51.
「え? アルガちゃんもロクちゃんも次のクエスト来れないの?」
マイたちパーティがよく利用する、アマリ村内の食事処にて、次のクエストの会議のために集まった結果、アルガとロクから言われたそれにノアールは目を点にさせた。横に居るマイはマイで、小さく「そうか」と若干寂しそうな声を上げる。
「え〜……まあいいけどさあ、最近俺とマイちゃん二人のこと多くない? アルガちゃんは忙しい人だけど、ロクちゃんはどうしたの。実家帰ったばっかりじゃなかった?」
「ん~その帰った時にお家の方でちょっとね〜。一週間くらい戻んなきゃで……。あたしだってマイちゃんと狩り行きたいもんっ!」
「アルガの方は……」
「私は実家が王都の方にあるんだけど、珍しく呼ばれたから仕方なく顔出してくるわ。まあ、私の方も一週間くらいだから、二人がクエストから戻ってくるまでにはアマリに居るかしら」
「あたしも多分そんな感じ~」
そうして残念そうに息を吐くロクに、マイは苦笑した。
「えーっとマイちゃん確か村長になんか頼まれたんだったけ?」
「そう。こいつ……雷属性の大型獣種が村の行商人の通路近くをうろついてるらしく相談されて」
「ああ、こいつか〜。上位級だし二人でも楽勝かな」
「そうねえ。モンスターによっては実家に顔出すの遅らそうかと思ってたけど、その必要はなさそうね。二人で行ってらっしゃい?」
「あたしも行きたかったぁ~っ!」
「ま、まあ戻ってきたらな、また行けば……」
「そーじゃなくって! あたしはマイちゃんと一緒に居たいってこと~っ!」
「そ、そうか? ありがとう……?」
ふくれっ面をするロクに、マイが苦笑を浮かべているのを見て、アルガはやれやれと息を吐き「そういうことだから」と席を立つ。
「あたしとロクはこれで失礼するわね。さっさと行って、お互いさっさと用事済ませたら戻るから……ほらロク、行くわよ」
「はあ~い」
「ん? 一緒に行くんだ?」
「方角は一緒だから、同じ飛空船に乗るのよ。ああ、そうそうノアール」
渋々と席を立つロクの背を軽く叩きながら、アルガはふとノアールに目を向けた。
「――マイちゃんのこと、頼むわね」
「へっ? うん、任せてよ!」
間髪入れずに笑顔で返ってきたノアールの真っ直ぐな答えに、ロクはぎゅっと眉を寄せて苦いものでも食べてしまったような顔をした直後、座っているノアールの横に歩み寄り、げしっ!とノアールの脛を蹴ったのだった。
「いったあ! えっ!? オレ今なんで蹴られたの!?」
「ムカついたから」
「何に!?」
「知らな〜い。行こっ、アルガちゃん!」
「ロクちゃんっ!」
名前を呼んで睨んでみたが、ロクからはべえっと舌を出されただけで、そのままアルガと去っていく。はぁっと息を吐いて、テーブルに向って項垂れたノアールに、マイは小さく「大丈夫か?」と問いかけた。
「まあ……別にホントに痛かったわけじゃないんだけど、なんか最近ロクちゃんから謎の攻撃受けてるような……なんでかなあ?」
「……さあ? 怒らせるようなこと言ってるんじゃないか? ノアールが」
「オレがなの!? 今ロクちゃん怒らせる要素どこにあったの!?」
「う〜ん……まあ、ロクはロクだし、それが今のブームとかなのかもしれん。そのうち飽きるさ」
「だとしたら即刻飽きて欲しい……あーっと、じゃ、クエストの打ち合わせしよっか」
「ああ、そうしよう」
*
「も~~~~ノアールムカつく! ほんとムカつくっ!!」
「そんなに声荒げてないで、落ち着きなさい」
「だってアルガちゃん! ノアールムカつかない!?」
飛空船の停留所へと向かう最中、ぷりぷりと頬を膨らませるロクに、アルガは先ほどのことを思い返した。
「……まあ、あんなにも何も起きそうにない返事が返ってくると、若干マイちゃんが可哀そうよねえ」
「それもそうだし、いつになったらノアールはマイちゃんのこと好きだって自覚するの!? なのにあんな……天然たらし~っ!!」
そんなことを言って憤慨するロクの背を、「落ち着きなさい」とぽんぽん叩き、アルガは「まあ」と息を吐く。
「そうは言っても、私の見た感じノアールのマイちゃんを見る目って今は百パーセント仲間、だと思うけれど」
「でもっ!」
「ええ。確かに、限りなくそう転ぶ可能性が高そうではあるけど……あんたがやきもきしたって仕方ないのだから、ね?」
「う~……」
「唸らないの。とりあえず、お互い用事さくさく終わらせて来ましょう」
*
「またノアールと二人だけでクエスト行くにゃ?」
部屋に戻り、次の予定を夕食を取りながらラピスに話すと、ラピスはきょとりとした目をマイに向けてきた。
