19話
馬車を降りた瞬間、クロエの視界を埋め尽くしたのは、巨大な宝箱をひっくり返したような光景でした。
石畳の通りには、どこまでも露店が連なっています。
野菜に付いた土のにおい、機械油のにおい、そして生活がかかった売り子たちの野太い声。それらが混ざり合い、濃厚な「生活のにおい」となって、未知への興奮をもたらしました。
時間が経つごとに、自分という存在がその場に馴染んでいくのを感じます。
クロエは、ニヤリと笑いました。
「勝負しようか?」
「にゃう?」
「俺とあずさ、この蚤の市でどっちがより素晴らしいお宝を見つけられるか、勝負しようよ!」
足元にいる『あずさ』から、「にゃう!」と力強い返事が返ってきました。「負けないよ」――そう言っているに違いありません。
二人は、迷宮のような人混みへと踏み出しました。並ぶ店は、どれも個性に溢れています。
錆びついた鋤や鍬、籠と野菜や柿などの農産物を並べ、「思ったより売れないな」と焦った顔をしている農夫の店。
その隣には、巨大な木製のワイン樽と、真鍮製の立派な天体望遠鏡、さらにはビスク・ドールまでを一緒に並べ、店主である赤い服の男が、悠々と読書に耽っている店もありました。
見渡しながら歩いているだけでも、クロエの心は少年のように躍動していました。ですが、ある店を通り過ぎようとした時、彼女の足がピタリと止まります。
「あれは……ッ!」
「にゃう?」
クロエが駆け寄った先にあったのは、鈍い光を放つ全身甲冑でした。長年の埃でくすんだ銀色をしていますが、その造形はどこまでも重厚で、騎士の誇りを体現したかのような美しさがあります。
「格好いい……! 買おうかな、これ」
本気で財布に手をかけようとしたクロエの鼓膜に、「にゃうにゃうにゃ!」という鋭い鳴き声が突き刺さりました。「こんな大きなもの、買っても置く場所がないでしょ!」という、現実的な相棒からの叱咤です。
「ええと……玄関前のインテリアに良いと思うんだけど。不審者への威嚇にもなるし……」
苦し紛れの活用案を絞り出してみましたが、あずさの冷ややかな視線に射抜かれ、クロエは素晴らしい甲冑の購入を断念しました。
「たしかに、住む家もまだ決まってないしな……」
そうです。二人は今、母の知り合いである大家さんに挨拶をしに行く、いわば「住まい探し」の途中なのです。「さようなら」と心の中で別れを告げ、クロエが再び歩き出そうとした、その時でした。
先ほどとはまったく質の違う、「ニャ……ッ」という短くも強い声が聞こえました。
そしてクロエは、しなやかに歩き出したあずさの背中を追います。どうやら相棒が、何かを見つけたようでした。
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