52.
あたしは、ずっと自由が欲しかった。
自由か自由じゃないかと問われたら、きっと、それはそれはあたし自身、とても恵まれた環境で生きていて、人によっては自由に見えるだろうと思う。
ただ、その自由とやらは、あたしが欲しいと思っている自由ではないのだから、それを望むのを贅沢だとか言われても、ふざけるなって思う。
あたしは頭がよくて、言葉を理解することも普通に比べたらとても早い方だった。
それこそ五歳前後の時、親に連れられて行ったパーティや、自分の誕生日を祝うパーティで、大人たちから聞こえてくる言葉を注意深く集めて、あたしは自分の立場を早々に把握したのだ。
だからあたしは、自分がとても我が儘であると演じることにした。
だって、そうであればあたしがとんでもないお願いをしたって、それが通る可能性が高くなるだろうと思ったから。
常識のない、我が儘な公爵令嬢。
優しい両親には悪いと思ったけれど、両親は優しいからあたしのそれを強く叱咤することはなかった。一人娘であるから、特別甘かったというのもあるのだろう。
でも、いつかあたしは貴族の家に生まれたそれに囚われることになるだろうし、その時が来るまではと自由を願った。
その過程で、あたしは自分の手足として絶対的に動いてくれる味方も一人手に入れることができて間もなく――ハンターという存在に出会った。
助けてもらったとかではなく、あたしはただ気球の上から彼らの戦う姿を見ただけだったけれど、憧れた。
――とても楽しそうだったから。
自分よりも強大な存在に立ち向かって、何度も死線を潜りながらも、力強く笑う彼らの姿に魅了された。
それから、彼らから直接話を聞いて、憧れはどんどんと膨れ上がった。「全部自分で決めて、考えて行動しなければならない」というその言葉は、どんなに魅力的だったことか。
その後あたしは、すぐに身体を鍛えだした。幸いあたしは運動神経は悪くないうえ、生まれながらに異様な怪力であったため、モンスターと戦えるだけの土台があったのだ。
そんな、貴族の令嬢らしくないあたしの振る舞いは、当然周りからいい目で見られなかったけれど、これまでの努力の賜物で、大きく変な目で見られることもなかった――「ああ、またあのお嬢様のお遊びか」程度として扱われていた。
だから、あたしはいつか両親にしようと思っていた「とんでもないお願い」をそれにしようと決めたのだ。
――「十八歳を迎えるまで、ハンターをやらせて欲しい」と。
そしてあたしは、依頼でたまたま家に来ていたアルガちゃんを捕まえた。
「――ロク、起きなさい。もう着くわよ」
「ん……、はあい。起こしてくれてありがと~アルガちゃん」
アルガに身体を揺さぶられ、目覚めたロクはふわあっと大きなあくびをした。
「全く……貴族のお嬢様がそんな大きな口開けるのあんた以外に見たことないわよ」
「まだお家ついてないから、今はハンターのロクだからいいも〜ん。あ~首いたーいっ」
「乗って早々変な体勢で寝るからよ」
拠点にしているアマリ村から飛空船で三時間ほど飛んだそこに、ロクの故郷はあった。所謂王都と呼ばれる大きな国であるフィーディス国――ロクはそんな国の上級位貴族五本指に入る公爵家の一人娘だった。また、そんな国の東に位置するロクの家が納めている領地に、今回巨竜が接近しているということが、ロクが帰省した大きな理由である。ちなみに、ノアールとマイには別の用事で帰省するように話していたが、アルガとロクの用事というものは同じである。
「本当は、ノーアルとマイちゃんにもこっちに来て欲しかったものだけど」
溜息混じりに言われたアルガのそんな言葉に、ロクは「あははっ」と笑い声をあげた。
「あたしのこと二人に言ってないのあたしの我が儘だからねえ~アルガちゃんには迷惑かけるよ!」
「全くね」
「ま――、でも……あたしの我が儘はもうすぐ終わっちゃうだろうから」
そう言って、寂しそうに呟いて窓の外に目を向けたロクに、アルガは眉を吊り上げる。
「……けど、あんたは今回“ハンター”として呼び戻されたじゃない。お遊びでやってるんじゃないって、認めてもらいつつあるんじゃないのかしら」
「そうだといいけどなあ。ただ、どの道家の名前を継いだらあたしは好き勝手ハンターやってられなくなるだろうってことくらいはね、分かるから」
「…………」
