロエはお子様舌なんだから」
黒猫のあずさが、半分笑いで言いました。
「何言ってるんだよ、あずさ。俺だってもう大人だよ。あの時よりも成長しているから、ワインだって美味しくいただけるはずだ。まずは香りを……」
クロエは慣れない手つきでワイングラスを揺らし、香りを確かめます。
「なんだか、いけそうな気がする」
そして意を決して、一口分にも満たないくらいの量を、そっと舌の上に乗せました。
「…………」
その瞬間、顔のパーツがぎゅっと中央に寄りました。
「まずい、やっぱりまずい! 渋いし、なんだか『もわん』とするし……。こんなのの、何が美味しくて飲んでるんだろう」
「感想なんかいいから、早くやりなさいな」
あずさが呆れたように促しました。
「そうだった」
クロエは気を取り直し、左手の「水の入ったグラス」に全神経を集中させました。
すると、グラスの中の水が、ゆっくりと円を描くように回転を始めます。先ほどのテイスティングと決定的に違うのは、クロエが手を動かしていないという点でした。
注ぎ込まれたクロエの魔力が、水を動かしているのです。
水は、徐々に、しかし確実に赤く染まっていきます。やがてその色は、本物のワインとまったく遜色のない、深みのあるルビー色へと変化しました。
「完成! あずさ、味見してみて」
「私が?」
あずさは、露骨に嫌な顔をしました。
「俺にはワインの味が分からない。あずさなら、夕食の時にたまに飲んでたじゃないか。少なくとも、俺よりは分かるでしょ?」
「……分かったわよ。でも、別に私だってワインに詳しいわけじゃないんだから、あまり期待しないでよ?」
あずさは渋々といった様子で頷き、平皿に注がれたワイン――らしきものを、小さな桃色の舌でひとなめしました。
一瞬の沈黙。あずさは一度、深く頷いてから、はっきりと言いました。
「まずい」
「やっぱり……?」
「ワインを飲んで、こんなにも不愉快な気持ちになったのは初めてよ。ワインの渋さと、アルコールの嫌な尖りが、これでもかというほど強調されているわ。大量に飲んだら、間違いなく悪酔いすると思う」
「口直しに、リンゴジュースでもどう?」
「もちろん頂きます」
新しいワイングラスに注いだ水は、あっという間にリンゴジュースへと変化しました。
「うん、美味しい。リンゴジュースもコーラも簡単に生成できるのに、どうして………」
「とりあえずは、諦めずにやってみるしかないね」
「その前向きな精神は素敵だと思うけど、そのたびに私が味見するの?」
「もちろん!」
ワイン生成の道は、想像以上に険しく、長いものになりそうだと、クロエとあずさは悟りました。
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