53.
場所は変わり、近くの喫茶店内。テーブルを挟んで向かい合わせに座り、頼んだ飲み物が届いてから、話は始まった。
「えらく素直についてきてくれたが……おじさんそんなに品定めされなきゃならんくらい怪しいかな?」
言われたそれに、ロクは内心「気付かれていたのか」と思う。自分も聞きたいことがあると言ったものの、実際ロクには別にヴェリスに聞きたいことなどなかった。ただ知りたかったのだ、ヴェリスがどんな人物であるのかを。
ベンの報告で、マイとヴェリスが関わって以降、二人は友人になったようで度々共にいると聞いていて、同時にヴェリスがマイの過去を知った可能性が高いと聞いていたため、どんな人なのかとずっと自分の目で見たかったのである。
「ううん、アルガちゃんの知り合いで、ベンお兄ちゃんの知り合いである時点で……別に怪しい人だとは思ってないよ。ただ、どんな人か知りたかっただけ」
「そうか。それは――……いや、うん、腹の探り合いはやめよう。俺は回りくどいことあんま好きじゃないのよ」
何かを言いかけて、考えるような仕草をしてからヴェリスは、自分の目の前に置かれていたアイスコーヒーを一口嚥下した。
「単刀直入に聞こう――ベンを通じて君はマイちゃんのことを口止めしたよな? 俺に」
「…………」
「俺はそれに応じたわけだが、どうして君がそんな口止めをしてきたのか知りたいと思ってな」
ヴェリスのそんな問いかけに、ロクは表情を変えずにただ視線を下へと落とした。
「……ヴェリスさんは、マイちゃんの過去を知ってるんだよね?」
「まあ、調べて出てきたことでなら概ねは」
「それを知って、今のマイちゃんと比べてどう思った?」
「そうだなあ……想像できん姿だと思ったかな」
そんなヴェリスの答えに、ロクはふと笑みを零す。
「あたしも――そう思った。あたしの知ってるマイちゃんと、あまりにもかけ離れてるって、そう思ったの。マイちゃんは優しいよね。責任感が強くて、仲間思いで、ずうっと優しくて……そんなマイちゃんのことが大好きなの」
「…………」
「あたしは……自分が人を見る目があるって自負してる。だから、自分の目を信じることにした。過去なんて関係ない、目の前に居るマイちゃんのことを信じるって……でも、そうしたら、彼女自身の過去のことをマイちゃんに知らせることはできないって思った」
「何でだ?」
「マイちゃんは優しいから……過去のことを知ったら、あたしたちの前からきっといなくなってしまうでしょう? だから……あなたにも口止めをしたの」
ロクの答えを聞き、ヴェリスは小さく「そうか」と答えてから息を吐いた。
「……君も、優しいな」
「え?」
「彼女の過去を知って、彼女のことを思って、それを一人で抱えることにしたんだろ? それこそ、アルガちゃんに相談したってよかったのにな」
「……違う、あたしはただ、自分のために勝手にそうした」
「君自身がそう思っても、おじさんはそう思わん。君は、強くて優しいなあ――きっと、マイちゃんがそうだから、彼女の周りにはそういう人が集まるんだろう」
言われたそんなことに、ロクの目からは涙が溢れた。一度溢れてしまえば、決壊したかのように次から次へと涙は溢れて、慌てて顔を手で覆ったが、そんなことでは止まる気配はなかった。
だって、ずっと泣くことを堪えてた。みんなに何も伝えないことを決めたのは、あたしの我が儘だったから、それを苦しく思って泣くなんて、馬鹿々々しいにもほどがある。
そうして、泣き始めてしまったロクが予想で来ていたのか、特に驚いた様子もなくヴェリスは静かにハンカチだけ差し出した。
「……ベンのことだ、証拠のない話はきっと君に伝えられてないだろうから、君の知らないマイちゃんの過去の話を教えておこうと思ってな」
「え……?」
「マイちゃん……いや、“イレヴン”という名の操り人形がバド村のギルドで飼われていた。そして、その“イレヴン”は対ハンター用ハンターであり、優秀な彼女は総計して百名ほどを処刑している。そんな彼女がある日突然バド村から姿を消した……これはきっと君が知っている話だな?」
問いかけにロクがこくりと頷くと、ヴェリスは続ける。
「彼女がバド村から姿を消す前、彼女に恋人らしき人が居た、というのは聞いたか?」
ヴェリスのそれに、ロクはただ大きく目を見開いただけだったため、内心ヴェリスは「やっぱり伝えられてないか」と思って息を吐いた。
「……おじさんがマイちゃんのことを気にかけて、個人的に調べたのは君のように彼女のことを気に入ったからだ。同時に、初めて出会った時に聞いた彼女の話に、おかしな点があって気になってな」
「おかしな点……?」
「記憶喪失には大きく分けて三パターンある――一つ目は外的要因、頭をぶつけて記憶を失うやつな。二つ目は内的要因、自ら記憶をなくすやつ。三つ目はそういう病気なわけだが……みんなマイちゃんの記憶喪失を外的要因だと思ってるだろう」
「……違うの?」
