55.
優しい微笑みから発せられた、マイの言葉はその表情に余りにも似つかわしくなく、思考が追いつかなくて、ノアールはただ大きく目を見開いた。そんな反応をしても、マイは変わらず優しい笑みを浮かべているだけだった。
「ご、めん……意味が、よく……、」
「……分からないだろうな。理解できないと思う。ただ、わたしはかつて……そういう仕事をしていた」
そんな自分の発言に、目を点にして口を開けたまま固まるノアールから視線を外すと、マイは遠くを見つめながら息を吸い込んだ。
「……お前たちと出会う前の話だ、わたしがその仕事をしていたのは」
「え、ど、ういう……前って……マイちゃん、記憶が――……」
「ああ、そうだ。記憶が戻った」
「そ、う、だったんだ……」
マイの言葉に返事をしながら、ノアールは自分の中で嫌な動機がどんどんと強くなっていくのを感じていた。そして、同じくして目の前にいるはずのマイが、突然誰だか分からないように感じていて――この感覚に覚えがあった。
三ヶ月前、倒れたマイが目覚めて自分を見たその時、同じことを思った。
「誰だろう、この人は」と。
「なら、そう言ってくれれば……、」
「言えなかった。わたしは、お前たちに嫌われたくなかったから」
「は……? 嫌うわけないじゃん、オレらがマイちゃんのこと……」
「嫌うさ。少なくとも軽蔑する。本当のわたしは、普通で綺麗なお前たちと一緒に居てはいけないはずだったから」
そこまで言うと、マイは焚火を挟んでノアールの向かい側に座った。
目の前で動いて、話しているのはマイだというのに、そこには酷い違和感がある。よく知っているはずの人なのに、全く分からない人のようで、ノアールは本能的に「ああ、嫌だ」と強く思った。
マイが話すことを、これ以上聞きたくない。
「全部話そう……本当は思い出したその時に話すべきだった。わたしは悪足掻きをしていたんだ。『マイ』で居たいがために」
「……何か、ヤだよ……オレ、あんまり聞きたくな――……」
「ノアールっ!!」
それを聞いたら何かが変わってしまう、今まで通りじゃきっと居られなくなってしまう、そんな気配がした。だから「聞きたくない」と言ったのに、悲痛に叫ぶように呼ばれた自分の名前に、それは許されなかった。
マイから向けられた目が、そう物語っていた。
「……頼むから、聞いてくれないか……もう、限界なんだ……っ!」
何を聞かなきゃならないのか、何がもう限界なのか、マイの言っていることは何一つ分かりはしなかったが、余りにも苦しそうに言われたそれに、ノアールは息を飲んでこくりと頷くことしか出来なかった。
こんなにも、聞きたくないと思っているのに。
そうして、マイははあっと息を吐いてから静かに話し始めてしまった。
「……ノアールも長くハンターをやって来たのなら聞いた事があるだろう。ハンターを狩る、ハンターの存在を」
「あの、違法行為とかしたハンターを狩るっていう噂の……」
「ああ。そして、狩るの正しい意味を知っているか?」
「憲兵に、突き出すとかじゃ、」
「普通はそう思うだろう。けど、実際は違う……その狩るは、モンスターを狩ることと意味は一緒で……、違法行為を犯した人間を殺すことが、その狩るの意味だった。少なくとも……――わたしは、そう教えられた」
「ど、うしてマイちゃんがそんなこと知って……」
「……それが、わたしの仕事だったから」
諦めたような笑みで伝えられたそれに、ノアールは何も言葉が返せなかった。返そうにも、上手い言葉なんて何一つ出て来なくて。
「……どんな経緯を経てその仕事に就いたのか気になる所だろう。だが経緯も何もない。わたしはずっとそれしかやって来なかった」
「ど、ういう……」
「わたしは……、幼いころとあるギルドに金で買われて、そこで育てられていたから」
息を呑んで驚くノアールに対し、マイは「親の顔も覚えていないから、言うなればあのギルドがわたしの親だろうな」と自嘲的に笑った。痛々しくて、見ていられないと思った。
