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64.




 何が始まったのか、急な展開の中で男は辺りを見回して、何かしら自分が有利になる行動を起こそうとしたのに対し、いち早く反応したベンは、素早く男の元まで行くと、腰に下げていた対人用のレイピアを抜き、ピタリと男の首に当てる。


「――動くな。動けばその首を落とすことになる」


 ベンから掛けられる異様な威圧感に、男はノアールの太刀から手を離し、無抵抗を示すように両手を上げて、その場で膝を着いた。


「くっ……、何なんだ、お前ら……! 私が誰か分かっているのか!!」


 せめてものと喚いた男の言葉に、誰よりも先にロクは振り返り、キっと眼光鋭く男を睨みつける。


「――そんなこと、あたしには関係ない。貴方こそ、あたしを誰か分かっているの?」

「なっ……」


 ロクの目に何かを感じ取ったのだろう、男はただ息を飲むことしかできないようだった。


「そ、それは、私の物だ……っ」

「マイちゃんを物扱いしないで。ベン、その人のこと黙らせておいて」

「なっ、」

「了解した」


 自分の言葉に驚いた表情を見せた男の反応には目もくれず、それだけ言うとロクは再びマイに向き直った。

 そして、マイに向かって両の手の平を差し出し、優しく笑い掛ける。


「――マイちゃん、迎えに来たんだ。一緒に帰ろう?」


 言われた言葉にマイはそれを見ないように、ぎゅうっと強く目を閉じたかと思うと、俯いて首を横に振った。


「帰れない……、わたしはお前たちに嘘を吐いてたんだ! お前が優しいと信じていた“マイ”なんていう人物は初めから何処にも居なかった! 帰る場所だって、わたしには……っ」


 マイの言葉にロクは静かに目を閉じ、困ったような笑みを見せ、そして、ロクも同じく首を横に振る。


「――ううん。嘘を吐いていたのはあたしの方……だって、あたし知ってたもん」

「……えっ?」

「マイちゃんがどういう経緯であたしたちとパーティを組んだのか……それまでどういう風に生きてきたのか、あたしは全部知ってた。それこそ、マイちゃん自身が思い出すよりもずうっと前に、あたしは知ってたんだよ」

「な、に……、どういう、こと……」


 驚愕するマイを見ながら、ノアールは目を細め、マイが居なくなったその日のことを思い返した。

 ――これは、マイを各々探しに行こうと解散する前にロクから聞かされたことだった。だから、この話を知らないのはマイだけである。


「……あたしの家は、ちょっと厳しくてね、あたしは両親に無理を言ってハンターをしてるの。それでハンターをやってもいいって許しを貰う代わりに、幾つか条件を出されてた」

「条件……?」

「まず……、あたしのことは常にベンお兄ちゃんの監視下にあること。次に、あたしが一緒にパーティを組むメンバーは……、ベンお兄ちゃんが審査して、安全だと判断できた、許された人物のみであること……。他にも色々あるけど、まあ、マイちゃんに関わる条件はそんな条件かな。だから……、マイちゃんの事はあたしたちとパーティを組むってなって、すぐに調査されてた。そして、その調査結果はマイちゃんと出会った二ヶ月後にあたしは……、聞いてたから」


 ロクの言葉を聞いて、マイは「何で」と思った。それは「何でそんなことをしたんだ」、という意味の「何で」ではない。マイは泣きそうな表情でロクを見上げると、大きく息を吸い込んで叫ぶように言った。


「――なら、何でわたしをパーティに入れたんだ……!? 調べたのなら、わたしが普通じゃないことぐらい、分かっただろう……!!」


 ――初めから分かっていたのなら、一緒にパーティを組んでくれなきゃ良かった

 ――そうすれば、今こうして、ここにみんな居る筈ないのだから

 ――別れもあんなに辛くならなかった



 ――きっと、もっと、ずっと簡単に自分を終わらせることができたのに



 言葉の裏に隠された、そんなマイの思いに気付いてか、ロクはまた困ったような笑みを浮かべた。


「――ベンお兄ちゃんにも言われたよ、“彼女は危険かもしれない。記憶を失っている今は良いが、思い出した時どうなるか想像も付かない。一緒にパーティーを組むことは認められない”って」

「なら、どうしてっ!!」

「マイちゃんさ……、覚えてる? 最初の方に一緒に狩りに行った時のこと」

「え……?」

「マイちゃん、はじめはずっと愛想笑いしかしなかったんだよ。でも、少ししてみんなで狩りに行った時にあたしとノアールがバカやって……危ないって思ったマイちゃんが躊躇わずに飛び込んできて、三人一緒に流砂の穴に落ちちゃったじゃん。その時マイちゃんさ……、初めてちゃんと笑ってくれたんだよ」