「少なくとも、おじさんはそう考えてる。適当に言ってるわけじゃなくて、一応理由もある。マイちゃん自身から記憶を失くした経緯を聞いたんだが――……外的要因で記憶を失くしたにしちゃ、直前のことを覚えてい過ぎなんだ。……頭をぶつけて記憶を失った人と俺は話したことが何回かあるが、どうしてそうなったのか状況を聞いても、本人から貰える情報なんて“覚えてないから分からない”が普通だったさ」
「……マイちゃんは、飛竜に襲われて、崖から落ちたって自分で言ってた」
「そう。だから逆に思ったんだ、そこまで覚えておきながら記憶がないのはおかしくないか? ってな。だが、彼女と話していてその話に嘘は見られなかった――そうなると、俺は彼女が自らそれ以前の記憶に蓋をしたんじゃないかと、そう思った。それこそ、崖から落ちたのは本当に事故だったんだろう――そして、それを都合のいいきっかけにした」
「……記憶を失うための?」
頷いたヴェリスに、ロクは先ほどのヴェリスの言った言葉を考えて嫌な予測を立ててしまった。自分の知る彼女が記憶を失いたくなるほどのことなんて、一つしか浮かばなかったから。
「……もしかして、マイちゃんは、」
「正確には“マイちゃん”じゃない、“イレヴン”という名の俺たちの知らない彼女だ。一応言っておくが、これは俺が勝手に立てた推測な。だが、ある子から聞いた話を加味して推測するに、限りなく事実だと思う――“イレヴン”はギルドの命令で、違反行為をしていたハンターを……自分の恋人を、自らの手で処刑した。そして、ギルドから逃げ出し、その渦中で飛竜に襲われて記憶を失い、“マイ”と名前を変え……君たちに出会ったんじゃないかと俺は思っている」
「そ、んな、」
「一応、“イレヴン”の恋人だったろう人物の存在も確認は取れた。名前を見て、俺は“イレヴン”が“マイちゃん”なんだっていう確信もした」
「どうして」
「外見や特徴を知ってる子からその話を聞いて、調べて出てきたのは一人のハンターで、名前は“マルク・アジョット・イフリース”……密猟組織に属していたハンターの一人だ。彼は、三年ほど前ギルドにライセンスだけ返って来ていて、亡き者とされている。……この名前聞いて、気付くことないか?」
「気付くこと……?」
「……マイちゃんが着けているイヤーカフは男物だ。その内側に彫ってあったんだろ? “M.A.I”って。それがマイちゃんの名前の由来だと」
点は線で繋がって、最悪な予想はそのまま事実となってしまったことに、ロクはただ言葉を失った。
ロクがベンから受けた、マイの調査報告は簡単にするとこんなものだった――『バド村という、普通のハンターの間では煙たがられるギルドのギルドナイトの一人。“イレヴン”というコードネームで呼ばれ、専門を対ハンターとしていた。彼女の処刑方法は、有無言わさず対象の首を刎ね飛ばすシンプルで残虐なもの。どういった経緯でバド村のギルドナイトになったのかは分からなかったものの、長いことそこに居た。自らの意志でその村へ来たというのならば、極めて危険な人物だろう。』というそんなもの。
それにロクは、「好きでやっていたことじゃないかもしれない」とベンに反論していた。
「ヴェリスさん……マイちゃんが……“イレヴン”が、どんな経緯でその仕事に就いたとかは」
「ああ、それも調べがついている――右も左も分からん幼い彼女を“高い金で買った”と、買った本人から聞いた」
「じゃあ、別にやりたくてやってたわけじゃなくて……」
「ああ、それしかやることを知らなかったんだろう。あの男はそうやって“人形”を作るのが得意なそうでな」
「――それは誰?」
ヴェリスの口から出た「あの男」という単語に反応して、ロクはヴェリスのことを睨んだ。そんなロクの目から読み取れたのは、強い怒りであり、それにヴェリスは思わずふと笑ってしまう。
「……君も、この質問をしたらアルガと全く同じ答えを返してきそうだな」
「え?」
「君は――マイちゃんが“助けて”って言ってきたら、どうする?」
自分がなんと答えるのか分かっているのだろう、優しい笑みを浮かべながら言われたそれに、ロクはヴェリスのことを見据えて真っ直ぐ答えた。
「――助けるよ、仲間だもん。当たり前のことを聞かないで」
凛とした声で答えたそれに、ヴェリスはやっぱり笑ったのだった。
「ホント、彼女は周りの人間に恵まれているなあ。な、参考までに聞きたいが、ノアール君? も同じこと言うと思う?」
「ノアール? うん、言うし……ノアールは言うよりも先に、そういう状況になったら誰よりも早く助けに動くような人だよ」
「あっはっは! マイちゃんから聞いてた通りだな。うんうんうん、そっかそっか」
グラスを傾けて、カランっと氷の音を響かせてから、ヴェリスはコーヒーを一口飲み込んでロクに目を向ける。
「……にしても、君の噂は君自身が作ったものなんだな」
「!」
「“頭の悪い、他人の言うことを聞かない、我が儘な公爵令嬢”――この王都で聞く君の評判だ。だが実際はそんな噂話と全く違う」