「はっきりと記憶がある頃から、わたしはずっと訓練の日々で、後は感情を消す訓練をたくさんしていた」
「感情を、消す…?」
「そうだ。あのギルドは初めからわたしをハンターを狩るハンターとして……使い勝手のいい人形として育てていたから」
「なっ……」
「そして、わたしは見事に育ってしまった……初めてそれをした時、わたしは何も思わなかった。モンスターを狩るのと同じだと、そう言われて……ずっとそう同じように感じていた。……だが、彼と出会ってしまった」
「彼……?」
「――……名を、マルク・アジョット・イフリース。ハンターでわたしの恋人だった男だ」
言いながら、マイは焚き火に薪を足した。
火を見つめて、頭の中ではもう上手く思い出せない彼の姿を思い浮かべる。自分が壊してしまったもの。夢の様な出来事で、現実じゃなかったらそれがどんなによかったか。
けれど、それが現実だとはっきり分かるように、忘れてしまわないように、わたしはその証拠を無意識に持ち帰ってきたのだ。わたしの耳についている、マルクのイヤーカフとピアスを。
「初めは鬱陶しい奴だと思った……だが、顔を合わせ会話をする度にわたしは彼に惹かれて行った」
「…………」
「本当に……好きだった。愛していた……わたしに感情ができた――そして、それが間違いだったと気付いた」
「間違い……? 何で、そんな……」
ノアールの質問に、マイはくすりと笑った。理解できないんだろうなあと思った。
わたしと比べてとても普通で、馬鹿みたいに綺麗なノアールには、きっと一つも理解できないんだろう。
「……わたしは、対象の写真をギルドから渡され、何処に居るのか教えられるだけで、何で殺すのかなんて聞かなかった。理由を知る必要はないと言われていたから。そうしてまた、写真が渡された」
――今でも鮮明に覚えている。それこそ、忘れていた事自体がフリだった
「写真に写っていたのは……マルクだった」
「えっ……」
「わたしは……その時に初めて何で殺さなければならないのかを聞いてしまった。ギルドから返ってきた答えはこうだった」
――『殺せ。命令は絶対だ。一端に感情など持つな。お前はギルドの使い人形だろう』――
「そ、んなっ……」
「――――そして、わたしは命令通りマルクを殺した。自分の恋人を、この手で殺したんだよ」
全く、想像できないことだった。
今目の前で話されていることは、まるで小説の中の物語のようで、小説の中の話だったとしても、感情移入できそうにないくらいに現実感などなくて。そのせいか、目の前で話しているマイちゃんのことが、知らない人のようにしか思えなかった。
「殺してから、わたしはやっと後悔をした。わたしは、ずっと自分の存在理由がギルドの為だけだと思っていて……正しいのは、あの男の言葉だけだと信じさせられていた。でも、それは間違いだった。死に際にマルクはわたしに謝ったんだ。“弱い俺が悪かった”と、“嫌な役回りをさせてしまった”と。そしてこうも言った。“俺の事は忘れて、どうか自由に生きて”とも」
そこまで言うと、マイは両手で顔を覆い俯いた。
「――吐き気がしたよ、それまでの自分に。今までやって来たことは何て酷い行為で、恨まれる行為で、憎まれるべき行為なのだろうと。そんな簡単な事に気付くのに自分は、自分の大切な人を自らの手で殺すまで分からなかったんだ」
「……マイちゃん、もういいよ」
「自分は何て酷い存在なんだろう、そう気付いて……死にたくなった。死にたくて、死にたくて、生きていてはいけない、そう思ったのに――……」
――自分が今まで殺してきたあの人も、この人も、かの人も、きっと誰かから、とても大切に思われていた存在の筈なのに
――自分はそれを何の理由もなく削り取ってしまっていた
――マルクに、わたしは手を伸ばして「一緒に逃げよう」と言えばよかったんだ
