26話
(この世界には風呂が無いんだった……)
無いというのは大げさですが、クロエが知る限り、ジャーマニー国でもフレンチ国でも、毎日お風呂に入るという風習は存在しないのです。
貴族や富裕層ですら週に一、二回。一般市民に至っては、月に一度入ればいい方で、季節に一度だけということも珍しくありません。
クロエの感覚からすれば、まったく科学的根拠のない「水は病気を引き起こす」という迷信が、この世界では絶対的な常識なのです。
「わたくしの屋敷では、私の好みにより、いつでも風呂に入ることができるようにしていますの」
優雅でどこか怪しい貴婦人の言葉によって、クロエの心の中で、二人のクロエが激しい戦いを繰り広げました。
【クロエ①】
「すぐに逃げるべきよ! ここはドラキュラの屋敷なのよ!? そして、あの貴婦人は絶対にドラキュラよ。ものすっごい圧力を感じるでしょ? 自分の予感に、素直に従うべきよ」
【クロエ②】
「風呂だ、風呂だ、風呂だーーー!」
【クロエ①】
「バカなこと言わないで。理屈で考えれば分かるはずよ。確かに今のあなたの体は吸水率百パーセントよ。寒いわ。もしかしたら風邪を引くかもしれない。でも、死ぬことに比べたら大したことは無いじゃない」
【クロエ②】
「風呂だ、風呂だ、風呂だーーー!」
決着にかかった時間は、三秒でした。
「……あのぅ……お言葉に甘えて、お風呂をお借りしてもよろしいでしょうか……」
お風呂の無い生活などクロエにはとても耐えられませんでした。
思い悩む様子を楽しそうに眺めていた妖艶な貴婦人は、声を立てて大きく笑いました。クロエの心境など、すべてを見透かしているようでした。
「思い存分楽しんでちょうだい。きっと満足していただけると思うわ」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるクロエは、得も言われぬ敗北感を感じていました。
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