 言われて思い出した事柄に、マイははっとした。


 ――あの日わたしは、涙が出るほど笑った

 ――それから、わたしは思ったんだ


 ――ああ、これが“仲間”か、と


「それ見てあたし思ったんだあ、マイちゃんは仲間が危なかったら、自分のことなんか構わず飛び込んでくるような優しい子で、一緒にバカやって笑ってくれるいい子なんだって。――あたしは、あたしの知ってるマイちゃんを信じようって……、そう思ったんだよ」


 言ってしまえばそこには何の根拠も無かったろう。それでもバカみたいに真っ直ぐに、この子は自分のことを信じてくれた。


 ――それの、何て嬉しいことか


「だからあたしはベンお兄ちゃんの言葉を無視したの。一緒にパーティを組むのは、“マイちゃん”が良かったから」

「……どう、して」

「どうもこうもないよ? マイちゃんがマイちゃんだったから、あたしはマイちゃんを好きになった!」


 ――空っぽだった筈だ、『イレヴン』だった頃からわたしなんて

 ――でも、そんな空っぽのわたしを純粋に信じて、慕ってくれた人が居る

 ――そんなこと考えたことも無かった


 ――だって、


「……なんで、わたし、なんかを――――」


 ぼそりと零れ落ちたマイの言葉にロクはむっとし、眉を寄せてマイに一歩踏み出し、ずいっと顔を寄せる。


「なんかじゃない! マイちゃんはそんな風に卑下していいような人じゃないの! あたしたちにとって唯一なんだよ!!」


 そんなロクの言葉に、ノアールも乗っかった。


「そーだよ! オレらにマイちゃんが必要なの!!」

「そうね。じゃなきゃこんな風に追ってきたりしないわ」


 アルガにもそう続けられ、マイは思わず顔を上げる。けれど、みんなの顔は滲んで良く見えなかった。零れ落ちないように、マイは必死にそれを堪えて息を細く吐く。


「でも……、わたし、は」

「でももだってもない! マイちゃんはあたしたちの仲間なの!! ……だからさ、マイちゃん」


 不意に名前を呼ばれて、マイがロクに目を向けると、ロクは強く笑った。


「――もっとあたしたちを頼ってよ。仲間なんだから」


 それにノアールも黙っていられず、マイに言う。


「そうさ! 一人で抱えなくってもいいんだよ! 仲間なんだから頼っていいんだよ!」


 二人の言葉にアルガはふふっと笑いながら、「そうよ、もっと頼りなさい」と言った。

 各々の言葉を聞いて、マイははくっ、と口を開ける。けれど、その口から言葉は何も出なかった。


 ――だって、言っていいのだろうか、こんなこと

 ――裏切ってしまって、散々逃げて、それなのに今更こんなこと


 その言葉を言っていいのか、マイには分からなかった。けれど、それは、もうずうっと言いたくて言いたくて、仕方の無かった言葉である。

 迷っているマイの様子に、ロクはアルガとノアールと目を合わせ、互いに何かを確認し合うように頷いた。


「言って、マイちゃん。そうすれば、あたしたちは動けるから」

「うん、言ってよ! マイちゃん!」

「言いなさい、マイちゃん」


 確かめるように言われたそれぞれの言葉に、マイは俯き震える手で地面を握る。

 言葉が先走り、飛び出そうと口が勝手に開くのに、それを抑えつつ、マイは意を決してゆっくりと言葉を紡いだ。


「――ロク……、ノアール、アルガ……」


 皆の名前を呼びながら顔を上げたマイは、一杯に溜まっていた涙と共に、もう、ずうっと言いたくて仕方のなかった言葉を、やっとその口から零したのだった。


「――――――助けて……っ」


 それは、マイが初めてみんなに対して言った、「頼る」言葉だった。

 そんな言葉を漸く言ってくれたマイに、ロクとノアールとアルガは笑い、それぞれ同時に「任せて!」「任せろ!」「任せなさい!」と声を張る。

 そして、ロクはくるりと踵を返し、表情を変えてベンの方を向き、一度大きく息を吸い込んだ。


「――ベン、お願いします」


 通る声でそう言ったロクの言葉に、ベンは頷くと男に対して構えていたレイピアを鞘に納め、逃げないよう拘束してから、懐から丸められた羊皮紙を取り出し、それを広げそこに書かれているのだろう、文章を読み上げる。