――もしくは、「逃げて」と言ってやれればよかった
「もういい! マイちゃん!!」
苦しそうなマイの言葉を聞いて居られず、ノアールはそれを止めようとマイの両肩を掴んだ。するとマイは顔を上げ、ノアールと目を合わせてから、歪に笑ったのだった。
その両目には一杯の涙が溢れていて、それは言葉と共に零れ落ちて行く。
「――――自分は……、死ねなかった……」
呟くようにそう言って、涙を流したマイの目を見て、ノアールはようやく分かったことがあった。
きっと、マイが記憶を思い出してからだろう、どこか遠くを見つめるマイを知らない人のように感じていたのは、自分たちの知らない人を思っていたからだ。マイがマルクのことを、過去のことを思っている時に、自分はそう感じていた。
「死のうとすると、マルクが最期に言った言葉が頭を巡るんだ。“生きて”と、彼はそう言って、こんなわたしに、だから……、死ねなかった……」
そこまで言うと、マイは手で自分の涙を払って、ノアールから目を逸らした。 それに伴い、ノアールはマイの両肩から手を下ろし、口を開けてただ閉じた。何を言ったらいいのか、ノアールには分からなかった。
何を言ったって、今のマイには届かない気がしてしまった。
「……そして、死ねなかったわたしはギルドから逃げ出す事を決意したんだ」
「…………」
「長かった髪を切り落として、少しの金だけを持ってこの身一つでわたしはギルドから飛び出し――……エルレ村に向かう途中、モンスターに襲われ崖から落ち、記憶を失ってしまった」
そんな話を聞き終え、ノアールはマイに何かを言おうとしたがやはり言葉は声にならず空に消えた。
優しいノアールが、自分の過去の話を知って何も言えなくなるだろうことは分かっていて、予想通りの反応を見せるノアールにマイは少しだけ笑うと、すくりと立ち上がり背を向ける。
「すまない、今まで黙っていて……」
「――……マイちゃんは、どうして、思い出したの……?」
「……アマリ村でギルド御用達の双剣の模造品を握った時に……。あれは、わたしの愛用していた武器で――……マルクを殺した時にも使った武器だったから」
「あっ……、ご、めん……」
「――いや、ノアールが謝る事は何もないさ」
パチンっ、と焚き木が弾けた音を聞いて、ノアールは色々と考えを巡らせると勢いよくマイに向かって立ち上がった。そして、そこに立って自分に背を向けるマイを睨むように見ながら、大きく息を吸い込む。
「――……でも、それって思い出したのオレが変だって気付いたころと同じだよね? 何でもっと早く言ってくれなかったの?」
「言えなかった」
「何で? オレたちってそんなに信用なかった?」
「違う」
「じゃあ何で言ってくれなかったの!!」
「嫌われたくないからに決まっているだろう!!」
怒鳴りながら振り向いたマイの表情は、今にも泣き出しそうで、ノアールは息を詰まらせた。
「わたしは、ロクや、アルガや、お前に、お前たちに嫌われたくなかった……っ。本当の自分を知られて嫌われるのが怖かったんだ!!」
「マ、イちゃん……」
「今まで無感情に人を殺してきた自分に、大切な人などもう二度と作ってはいけない! そう思っていたのに、記憶を失ったばかりに、お前たちはわたしにとって唯一になってしまった……無償でわたしに笑顔を向けてくれるお前たちの信用を裏切りたくなかった! わたしは……、お前たちに、嫌われたくなくて……!」
そう訴えたマイの目からは、ボロボロと大粒の涙が流れ落ちていたため、ずっと一人で悩んでいたことを怒ってやろうと思っていたノアールだったが、それ以上何も言えなくなり、開けた口を仕方なく、ゆっくりと閉じる。
「……オレらが、マイちゃんのこと嫌うわけない」
「――嫌うよ、こんなわたしは」
「嫌わない」
「嫌う」
「嫌わない!」
「――~~それでもわたしを見る目は変わるだろう!!」
