47.
一行がアマリ村へと戻ると、それは居た。
「あっ、せんぱ〜いっ! 久しぶり~っ!」
金髪碧眼で、優しい顔つきで、女顔の線が細めの男。髪は肩に付くか付かないかくらいであり、軟派な雰囲気を持つその男は確実にこちらを見て手を振っていたのに、マイは首を傾げる。
ちらりと横に居るノアールに目を向けてみたが、ノアールも知らない人だったらしく、自分と同じような反応をしていた。すると、後ろから一歩踏み出したのはアルガだった。
「アエロ……あんた何でこんなところに居るのよ」
そう言って、アエロと呼んだ男に歩み寄ったアルガに、「まあ、確かに“先輩”と呼ばれるのはアルガしかいないか」とマイは内心思う。
「いやあ、俺隣の村に居たんだけど先輩ここに居るって言うじゃん? じゃあ俺もこっちに拠点変えちゃおうカナって!」
「ふうん、部屋は?」
「まだ着いたばっかりで村長さんに掛け合ってないけど」
「いいんじゃないの、私の部屋に来たら」
「さっすが先輩! そう言ってくれると思った~!」
にこにこと笑うその姿は、尻尾を全力で振っている犬のように見えたが、ひとまず置いておいてマイはアルガに問いかけた。
「アルガ、知り合いか?」
「ええ。知り合いというか、私の夫ね」
「へえ、夫……」
アルガの答えを繰り返して、その意味をやっと理解した結果、同じ驚きを抱えたノアールと息ぴったりに「えっ!?」と大げさに声を上げることとなった。
「夫!? 夫って、あの夫か!?」
「あの、がどれを指しているか分からないけど……夫は夫よ。旦那、主人、私の恋人とでも言った方が分かりやすいかしら?」
「アルガちゃん結婚してたの!?」
「ええ。言ったことなかったかしら」
「ないよっ!?」
驚く二人を他所に、ロクはアエロに向かって「やっほ〜」と手を挙げる。
「アエロさん、久しぶり~っ」
「お〜ロクちゃんの方は本当に久しぶりだね! 元気にやってる~?」
「おかげさまで!」
「ろ、ロクは知り合いなのか?」
「うん。あたしとアルガちゃんって、あたしの方からお願いしてパーティ組んでもらってるから、その時にねー。でもそれ以来会ってないから、もう数年前だね、最後に会ったの」
「そーね」
「そ、そうなのか……」
実はアルガが結婚していたという衝撃の事実を知り、マイとノアールが呆然としていると、アエロは「こほんっ」と咳ばらいをしてマイとノアールに振り向いた。
「えー、ただいまご紹介に預かりました、アルガ先輩の夫でアエロって言います! いつも妻がお世話になってま~すっ!」
「はあ……」
「これから俺もこの村を拠点に動く予定なんで、見かけることもあると思うし以後よろしくね!」
ウインクをしてそう言ったアエロに、マイとノアールは二人して「はい……よろしく……」と微妙な受け答えをしたのだった。
そんなマイとノアールを交互に見てから、アエロはロクに目を向け「えーっと、」と首を傾げた。
「ロクちゃんだけ独り身なんだ? さみしいねえ」
「えっ?」
「ん? お二人恋人なんじゃないの? 違った?」
そうアエロに指差されたのはマイとノアールであり、結果ノアールは「違うよっ!?」と大声を上げる。
「あんた余計な事言うんじゃないわよ。どうするの、パーティ内の雰囲気が悪くなったら」
「へ? でも、」
「悪くはならないけど違うからね!? なんでみんなそういうこと言うかなあ~……」
そう言ってため息を吐いたノアールの後ろで、マイが苦笑している姿を見て、アエロははっとし「そっか」と笑った。
「やあ、ごめんごめんっ! 確かに余計な事言ったね! そういう感じね! オッケーオッケー」
何を理解したのか、独りでにそう言って笑うアエロから何故かウインクをされたマイは、若干のイラつきを覚えたが何も言わないでおいた。
「しっかし、先輩がパーティに男入れるって言った時は抗議したけど、先輩から“絶対大丈夫”って言われ続けたの実際会ってよーく分かったよ~」
「へ? オレ?」
「うん、君! 滅茶苦茶無害そうだもんね~!」
そんなアエロの発言に、ノアールが苦笑を浮かべることしかできないでいると、アルガは後ろからアエロの頭をぺしっと叩いて息を吐く。