「ずっとこのまま変わらずにみんなと一緒、っていうのは……難しい話だよね」
言いながら、窓の外に目を向けていたロクは続けて「それにしても」と声色を変えた。
「巨竜っていうんなら、もうここから見えてもおかしくないと思うんだけど……街も平和そうだし、見えないね?」
そんなロクの言葉に、思い至ることがあったのかアルガは「ああ」と声を上げる。
「そういえば……ヴェリスが時間空き次第こっちに向かう、みたいなこと言ってたような……そうであれば私たち行く必要もなく終わってるんじゃないかしら」
「えっ? ヴェリスって、噂の最強さん?」
「そう。で、ベンが最前線にいるのでしょう? だったらやっぱり終わってそうよねえ、もう」
そんなアルガの予想通り、飛空艇から降り立ち予定されていた場所に移動すると、そこには明らかに戦い終わりました、といういで立ちのベンとヴェリスが居たのだった。巨竜が通っただろう跡付近で、二人で何かを話しては、周りの兵士や応援に駆け付けたハンターたちに指示を出す二人が見え、ロクとアルガが近づけば二人の姿に気付いたベンは顔を上げた。
「――ロク、アルガ」
「ん? おお、やっほ~アルガちゃ~んっ」
ベンの声にヴェリスもその姿に気付き、ベンの横でいつも通りの人懐っこい笑みで自分に向って手を振ってくるヴェリスに、アルガははあっと溜息をつく。
「やっぱりそうだった。私たち無駄足じゃないの」
「ん? 何が?」
「対巨竜で徴集されたんだけど? わざわざアマリ村から。でもあんたのお陰で無駄足だったようね」
皮肉を込めて言われたそれに、ヴェリスが笑いながら「ああ、そういうこと」という中で、アルガの横に居たロクと視線がぶつかり、ヴェリスは「おや」と声を上げた。
「噂のロク“お嬢様”じゃん。君もハンターとして呼ばれたのかな?」
そんなヴェリスの言葉は、自分のハンターではない方の正体を知っているもので、ロクは思わず息を飲む。
「オイ、ヴェリス――……」
「いいよ、ベンお兄ちゃん。この人にあたしの正体はバレてるだろうと思ってたから」
ヴェリスに物申そうとしたベンを片手で制し、ロクはヴェリスに向って一歩前に踏み込んだ。そして、ドレスは着ていないけれど、すいっと貴族らしいカーテシーをヴェリスにして見せたのだった。
「初めまして、あたしの名前は“ロク”です。アルガちゃんとベンお兄ちゃんからお噂はかねがね聞いてます」
「これはご丁寧にどうも。俺はヴェリスだ、よろしくな。そう名乗るってことは、ハンターとして扱った方がいいってことだな?」
「うん」
「おっけ〜。ま、こっちもマイちゃんやベンとアルガから君のことはよく聞いてるよ。よろしくな~」
言って、差し出された手を取り握手をする中、じっと自分のことを見られているのに気づき、ロクが顔を上げると視線がぶつかり、そうしてふと笑われたのに「何」と思う。
「あれ? ていうか、二人がここに居て、マイちゃんは? まさか一人に、」
「ノアールが一緒に居るわ。二人はロクの事情を知らないから、これには呼べなかったの。だから――一人じゃないから安心して」
アルガの答えに「そう」とヴェリスはほっと息を吐くと、三人にそれぞれ視線を向けて「ん~」と悩ましい声を上げた。
「丁度いい機会だし、おじさんとちょっとお話しないか――……なあ、ロクちゃん?」
「――! オイっ、お前いい加減に、」
「な〜んだよ。別に取って食うわけじゃあるまいし、俺は純粋に聞きたいことあるだけだっての」
にこにこと笑いながら言われたそれに、驚きながらもロクが小さく「マイちゃんのこと?」と言えば、案の定「そう」と返ってきたのに、ロクは黙り込んでから「分かった」と頷く。
「ロクっ、」
「大丈夫。ベンお兄ちゃんが突き放さないっていうことは、別に変な人なわけじゃないんでしょう?」
「それは、そうだが……」
「あたしも、聞きたいことがあったから」
そんなロクの答えに「そうと決まれば」とヴェリスは笑い、ベンに目を向けた。
「まあ、長話にはならんだろうが、ロクちゃんのこと借りてくな! ベンは引き続き応援で来てる騎士団の指示をして、アルガちゃんはハンターの方の指示してもらえるか? 簡単な後処理だけだろうけど、ベンと一緒にその辺よろしく~」
「分かったわ」
頷いたアルガに、ヴェリスはロクの隣に立って、「さて、場所を変えようか」と言ったのだった。