自分の言葉を信じてくれないマイに、意地になって言葉を返していたノアールだが、最終的にそう叫ばれ、ノアールは肩をびくりと跳ねさせた。「はぁっ」と肩で息をしたマイは、それに構わずノアールを睨みつける。
「……わたしは、お前たちが何よりも大切になってしまったんだ。けど、そんなの初めから自分には許されていなかった……っ」
「そんな事ない!! マイちゃんは――……」
「だからわたしは、思い出したんだ。忘れたままでよかった。ずっと『マイ』で居たかった。けど――、忘れてはいけない事だった……っ」
そう言って、マイは再び手で涙を拭うと、くるりと自分の荷物に振り返り、唐突に荷物を片付け始めたのだった。
「……? 何してんの、マイちゃん……」
マイのそんな行動にノアールが問いかけるも、マイは片付ける手を止めず、自分の荷物を全て片付け終えて、それを背負うとノアールに振り向く。
「――知られてしまった以上、わたしはもうお前と、お前たちと一緒に居られない。だから――……」
「は……? な、何言ってんの? 冗談だよね?」
「冗談じゃないよ。そもそもが悪足掻きだったんだ。ここまでよく持ったものだ」
覚悟を決めたようにふと息を吐いてから、マイは正面から真っ直ぐにノアールの目を見つめた。
「『マイ』は今ここで死んだ。わたしはアマリには戻らない」
短くそれだけ言って、マイは踵を返して歩き出したのだった。マイが身体を向けた方角は、アマリ村のある方角とは真逆。
「……何、言ってるの……マイちゃん、ねぇ、マイちゃん! 待ってよ!!」
足早に歩くマイの後ろから、ノアールは慌ててマイのことを追い掛けた。
「何で? どういう事? オレが知っちゃったから? アマリに戻らないってどういう事なの?」
「言葉の通りだ」
「――オレが知ったから? ならオレが出てくよっ! それならマイちゃんはアマリに戻れるよね!?」
「それじゃダメなんだよ、ノアール」
「――――どうして!!」
進んで行くマイの歩みをどうにか止めたくて、声をかけても自分の言葉には短い答えしか返って来ないため、ノアールはマイの腕を掴んで強く引っ張り、力づくでそれを止める。
けれど、振り返ったことでかち合ったマイの目には一切の迷いがなく、ノアールは今マイの言っていたことが冗談でも何でもない事を、今更のように理解してしまい、言葉を失った。何を言ったら今のマイに届くのか、分からなかった。
「――……何、で……、そんなの、オレ、オレ……ロクちゃんに、みんなに、何て言ったら――……」
「ノアール、すまない。わたしはお前たちが大切なんだ。これは、お前たちを守る為でもあるから……、分かってくれ」
「ど、ういうこと……? 守る、って……」
「――あのギルドは、三年も経った今もわたしを探している。そして、その手が近くまで伸びて来ている事を知った。……あそこはとても怖い所だ。このままわたしの近くに居れば皆危険な目に遭うかもしれない。だから――……」
「だから自分はそこに戻るって言うの!?」
剣幕にそう聞かれ、マイは驚いた表情を見せたが、すぐにふっと優しい笑みを漏らす。
「……いや、自らギルドに帰る事はしない。マルクはわたしに“生きて”と言ったんだ。あそこに戻るのは死ぬ事と同義だ。だから、わたしはもう暫く悪足掻きをするさ。自分が死ぬか、ギルドに連れ戻されるその時まで――……」
「なら……、なら一緒に、皆、一緒に……!」
「それはできない。もう自分のせいで大切な人を失いたくないんだ。分かってくれ」
「――分かんないよ……そんなの、全然、分かるわけないだろ……!」
子供のような駄々をこねて、自分の視界がじわりと滲み、その目から涙が零れ落ちそうになったその時だった。
「――――ノアール」
「えっ……」
今までで一番優しく名前を呼ばれたことに驚いて、俯きかけていた顔を上げると、くいっと腕を引かれ、ノアールは唇に何か柔らかいものが触れたのを感じる。ぼやけた視界の中でマイの顔が一杯になり、触れていたそれは少ししたら離れた。更に驚いて見開いた目に、マイの綺麗な笑顔が映り、ノアールは息をすることも忘れる。
