20話
人気の無い静かな石造りの路地まで来ると、黒猫のあずさはようやく立ち止まり、振り返りました。
「あれ、見た?」
それは、クロエを試すような、少し意地悪で誇らしげな顔つきでした。
「カメオでしょ?」
クロエが事もなげに答えると、あずさは期待していた反応とは違ったのか、耳の角度を少し下げました。
「なんだ、気が付いてたの? ちょっとがっかり」
カメオとは、貝殻や瑪瑙などの層になった石を素材とし、その色の違いを利用しながら浮き彫りを施した装飾品のことです。
その繊細な美しさは上流階級の間で非常に珍重され、持ち主の教養や地位を象徴する宝飾品として愛されています。
「あずさがカメオに注目しているのは分かったけど、あれがどれほど素晴らしいものなのかは、全然分かってないよ」
「そういうことか……」
あずさは苦笑しました。
「一目見ただけで分かったわ。あれはただの職人じゃない。極限まで技術を研ぎ澄ませた、真の熟練の職人による作品よ」
「へぇ……」
まったく理解していない様子のクロエを見て、あずさは早口でまくし立てます。
「まず石材。あれはただのシェルじゃなかった。極めて希少なサードニクスの最高級品よ。背景となる褐色の層と、浮き彫りになる白の層の境界がこれほど鮮明で、かつ透き通るような質感を持っているものは滅多に採れないわ。モチーフは復讐の女神ネメシス……ではなく、勝利の女神ニケね。特筆すべきは、この髪の毛の躍動感よ。一本一本が風を孕んでうねり、素晴らしい立体感を出していた。……もしかしたら、サウリーニかもしれない」
「サウリーニ? 誰それ。有名なの?」
「有名どころじゃないわよ! 『神の手』と呼ばれた彫刻家よ。もしあれが完璧な状態だったら、数百万ゴールドの価値はあるわ! それを知るためには、じっくりと鑑定しなければいけないけど。サウリーニだとしたら、サインがあるはずだから、まずはそれを見ないと」
「あずさは、なんでそんなに詳しいの?」
「ブルームさんに教えてもらったから」
「え、本当に!?」
クロエの頭に思い浮かんだのは、青黒い髭に覆われた祖父の顔でした。かなり無口な人で、孫であるクロエですら、数回しか声を聞いた記憶がありません。
「ブルームさんは、アンティークの装飾品の専門家で、何冊も本を出版しているのよ。棚に飾られているコレクションを眺めていたら、色々教えてくれて、本も全部読んだわ」
「たまに姿が見えないと思ったら、そんなことをしていたのか……」
「だから審美眼には、ちょっとした自信があるの。五万ゴールドって値段が書いてあったけど、あれほどの作品ですもの。サウリーニじゃなかったとしても、それ以上の価値はあるはずよ」
「だったら、すぐに買ってきた方が良いよ。先に買われたら終わりだよ?」
「もちろん、それは分かってる! でも値切らないと」
「え?」
今にも動き出そうとしていたクロエの動きが、ぴたりと止まりました。
「蚤の市の醍醐味は、お宝の発見と値切り交渉よ。そのままの値段で買うなんて、私のプライドが許さないわ」
「そのままの値段で買っても安いんでしょ?」
「私が作戦を伝授するから、クロエはその通りにするの。いいわね?」
あずさはクロエの意向をまったく無視して、話し始めました。
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