「ごめんなさいね、楽しい奴なんだけど……ちょっとデリカシーに欠けるって言うか」
「いや、うん、大丈夫……」
「もう行くわよ。じゃあね、みんな、次は二日後にクエスト会議だけど……マイちゃんの家に集合しましょ。いい? マイちゃん」
「ああ、構わないよ」
「ありがと。行くわよアエロ、みんなに挨拶して」
「は〜い。ではみなさんまたの機会に! これからよろしくね~」
そうして、アルガに引き連れられ去って行くのをマイが眺めていると、ふと見えたアルガの目がアエロに向かって自分の見たことのない色を浮かべたのに、「ちゃんと夫婦なんだな」と勝手ながらマイは思うのだった。
*
「――で、突然来て何よ、あんた」
「え〜? それは愛しい先輩に会いたくて?」
「だけじゃないでしょう。用はあるんじゃないの」
帰宅した部屋の中、アルガは装備類を片付け、アエロはアルガのためにコーヒーを入れつつ「まあ」と答えた。淹れたコーヒーをテーブルに置いて、椅子に腰掛けてアルガのことを待った。そして、アルガが同じく向かい側の席に着いてからアエロは話し始めた。
「実はさあ、なんか面倒くさいこと頼まれちゃって?」
「ええ」
「先輩ってあらゆる方面で顔広いじゃん? ハンターとしてもそれなりに有名だし」
「そうねえ」
「で、バド村のギルドって分かる?」
アエロから聞かれたそれに、淹れてもらったコーヒーを一口嚥下させてから、アルガは「ああ」と低い声を出した。
「西の、胸糞悪いギルドね……。知ってるわ」
「そう。悪いとこには悪い奴が集まりやすいんだろうねえ、普通の感覚のハンターなら煙たがるそこにさ、この間アイテム調達のために仕方なーく寄ったんだけど」
「それで?」
「何か人を探してるらしくて? 俺がアルガ先輩の夫だって分かったら、探し人の写真押し付けられちゃったわけ」
言いながらアエロは懐から件の写真を取り出し、アルガに見えるようにそれをテーブルに置いた。それに目をやり、アルガは一瞬目を見開いたが、それはアエロに気付かれずに済んだ。
「まあ別にこの人見つけても連絡しなくていいと思うけどね~あのギルドと関わり合い持ちたくないし」
「そうねえ。あんたはこれを私に渡したってことをちゃんと言えるようにしておきたい訳ね」
「そ。俺がちゃんと先輩に渡すか一人着いて来てんだもん、バレてないつもりだったのかねえ、アレは」
さらりと言われた尾行されていた事実に、アルガは特に驚くこともなく「そうね」と同意する。勿論、アルガもその存在に気付いていたからだ。それもあり、村について早々、いつもであればみんなで温泉に入りに行ったりするところ、アエロを理由にしてさっさとその場を離れたのである。
「――で、一応聞いとくけど先輩この人知ってる?」
「知らない人ね。見かけたこともないわ」
「先輩がそう言うんならまあそうなんでしょう! 接触されたらそう言っとくよ」
「ええ」
答えてまた一口コーヒーを嚥下し、アルガは写真に目を落としながら口を開いた。
「……ところで、この人なんで探されてるのかしら」
「ん? どういうこと?」
「あのギルドの人形が使い捨てなのは有名な話でしょう――この写真の女性もそうなんじゃないの」
「詳しく聞いちゃいないけど、多分? あんまり突っ込んで会話もしたくなかったし……ただ、あんな逸材を手放すわけにはいかないとか、そんな感じなことは言ってたかな」
「逸材、ねえ」
「ま、普通だったらそりゃあんなとこ逃げ出すわな。て言っても、生きてるかどうかも分かんないみたいだけど」
「どういうこと?」
「任務は終えてたけどその報告をせず突然行方不明になったらしいとか? 俺が聞いたのはそんだけかな」
アエロのそれらを聞いて、アルガは目を伏せ思考を巡らせる。けれど、写真に目を落として結局自分のその考えは「気のせいだろう」というものに落ち着いた。
「先輩? どうかした?」
「……いいえ、何も」
だって、写真に写っているその女性がいくらマイに似ている気がしたとしても、自分の知っているマイはこんなにも死んだ目をしていないから――他人の空似だろうと、アルガはそう思ったのだった。




