32.
自らの足を使って陸路で向かい、大凡一週間――マイとノアールは無事、件の村へと辿り着いた。
お互い若干の方向音痴であった組み合わせだが、道行く人を見つけてはノアールが持ち前の人の好さで訪ねて確認をし、何とか辿り着いた次第である。それはマイにはないスキルであるため、そんなノアールの姿にマイは素直に感心したり。
新天地、「アマリ村」――そこは、エルレ村と比べてかなり温暖な土地であり、過ごしやすい気候の土地である。そもそもエルレ村自体が、標高の高い場所に位置していたため、常に雪が降り積もっているような環境であり、それと比べてしまえば大体の場所が過ごしやすい土地だと言えるが、それを差し引いてもアマリ村は過ごしやすい気候の土地だと言えた。
寒くなく、暑くもなく、温かい気温のそこは以前アルガが言っていた「温泉地」という言葉通り、近づくにつれて硫黄の香りが漂っていた。
「――あ、あそこっ! 見えてきたっ。ほら、マイちゃんっ」
ノアールのそんな声に顔を上げれば、そこには辺境地のエルレ村と比べて、随分大きな集落が見える。その村の中心地には大きな櫓の形で、朱色に色づけられた背の高い建物があり、家々はそれを取り巻くように位置していた。少し離れた位置からもよく見えるその建物に、マイは目を見開く。
「……もしかして、あれがアマリ村のギルドか?」
「うん、そーだよ。じーちゃんに教えてもらったことが正しければ~」
「すごい派手だな……」
「言ったじゃん、めっちゃ派手なギルドあるって。まあ、観光地だしね、アマリ村は」
そんな話をしながら村に近づけば、村からは賑やかしい雑踏の音と、人の声、それらに交じって笛の音なども聞こえてきた。ノアールの言葉通り観光地らしく、芸をする者も居るのだろう、今まで過ごしていたエルレ村と比べて、村から聞こえてくる音はかなり賑やかであり、様相も華やかである。
そして、村の門をくぐった時だった。
「だんにゃさまっ!」
そんな声が聞こえ、マイが声に振り向けばそこには見知った姿の猫の獣人族が佇んでいた。彼はマイと目が合えば、破顔してマイの胸元に飛びついてきたのだった。
「わっ、ら、ラピスっ。激しい歓迎だな……っ」
苦笑しながら飛びついてきたラピスを抱えてから、頭を撫でてやればラピスは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。マイの指示によって先にアマリ村へ向かわせられていたラピスは、知らない土地に一人で居たのが不安だったのだろう、マイにしがみつくのにノアールは「ははっ」と声を上げて笑う。
「寂しかったんでしょ、ラピスちゃん」
「そうにゃ! 知らにゃい土地で一人は心細かったにゃ! だんにゃさまの頼みだから向かったけどにゃ!」
「そ、そうか……私の配慮が足りなかったな。だが、無事着いていて安心したよ」
言いながら、腕の長さだけラピスを自分から離して、目を合わせて笑いかければ、ラピスも同じく「にゃうんっ」と笑みを浮かべた。そうしてラピスを地面に下ろすと、ラピスはマイたちに向かって胸を叩いて見せる。
「ともあれ、ラピスはだんにゃさまの言っていた通り、だんにゃさまがすぐにお部屋に入れるよう手配したにゃ! ひとまず村長に挨拶するにゃあっ」
「ああ」
「ノアールの分もついでに手配しておいたにゃ!」
「わあ〜ついで。でもありがと~」
ははっとノアールが笑えば、ラピスはくるりと踵を返してマイたちに着いてくるよう示した。
迷いなく進んで行くラピスを道しるべに、着いて歩きながら、エルレ村よりも何倍も広い村であったため「先に行かせて正解だったな」とマイは内心思うのだった。
*
「あらぁ、その子がラピスちゃんのご主人様かしらぁ?」
その人は、ラピスの案内によって辿り着いた、村の外からも見えていた朱色の鳥居の元にあるベンチに座っていた。背景に似付かわしい派手な色の着物で身を包み、切れ長の目尻に朱色が差してあり、妖艶な笑みを浮かべているその人は、三十代半ばといった見た目をしているように見えるが、その耳が尖っていることから竜人族の血を引く者だと分かり、見た目では年齢は分かりそうにない。ただ、綺麗な人だなあとマイは思った。
すると、その人はしゃなりとした動きでマイたちに向かって軽くお辞儀をして見せた。
「いらっしゃぁい、ようこそアマリ村へ。急な要請に応えていただき、感謝するわぁ」
「あ、いえっ」
「うふふ、私はこの村の村長をしているハギです。よろしくねぇ、ハンターさん」
「はい、よろしくお願いします。自分は――……」