「――“本日を持ってハンター名【マイ】を【マイ・シェーンブルク=ヴィドゲンシュタイン】と命名し、ヴィドゲンシュタイン家の養子として迎える”!!」


 唐突に読み上げられたそんな内容に、明らかに顔色を変えたのはそこに居る男だった。


「――なっ……、ヴィドゲンシュタイン家だと……!? それは、壁の内側の――……」


 明らかに何かが変わったけれど、その何かが分からずマイが呆然としていると、ノアールはマイの肩を後ろから優しくぽんっと叩いた。


「――大丈夫? マイちゃん」

「え、あ、ああ……、でも、えっと、何が何やらで……」

「えーっとね、まずロクちゃんなんだけど……、本当にお嬢様だって知ってた?」

「え? いや……たまに見る立ち振る舞いから本当にいい所のお嬢様なんだろうなあ……とぐらいにしか」

「うん。オレも難しい話はよく分かんないんだけど……実はロクちゃんかなり高位な貴族の一人娘なんだってさ」

「えっ……!?」

「それで、今回ロクちゃんはマイちゃんを助けるために、マイちゃんを自分の家の養子にするって言ってた。ロクちゃんの家は沢山のギルドに支援をしてるから、ロクちゃんの家に入りさえしちゃえば大体のギルドはマイちゃんに手出し出来なくなる筈だから、って」

「そ、れは……」

「……オレ、バカだから貴族の事情とかよく分かんないけど、それが大変な事だってことくらいは分かるよ。だから多分……、ロクちゃんは今日までずっと走り回ってたんだと思う。オレとアルガちゃんがマイちゃんを探すのに走り回ってるよりも、もっとずっと別の場所でマイちゃんを助けようって必死に走ってたんじゃないかなあ」

「ロク……」


 ノアールから説明を受けて、マイがロクの背を見つめていると、ロクはゆっくりとした足取りで膝を着く男の目の前まで行き、ドレスの裾をつまんで男に対して優雅に頭を下げた。


「――――初めまして、ノーマン=ブラウン伯爵様。わたくしはローザノイン・シェーンブルク=ヴィドゲンシュタインと申します」

「なっ……!? 本当にあの貴族の一人娘だというのか……!? それに、何故私の名前を――」

「如何にも。お名前は僭越ながら調べさせて頂きました。今の通り、あちらに居る彼女――“マイ”は“マイ・シェーンブルク=ヴィドゲンシュタイン”としわたくしの義姉となりました。この意味がお分かりになりますでしょうか」

「そ、んな馬鹿な……!」

「これ以上わたくしの義姉に何かしようものなら、我がヴィドゲンシュタイン家はそちらのギルドへの援助は一切切らせて頂きます故、よろしくお願い致しますね」


 そこまで言うとロクは頭を上げ、ノーマンに対し一度にこりと微笑み、くるりと背を向ける。


「――尤も、貴方方ギルドの存在について、わたくしは審議を諮るようそちらに見えます元騎士団所属のアルガ様に、お調べした内容全てお伝えしておきましたので」

「な、んだと……」


 ロクの発言は、実質ノーマンの掌握しているギルドの解散を意味していた。それに絶望的な表情を見せたノーマンを一瞥すると、ロクはマイの方を向き、マイが良く知るいつものロクの表情を見せる。

 少し駆け足でマイの前まで来ると、ロクは改めて両手を差し出し、マイに向かって目一杯に笑い掛けた。


「――マイちゃん、帰ろう? 一緒に!」


 そうして、差し出されたロクの手に自然と手を伸ばし、マイがその手を取ろうとした直前のこと。


「――ちょっと待って頂戴」


 言ったのはアルガだった。アルガの言葉に皆固まっていると、アルガはつかつかとマイの前まで歩いて行き、そして――……右手を振り上げ、バシンっ!と音を立ててマイの頬を強かに叩いた。

 突然の出来事にロクとノアールは肩を跳ねさせることしかできず、一方の叩かれたマイはただ呆然とする。


「えええええっ!? な、何してんのアルガちゃん!!」

「何って……誰もマイちゃんのこと殴らないから、私が代表して殴っただけよ」

「だ、だけよって……」


 慌てふためくノアールをよそに、呆然と自分のことを見上げてくるマイに、アルガは今度はべしっと指で額を弾いた。それに漸く「痛っ!」と反応を見せたマイに、アルガはふんっと鼻を鳴らしてマイのことを睨み付ける。


