表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/12

2話

 


 司祭の声が、凍てつく聖堂の空気をさらに引き締めました。祭壇から降りる足音が、石の床にコツン、コツンと硬く響きます。


 司祭の手には、神聖な力を宿す「銀の枝」が握られています。それは複雑に細工され、気高く光っていました。


 司祭は、二列に並んだ子供たちの先頭に立ちました。その一歩後ろで待機している青年は、聖水がなみなみと注がれた銀のボウルを持っています。


 ――ピチャリ。


 銀の枝を聖水に浸す、かすかな音が響きました。司祭は濡れた枝を、最初の子の額へとうやうやしく当てがえました。


「ゼカリアの加護があらんことを」


 冷たい雫が少年の額を濡らしました。少年は「感謝いたします」と言い、深々と頭を下げました。


 司祭は再びボウルへと枝を浸し、次の一人の頭へと向かいます。浸しては授け、浸しては授ける。そうして司祭は一歩ずつ前進していきました。


 神聖さと緊張感に満ち、思わず美しさすら感じてしまう空間です。しかし極めて残念なことに、その美しさを感じ取ることのできない愚か者も、いくらか存在するのが事実でした。


(……えー、一回ごとに、あの枝をボウルに戻すのかよ。効率悪すぎだろ。いちいち立ち止まらないで早歩きで「ぴゃっぴゃっぴゃっ」ってやってくれればいいのにさ……)


 始まって数分後には、クロエはすでに現実逃避を始めていました。脳裏に浮かぶのは、実家のキッチンで湯気を立てる、あの一杯です。


(カルトッフェルスッペ……。あのお母様のポテトスープがあれば、今すぐこの場で生き返れるのに。裏ごししたジャガイモのドロっとした濃厚なやつ。中には輪切りのソーセージがゴロゴロ入ってて、少し焦がしたベーコンの香りがするんだ。……あぁ、想像しただけで腹が鳴る)


 グゥ、と胃袋が抗議の声を上げた気がして、クロエは慌てて腹を押さえました。


(帰ったら母様に頼んでみよう。……あ、でも材料あったかな。ベーコンは昨日使い切った気が……いや、予備があるはず……あ!)


 妄想に浸っていたクロエの目の前に、司祭の顔がありました。


 その表情が「この悪ガキか!」と言っているような気がしましたが、もちろんそれはクロエの思い過ごしです。ホームランによって聖堂のステンドグラスを割ったことはありますが、それもかなり昔の話でした。


 ひとつ咳払いをした司祭が、銀の枝をゆっくりと振り上げます。


(頼むから首筋とかに水を落とさないでくれよ)


 冷たい感触が額に触れ、思ったよりも冷たくないな、と感じたその瞬間でした。


「ばっはーーー!!」


 聖堂の静寂を、司祭の魂の絶叫が引き裂きました。


「え?」


 クロエが呆気に取られて顔を上げると、そこには目を剥き、口を金魚のようにパクパクさせている司祭の姿がありました。


 司祭だけではありません。ハンナも、モニカも、周囲の聖職者たちも、全員が言葉を失い、クロエの「頭上」を見上げています。


(……ま、まさか黒い煙!?)


 とっさに頭上を見上げたクロエは、そのまま固まりました。


 自分の頭上に、信じられないほどまばゆく、そして……どこか既視感のある「何か」が、もくもくと湧き立っていたからです。


 それは、七色に輝く光を纏い、高く積み上げられた「虹色のソフトクリーム」のような形をした雲でした。


「せ、せ、せ……聖女じゃーーー!! 聖女様がお現れになったぞーーー!!」


 司祭の裏返った声が、こだまとなって聖堂中に響き渡ります。遅れて、聖職者たちの歓声が波のようにクロエに押し寄せました。


「俺が聖女のわけないじゃん!?」


 静謐な聖堂に、あまりにも乱暴な声が響き渡りました。




最後まで読んでいただきありがとうございました。


「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。


評価を頂ければさらに喜びます。


☆5なら踊ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