「――わたしは、お前の事が好きだよ。お前の事を愛している。思い出さずに居れたら、わたしはお前と恋とか出来たのかもしれないのにな」
「えっ……、」
そう言って、マイは一度哀しそうにくすりと笑うと、ノアールを見上げて、またとても優しく笑ったのだった。
「お前への好きだけは特別だったよ、ノアール……だから、お前だけは絶対に一緒に連れて行かない」
「マ、イ、ちゃん……」
「ロクにはごめんと伝えてくれ。あと、そうだ……わたしが雇っているラピスだが、お前たちの中じゃ一番アルガに懐いていたからな、アルガに引き取って貰いたい」
「――マイちゃん!!」
「ノアール、『マイ』なんて人間は初めから存在しない。少なくとも『マイ』は今ここで死んだよ」
「どうしてそんなこと言うんだよ!」
「それが事実だからだ」
それだけ言うと、マイは自分の腕を掴んできていたノアールの腕を、そっと自分から剥がす。何でか、ノアールはそれに逆らえなかった。
「……今まですまなかった。わたしはお前たちの事が何より大切だ。だからわたしは消える。お前たちの事は勿論、お前たちと過ごした時間は忘れない――……ああ、そうだ、ノアールにわたしの代わりに捨てておいて欲しいものがある」
そして、マイは自分の耳についていたイヤーカフとピアスを外し、それをノアールの手に握らせる。
「これ……、マイちゃんの、」
「――いや、これはわたしのものではないよ。内側に彫ってある英字…『M.A.I』、そのまま読んで『マイ』、今のわたしの名前だが本当は――“マルク・アジョット・イフリース”。このイヤーカフとピアスはマルクのものだ」
「何で、そんなの、オレに……」
「本当はずっと捨てたかった……けど、捨てられなかった。それはわたしの枷で、支えだったから。でも、もうなくて大丈夫だ。それがなくともマルクを忘れる事はない。支えもわたしの中にある。わたしはもう、一人で大丈夫……――だが、自分の手では捨て難くてな。だから、代わりに捨てておいてくれ。ああ……それから、これも」
もう一つ、マイはポケットからカードを取り出して、それをノアールの胸に押し付けた。それをノアールが受け取るか受け取らないかはどうでもよく、ただ、自分にはもう必要のないものだとして、それから手を離した。
「それは、もうわたしに必要のないものだから」
それだけ言うと、マイはそれが地面に落ちる音を聞きつつ、踵を返して再びノアールに背を向けた。
「もう二度と会う事はないだろう。今までありがとう。お前たちに出会えてよかった。愛したのがお前でよかった。アルガとロクに本当の事を伝えるかどうかは、ノアールに任せるよ」
「待って、マイちゃん……、――マイちゃん!!」
離れて行く背に、最後の思いを込めてノアールが強く叫び呼び止めると、マイはくるりと軽やかに振り返る。そして、今までにない一番と言っていい程の良い笑顔を見せたのだった。
「――さよなら、ノアール」
マイのその言葉と表情はノアールの身体を凍りつかせ、ノアールはそれ以上マイを追う事はできなかった。
マイの姿が闇に消えて暫くしてから、ノアールは漸く動けるようになり、その場に膝から崩れ、両手を地面に叩き付ける。やり切れない思いを、どうしようもない思いを、どこにも向けられなく、拳にした手を何度も何度も地面に叩きつけた。
「くそ……、畜生……!」
俯くノアールの両目からは、また大粒の涙が零れ、着いた両手の間の地面を濡らす。そんな手のすぐ傍に落ちているのは、マイの名前が書かれたハンターライセンスのカード。それを見て、ああ、ああ、と言葉にならない呻き声を上げて、ノアールは地面に爪を立てて、土を引っ掻いた。
「――――――マイちゃん……っ!」
呼んでも、その名の人物はきっともう、何処にもいない。