「ああ。アルガとロクは忙しいみたいでな。村長に頼まれたクエストを先延ばしにするわけにもいかないし、そんなに大変そうな相手でもないから……」
ラピスの目に心配の色が浮かんだのに気づき、マイがそう言うとラピスは少し考えこむようにしてから、顔を上げてマイの目を見つめた。
「……ラピスもついて行くにゃ?」
聞かれたそんなことに、マイは目を丸くした。
何故なら、マイがラピスのことを迎え入れてからというもの、ラピスは一度だって大型モンスターが出るフィールドに行ったことはないのだ。初めの頃は、それこそフィールドに出ることすらできなかった。それくらいに、ラピスは怖い思いをしたのだろう。今でこそ、自発的に採取のクエストへ行けるようになっているが、共に行ったその場で小型モンスターに怯える姿をマイは見ていた。
「狩りのお手伝いはできにゃいけど、ラピスは夜の火の番とか、食事の用意くらいにゃらできるにゃっ」
心配そうにそう言ってくるラピスに、思わずふと笑ってしまう。
「大丈夫だよ、ノアールと二人きりなのは慣れてるし、あいつがバカみたいに強いからすぐ終わるクエストさ」
「そうにゃ?」
「そうさ。ラピスも、わたしなんかのために無理しなくていい。お前がまだモンスターを怖がってるのは分かるぞ?」
「! そ、れは……でも、ラピスは、もっとだんにゃさまの役に立ちたいにゃ……だから、克服したいって、」
「うん、それも知ってる。だから、それはゆっくりでいいんだよ。ちゃんとわたしが見てやれる時に、一緒にちょっとずつ挑戦していこう」
「にゃ……」
「それに――わたしは、お前が“おかえり”と言ってくれるこの部屋に帰ってくるのが、結構好きなんだよ」
穏やかな笑みで言われたそんなマイの言葉に、ラピスは一度大きく目を見開いてから、恥ずかしそうにくしくしと手で顔を洗うような仕草を見せた。
「……だんにゃさまは人たらし……いや、ネコたらしだにゃ」
「えっ?」
きょとりとしたマイに、ラピスは盗み見るようにマイのことを見て、少しだけ引っ掛かった言葉について思う。
「……だんにゃさま、だんにゃさまはどうしてそんにゃに――」
それを言いかけて、穏やかな笑みを浮かべるマイと目が合ったことで、ラピスの言葉は詰まってしまい、ぷるぷると首を振ってラピスはその発言をなかったことにした。
何となく、きっと、これを言ってもいいことはないのだろうと思ったから。
「ラピス? どうした?」
問いかけられて、ラピスは「にゃ」と返事をした後、椅子から飛び降りてマイの横に立つと、傍でマイのことを見上げた。
「にゃんでもにゃいにゃ。おかえりお待ちしてますにゃあ。気を付けて行ってくるにゃ!」
それにマイは「ああ、行ってくるな」と笑って返してくれたのに、元居たテーブルの向かい側の席に戻り、ラピスは食卓に目を落とす。それから、「いつからだったろう」と思った。
(……もうずっと、だんにゃさまに撫でられてにゃいにゃ)
ラピスがそれに気づいたのは、つい最近のことだった。今だって、以前であればきっとマイは頭を撫でてくれていたと思う。出会ったその時、それが当然のようにマイは自分に手を伸ばして、宥めるように自分のことを撫でてくれた。
些細なことで、マイはたくさん自分のことを撫でてくれていたというのに――いつからだろう、マイは、自分に手を伸ばすことがなくなった。
避けられているわけではないし、多分、嫌われたわけでもないのは分かる。けれど、マイからこちらに手を伸ばしてくることが、何でかなくなったのだ。
それに、元々自己肯定が強い方ではなかったにしろ、最近のマイの言葉は端々に引っ掛かるものがあった。さっきだって。
――「わたしなんかのために……」――
どうして、そんなに自分のことを卑下するのだろうと思った。
(だんにゃさまは……ラピスにとって神様みたいにゃ人だにゃ。そんにゃ風に貶めていい人じゃにゃいにゃ)
けれど、それを言ったらきっと更に自分を貶めるような言葉を言ってしまうのだろうと思い、ラピスはそれについて何も言えなかったのだ。
(うにゃ……聞くよりも、きっとラピスがもっとだんにゃさまはすごい人だって伝えた方がいいにゃっ! そうするにゃ!)
「ラピス? どうした、何か難しい顔してるが」
「……ラピスがだんにゃさまのこと大好きだって、どうしたらもっと伝わるかにゃやんでたにゃ」
「え」
「だんにゃさま、大好きにゃ!」
そんなラピスの言葉に、マイは戸惑いながら、「あ、ああ、わたしも大好きだぞ」と返してくるのだった。




