31話
朝食を終えた二人は、執事の案内に従って応接間へと移動しました。
そこは、南向きの大きな窓から差し込む朝日に照らされた空間です。
「さて、クロエ。お腹も心も落ち着いたところで、少し真面目なお話をしましょうか」
先ほどまでとは空気が変わりました。カトリーヌはゆったりと椅子に身を沈め、鋭くも慈愛に満ちた目でクロエを射抜きます。
「クロエ、貴方は我が邸宅に、これからも居たいと思いますか? 正直に教えてください」
クロエは迷わず、力強く頷きました。
「正直に言うと、昨日は少し怖かったのですが……今朝になってみると、その感情は消えていました。そして、あの素晴らしい大浴場の魅力が、私を捕らえて離しません。できることなら、これからも住まわせていただきたいと思っています」
カトリーヌは満足そうに微笑み、その本心を語り始めました。
「貴方の母、ソシエールから部屋を貸してほしいと連絡が来た時、実は断ろうと思っていたのよ」
クロエが戸惑いの表情を浮かべます。
「あなたはご存じかしら、私が小説を書いていることを」
「いえ、母は何も……」
「そのことについてなのだけど、最近は筆の進みが悪くて苦しんでいるの。この状況で貴方を迎え入れることになれば、集中力が削がれて、ますます執筆に影響が出てしまうと思ったの」
カトリーヌは一度言葉を切ると、窓越しに差し込む太陽を見上げました。
「けれど、嵐を背負ってやって来た貴方を見て、考えが変わったわ。今の私に必要なのは、平穏ではなく『刺激』なのだと。静かな環境も大事ですが、時には血が湧き立つほどの怒りでしか書けない作品もあります。だから、私から条件を提示するわ」
「条件ですか?」
クロエは身構えながら聞きました。
「貴方はこれから何かを成し、それを私に包み隠さず、すべての心情を余すことなく聞かせてちょうだい」
彼女は、いたずらっぽく自信に満ちた笑みを浮かべます。
「事実は小説よりも奇なり……。貴方はきっと、私の想像の範疇を超えたことを成し遂げ、私に最高の刺激を与えてくれるはずだから」
「刺激……と言われても、具体的に何をすればいいのか、想像がつかないのですが」
「貴女が決めていいの。例えば、新聞配達なんてどう?」
「新聞配達が刺激ですか?」
「例えばよ。スパイでもいいし、殺し屋でもいいかもしれない」
「ひとりスパイファミリーじゃないですか」
「スパイファミリー?」
「何でもありません、忘れてください」
「私のおすすめは、『王都警護騎士養成所』に通うことよ。ここは王都の治安を担う、次世代の幹部候補を育てる学校。優秀な人材なら、通学も許可されているわ」
「警護騎士……」
クロエは、あまりピンと来ていない様子でした。
「同じ志を持つ若者たちが、正義や野心に燃えてぶつかり合う日々……そこから生まれる葛藤は、私の作品に圧倒的なリアリティを与えてくれるはずよ。もちろん、これは提案です。貴女が本当にやりたいことを選ぶべきだわ」
「……少し、考える時間をください」
「ええ、もちろんよ。一週間、時間をあげるわ。その時になったら、答えを聞かせて」
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