「――今のは、ラピスちゃんの分かしらね」

「えっ……」

「あの子の事、私に押し付けて行って……ラピスちゃんは貴女じゃなきゃダメだってこと分かってたでしょう、全く――……あの子、ストレスで円形脱毛症になってるわよ」

「え、そ、そうなのか?」

「いい、マイちゃん。私は今度こんな事があったら貴女の事を追わないし、絶対に許さないから」

「アルガ……」

「私を含め、皆がどれだけ心配をしたか分かってる? 貴女はもう何でも自分勝手が許されるほど独りじゃないのよ。皆居る。だから……頼りなさい。自分一人じゃどうしようもないことなら、私たちを一番に頼ること」


 アルガの言葉にマイが思わず俯くと、アルガは見えたマイの脳天に今度はどすっと手刀を落とした。


「――――返事は?」

「は、はいっ!」


 低い声で改めて問われたのに、マイは反射的に顔を上げて返事をした。

 そして、小さく口の中で「はい……」と呆然とした表情で繰り返し、すぐに何処か可笑しくなってきたマイは笑う。泣きながら、声を上げて笑った。

 そんなマイを見て皆笑い、打ち合わせた訳でもないのにロクはマイに向かって右手を差し出し、アルガは左手を差し出す。二人の手をマイが迷わず掴めば、引っ張って立ち上げられ、そんなマイの背をノアールは優しく押した。

 そして、揃って言われたのはこんな言葉だった。


「――――お帰り、マイちゃんっ」


 三人からのそんな言葉にマイは涙を手で払い、今度はただ笑った。

 純粋な、見惚れてしまう程に綺麗なその笑顔は、いつかの日にロクが見た、マイが孤独ではなくなった時に見せた笑顔と同じ。


「――ただいま、皆」




 ――ああ、きっと自分がどれだけ彼らに感謝の言葉を述べても、今自分が感じている感謝の気持ちのカケラも届かないんだろう

 ――それほどに嬉しくて、嬉しくて、本当に


 ――これから先、一生わたしは彼らに敵うことがないのだろう

 ――追ってくるように逃げたのが自分だ

 ――けど、本当に追ってきてくれるとは思っていなかった自分もいるのは確かで

 ――なのに彼らは追って来てくれた

 ――色んなものを後回しにして、一番に自分を追ってきてくれた


 ――どんなに嬉しかったか、わたしがどれほど安堵したか、彼らには分からないだろう

 ――こんなわたしに居ていいと、居てくれと言ってくれた

 ――きっともう、わたしは彼らから逃げられない


 ――今までとは違う、とても優しくて、嬉しい拘束だ


 ――それと、これを口にすることはないけれど、色々なものを賭けてわたしの「マイ」としての命を繋いでくれたロク

 ――わたしはこれから先、君の為に生きようと決めた

 ――返しても返しきれない恩だ

 ――わたしの一生がどれ程のものか分からないけれど、一生かけて恩を返すよ


 ――ロク、ノアール、アルガ……本当に、ありがとう

 ――わたしは、皆に会えて良かった


 ――皆とパーティーを組めたことがわたしの人生で最大の幸運だ




「……わたし、皆に何を返したらいいんだろうな」


 思わずぽつりと呟くように言われたマイの言葉に、全員マイに振り返った。


「何も返さなくていいよ! あたし、返されるようなことしてないもんっ」

「マイちゃんが居てくれればそれでいいよ!」

「あら、じゃあ私は身体で返してもらおうかしらね」


 アルガの発言に、今度は全員思わずアルガに振り返る。皆に目を向けられたアルガは、ふふんっと高慢に笑って小首を傾げた。


「丁度ナビ―さんに高難度飛竜種一頭の討伐を頼まれてるのよね」

「か、身体ってそういうこと……え~それよりオレ今は温泉でも入ってゆっくりしたいなあ~」

「あたしも~」

「あら。ならアマリの村長から雷属性獣竜種の討伐も頼まれてるからそっちにしましょうか」


 ここぞとばかりに言ってくるアルガに対し、「そんな〜……」と嘆くロク、ノアールを見てマイは笑う。


「――いいよ、行こう。ナビーさんの依頼も、アマリの村長からの依頼も。それで、ゆっくり温泉にも浸かろう。皆で」


 強く笑って言ったマイに、アルガは嬉しそうに「そう来なくっちゃ」と微笑んだ。そんな二人を見て、ロクとノアールは互いに目を合わせると、同じく嬉しそうに微笑む。

 それは、漸く帰って来た彼らの“いつも”。


 空っぽだった筈のわたしは、いつからこんなにも満たされていたんだろう。

 考えたって仕方が無い。気付いたら皆居たんだ。

 これから先、何があってもわたしはもう、自分から『わたし』を辞める事は無い。

 皆が繋いでくれた命だ、わたしはこの命で一生を生きて行く。

 返しきれない恩と共にずっと。

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