11話
「はい、お嬢様。パリストン行き、一等車一枚ですね。……始発は朝の五時四十五分。到着は、そこからおおよそ二十一時間後になります」
「…………え?」
差し出された切符を受け取ろうとしたクロエの指先が、空中でぴたりと止まりました。
前世での新幹線の感覚がこびりついているクロエにとって、陸続きのジャーマニー国からフレンチ国までの距離は、せいぜい三、四時間の移動に過ぎないと、すっかり思い込んでいたのです。
「お嬢様? どうしたの? 大丈夫? どこか具合でも悪いの?」
窓口の女性は身を乗り出し、心配そうに覗き込んできました。
「……聞き間違いじゃないよね。本当に、そんなに時間が掛かるの?」
「何を言っているの、お嬢様。パリストンまで一日かからずに着けるなんて、我が国の蒸気機関車がいかに優秀かって証拠じゃない」
(……そうか。だから母さんは、あんなに大量の軽食と水筒を持たせてくれたんだ。何も知らずに「荷物になるから、こんなにいらないよ」なんて言ってしまったけど、母さんが正しかったな。それにしても二十一時間って……博多号よりすごいじゃないか)
自分がいかに世間知らずかを、クロエはようやく理解しました。
「……お姉さん、どこか近くに食べ物を買える売店はある?」
「構内には物売りがたくさんいるけど、一等車のお客様なら、普通は『食堂車』を使うわね。あそこなら、温かいお料理も出るわよ」
「食堂車……!」
クロエは、ぽん、と手を打ちました。幼い頃、一度だけ家族と利用したことを思い出したのです。
「もちろん、それなりにお金はかかりますけどね?」
窓口の女性が、少し揶揄するように言うと、クロエはいつもの自信に満ちた笑みを口元に浮かべました。
「それなら大丈夫ですわ。……わたしの家は、ずいぶんとお金持ちですので」
「あらあら、それは羨ましいこと。気をつけて行くのよ、お嬢様」
見送る声に、クロエは優雅に会釈で応えました。
(食堂車があるなら、なんとかなる。……よし、待ってなさいよ、パリストン!)
持ち前の強気を取り戻したクロエは、煤煙渦巻くプラットフォームへと、力強く踏み出しました。
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