10話
駅の構内は、見上げるほど高いガラスと鉄骨のドーム屋根に覆われており、機関車が吐き出した真っ黒な煙が雲のように滞留しています。
視界を埋め尽くすのは、息をするのも苦しいほどの人の波です。中央広場には、手書きの数字が並ぶ巨大な漆黒の時刻表掲示板が、威圧するかのようにそびえ立っていました。
「よし、駅員に聞こう」
自力での捜索を早々に諦めたクロエは、駅員に切符売り場の場所を尋ねようと、辺りを見回しました。その時です。
「なんだ、そんな初歩的なことも知らんのか! お前のような奴は、どうせ三等室にしか乗れんだろう。そのくせ自分で考えることを放棄して、この私に質問しようなどと、傲慢にもほどがある! 身の程をわきまえろ!」
大声の主は、金ボタンを光らせた濃紺の制服を着た駅員でした。その前では、煤けた外套を纏った若い男が、屈辱に顔を赤くし、拳を震わせています。
それを見た瞬間、クロエはすぐに状況を理解しました。
(……そうだった、思い出した。この国は、服装で人間の価値を判断するのが常識なんだ。だからこそ父さんも母さんも外出する時の服装にはうるさかった)
「それにしてもこれは酷い………」
短く息を吸い込んでからクロエは、まっすぐに歩き出しました。
「――おい、貴様!」
クロエは傲然と駅員を睨みつけ、その鼓膜を突き破らんばかりの鋭い声を放ちました。
「切符は、どこで買えばよいのか答えなさい!」
あまりに突然で、あまりに堂々とした怒声に、駅員と若者は狐につままれたような顔で、同時にぽかんと口を開けました。
――相手は怯んでいる。
その隙を、クロエは逃しません。畳み掛けるように、さらに罵声を浴びせます。
「何ですの、その呆けた顔は。わたくしの言葉が聞こえないほど、耳が遠いのかしら? それとも、人の言葉を理解するだけの知能すら、持ち合わせていないのかしら。さっさと答えなさい、この無能!」
駅員の背筋がピンと伸びました。
明らかに最高級と分かる黒のライダースジャケットを纏い、人を見下すのが当然といった態度。並の貴族などでは収まりません。この少女は間違いなく上級貴族の令嬢だと思いました。
「は、はひっ! 申し訳ございません、閣下……い、いえ、ご令嬢様!」
拙い最敬礼を繰り出し、焦りながら説明を始めます。
「切符の販売窓口は、中央広場の真鍮の柵がある場所でございます! 貴い身分の御方には、特別室にてお手続きをさせていただく準備もございます。さあ、どうぞこちらへ!」
「案内など不要! それくらい、わたくし一人でできますわ」
クロエは鼻で笑うと、呆然としていた若者へと視線を向けました。若者は、恐る恐る頭を下げます。
「あ、あの……助かりました。ありがとうございます、お嬢様」
「礼など結構。わたくしはただ、無能な役人の醜態を眺めるのが、不愉快だっただけですわ」
そう言い放ち、クロエは一度も振り返ることなく歩き始めました。その背中は実に楽しそうで、まるで踊っているかのような足取りです。
子供の頃から、大人にも同級生にも「クロエは偉そうだ」と言われ続けてきた天性の高慢な性格が、意外なところで役に立ったのでした。
クロエの背負う大きなリュックサックの中からは、あずさの笑う声が、しばらくの間聞こえていました。
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