「それは……、“ローザノイン”の話でしょう? あたしは、“ロク”だから」
「そっか。でもな、マイちゃんを助けるにはその“ローザノイン”ちゃんの力が必要になってくるんだよなあ」
そう言って、申し訳なさそうな笑みを浮かべたヴェリスに、ロクが目を見開いているとヴェリスは続けた。
「……悪い知らせが二つある。一つは“イレヴン”を作ったという男がそれを探し続けていて、今アマリにまで辿り着きつつある」
「う、そ」
「この間俺がアマリに立ち寄った時、バド村のギルドの人間を見かけた。で、おせっかいにもおじさんちょっとそいつの後をつけたんだけど、動向を見るに明らかに人を探していた」
「どうして……っ」
「あの村で作られた人形が使い捨てなのは有名な話だが……生きている可能性があるなら捨てられんくらい優秀だったんだろうな、“イレヴン”は。あの男はそうとう執着しているようだったし」
「~~~~誰なの!? 名前は!!」
興奮して、威嚇するように両手をテーブルに叩きつけてそう言ったロクに対し、ヴェリスは静かに息を吐く。
「そいつはバド村のギルドのオーナーで……名前はノーマン・ブラウン」
「ノーマン・ブラウン……」
ヴェリスの言葉を繰り返し、その名前に思い至るところがあったのか、ロクははっとしてそれを口にした。
「ブラウン、伯爵……?」
ロクの口から小さく漏れたそれに、ヴェリスは「正解」と頷いたのだった。
「ま、そういうわけで超絶平民なおじさんは下手に手出しできないのよね」
「だから、あたしの力が必要なんだ……」
「そういうこと。おじさん大切な家族のために濡れ衣着せられて犯罪者になるわけにゃいかんのよ。あのギルドのオーナーが俺と同じ平民だったら、俺がボコして憲兵に突き出して終わりだったんだけどな」
「…………」
「まあ、助け方は君に任せる! 貴族の事情はよく分からんから、さすがにそこまで口は出せんしなあ」
そこまで言うと、ヴェリスはポーチを開けてテーブルの上にばさりと紙束を置いた。
「ただ、その手助けになりうる情報は置いていく。丸投げしていくようで悪いが、おじさん半年くらいちょっと辺境行かなくちゃならんくなってな。そうなるとこの出会いはチャンスだったわけ」
「……これは?」
「使いようによってはブラウン伯爵家をぶっ潰せるくらいの情報かな! ホントはアルガにでも渡して行こうかと思ってたけど、これは君に託す。まあ好きに使っちゃって~」
目の前の紙束に目を落とし、盗み見るようにヴェリスと見比べて、ぎゅっと眉を顰めたロクにヴェリスは息を吐く。
「まあ、正直怪しいだろうな、俺のこと。どうしてここまでするのかとか、君は気がかりなんだろ」
「そ、れは、」
「一応理由言っとくと、単純な話よ――俺もマイちゃんのことを気に入ってるからだ。出来ることなら、助けたい。ま、本当なら君から信頼を得てからこういう話をしたかったところだが……仕事の都合上半年は戻れん上に、こうやって君に急いで情報を渡さんくちゃならん展開になってきるようでな」
「どういうこと……?」
「悪い知らせの二つ目――マイちゃんだが、多分記憶を思い出してるぞ」
「…………え?」
ヴェリスの言ったそれに驚いて、大した反応もできずロクはただ狼狽えた。
「嘘……だってそんな素振り、」
「まあ、必死に隠してたからな。全部思い出しているのかどうか、正確には分からんが……少なくとも、自分の過去がよくなかったものだったっていうのは分かってるように見えた。……それでも、“マイちゃん”は君たちと居たいと思ったから、隠したんだろう。だが、あの子の性格を考えればいずれ姿を消すと俺は思う」
ヴェリスから伝えられたそれらに、ロクはただぎゅっと拳を握った。
「……どうして、マイちゃんはあたしたちに“助けて”って言ってくれないんだろう」
「………………」
「あたしたち、仲間なのに信用ないのかな? 頼ってくれたら、いくらでも力を貸すのに……マイちゃんは、どうして……」
「……信用してないわけじゃないさ。彼女は……知らないんだろう、何も」
「知らない……?」
「誰かに手を伸ばすことも、その手に誰かが応えてくれることも、きっと知らないんだろう。ずっと一人で居て、正しいことはあの男に決められていた」
「…………」
「そうじゃなきゃ、自分で自分の恋人を殺めるなんていうこと、起きなかったはずだ。彼女は……そんな、可哀相な子だ」
そんなヴェリスの言葉に、ロクは姿勢を正してヴェリスに向かってほほ笑んだ。
「ヴェリスさん、ありがとう――あなたがマイちゃんと友達になってくれて、本当によかった」
「ん、そうか?」
「集めてくれた情報も、ありがたく頂戴するね」
「おう、好きに使っちゃて~」
ヴェリスの軽い返事に、ロクは机の上の紙束に手を伸ばし、それに目を落として静かに考える。
彼女を――「マイちゃん」を助けるために、自分ができることが一体何なのか、を。




