15話
パリストンの午後の光が降り注ぐ小道に、それはありました。
レストラン『ル・コック・ドール(金の雄鶏)』。クリーム色の石壁に、誇らしげに胸を張る黄金の雄鶏の看板が掛かっています。
「……ここだ」
クロエは、母ソシエールが用意してくれた中性的な旅装――濃紺のノーフォーク・ジャケットと、活動的なニッカボッカーズを整えました。
この世界では、身に纏うもので扱いが変わります。
面倒です。しかし、服装がしっかりしていれば、周囲からそれなりの扱いをされるということでもあります。これは一種の武装であると、クロエは考えていました。
重厚な木扉を押し開けると、店内には白のリネンが眩しいテーブルが整然と並び、落ち着いた空気が流れていました。
十三時を過ぎているせいか、客の姿はありません。
「いらっしゃいませ、若きムッシュ」
燕尾服を着た若いウェイターが、慇懃無礼な態度で近づいてきて、窓際の席に案内しました。
「食前酒はいかがいたしましょうか」
その問いに、クロエは何と答えるべきか考えます。
クロエはアルコールが苦手です。しかし正直にそれを言えば、このウェイターは自分を下に見てくるに違いない、と感じました。
クロエは睨むような目つきで、はきはきと答えました。
「酒は結構。我が家のしきたりで、アルコールは厳格に禁じられている。ガス入りの水を持ってきなさい」
「……左様でございますか」
とっさに思いついた嘘に、ウェイターが戸惑っているのをクロエは感じ取りました。
(良家の令嬢だと判断してくれればありがたい)
クロエはメニューを広げましたが、すぐに困惑に包まれました。
『季節の移ろいを閉じ込めたテリーヌ』
『暁に消える黄金のさざ波』
『深き森の賢者が愛した密やかな約束』
『忘却の淵で微睡む真珠の雫』
ポエムの要素が強すぎて、材料も調理法もさっぱり伝わってきません。しばらく戸惑っていると――。
「ムッシュ、お迷いでしたら、当店の自信作『臓物のパイ包み』など、いかがでしょうか?」
先ほどのウェイターが、すかさず勧めてきました。
親切というよりも、「貴方には分からないでしょう?」とでも言うような、上から目線を感じさせます。
「結構だ。メニューは自分で決める」
クロエが睨みつけると、「失礼しました!」と叫びながら、ウェイターは脱兎のごとく下がりました。
「ふぅ……」
ようやくじっくりとメニューを見ることができて、一息ついたクロエでしたが、次第に苛立ちが募っていきます。
「……レストランは、ジャーマニー国の方が圧倒的に優れているな。パリストンのやつらは、表面を取り繕うことばかり考えて、機能美の欠片もない」
その独り言に、鋭い咳払いが重なりました。
「――おやおや、随分な言い草ですこと」
驚いて顔を上げると、そこには、いつの間にか自信に満ち溢れた立ち姿の女性がいました。
糊のきいた白いコックコートに、涼やかで意志の強い瞳をしています。
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