「お話はナビーちゃんとカリダ、それからラピスちゃんから伺ってるわぁ。マイさん、よね」
言われたそれに、聞きなれない名前を聞き、マイは思わず首を傾げる。
「カリダ……? とは、」
「あらぁ、名前知らないのねぇ。エルレ村の村長ちゃんよぉ。私のお友達の」
今更知ったそれにマイがはっとしていると、ハギはふとマイの後ろのノアールに目を向け、「あらぁ……?」と小さく声を漏らした。
「あなた、アカツキのお孫さん? 大きくなったわねぇ~」
にこにこと笑いながら言われたそれに、ノアールが「へっ? オレ?」と自分で自分を指差せば、ハギは「ええ」と頷く。それにマイが振り返りノアールと目を合わせ、「知り合いか?」と言えばノアールの方は「えぇ?」と首を傾げるのだった。
「オレ的には初対面……? アカツキは、俺のじーちゃんの名前だけど……」
「ええ、ええ、無理もないわぁ。私があなたを見たのはあなたが赤子の頃だったからぁ。竜人族同士は繋がってることが多いのよぉ。アカツキも私のお友達なのぉ」
「なるほど〜。あ、オレはノアールです! よろしくお願いしますっ」
ノアールの元気のいい挨拶に、ハギは緩やかに「よろしくねぇ」と返し、首を傾げながらマイとノアールを眺め「ところで」と言った。
「ラピスちゃんに言われてハンター用の借家、二つ用意したのだけれど、一つの方が良かったのかしらぁ?」
懐から出した鍵を二つ揺らしながら言われたそんなことに、ノアールは小さく「え……」と言った後、顔を真っ赤にさせて「ええっ!?」身を引いたが、対してマイはすぐさま無表情で「いや」とハギに目を向ける。
「わたしとノアールはそんな関係じゃないから大丈夫だ。用意してくれて感謝する」
「あら、つまらない反応ねぇ。お話に聞いた通り~」
「お話?」
「ええ、カリダから。とっても真面目な子だって、ね」
そんな会話をする後ろで、「冗談を間に受けすぎにゃ。バカだにゃ」というラピスの声と「酷いっ!」というノアールの声が聞こえたがマイはひとまずそれらは無視しておいた。
「お部屋に行ってもらう前に、幾つか説明させて頂けるかしらぁ。着いてきて頂戴?」
言いながら、立ち上がったハギがからんころんと下駄の音を奏でながら歩くのに、マイとノアールは着いて歩く。連立する鳥居の中の階段を上りつつ、ハギは口を開いた。
「ここ、アマリ村のギルドはこの階段を上った先にあるのぉ。村の周囲にある物見やぐらからの報告を受け取るために、高い位置にあるのよぉ」
「ああ、なるほど……」
「今回、マイさんたちに要請をした理由はもうナビーちゃんから聞いてるかと思うけれど……」
「はい。村の周囲で原因不明にモンスターが大量発生しているのと、一部凶暴化しているとか」
「そうなのぉ。原因については未だ不明だけれど、王都のギルドから調査員が派遣されるみたいだから、いずれ分かるでしょうねぇ……で、マイさんたちにはしばらくの間大量発生したモンスターたちの討伐をお願いしたいのよぉ。もちろん他にもたくさんのハンターさんたちは居るから、休みたい時には休んでもらって構わないわぁ。ただ、上位級以上のモンスターについて安心して任せられるこの村の常駐ハンターっていうのが、マイさんたちになるかしらぁ」
「……つまり、そういったモンスターの出現があった時は、」
「ええ。優先的に討伐をお願いすることになるわねぇ」
ハギのそれにマイが「分かりました」と頷けば、続いていた階段を昇りきり、華やかな開けた場所へと出る。そこでハギはややあってマイたちに振り返り、にこりと妖艶な笑みを浮かべた。
「――それじゃあ、これからよろしくねぇ、マイさん、ノアールさん。ようこそ、アマリ村へ――こちらが我が村のギルドになります。さぁさ、どうぞ~」
身体を開いて誘われたそこは、こぢんまりとしたエルレ村のギルドと比べてとても広く、多くのハンターたちで賑わい、また、温泉への入り口も見えた。せわしなく働く何匹かの猫の獣人族と、ギルドの人間だろう同じ制服で身を包んでいる人物たちに、様々な様相のハンターたち。
エルレ村と全く違う雰囲気のギルドにマイは思わず口をあけっぱなしで、周りをきょろきょろと見回した。
「そうそう、あそこの入り口から入れる温泉わねぇ、露天風呂になるんだけど……インナー着用でハンターさんは無料で利用できる混浴風呂になってるから、ぜひ利用してくださいな」
「あ、そうなんですね」
「源泉かけ流しの温泉よぉ。じゃあまた、今はすぐにお願いするようなクエストはないから……用があればこちらから話に行くわぁ。分からないことがあれば、何でも聞いてちょうだぁい?」
「はいっ」
「じゃあまたねぇ、マイさん、ノアールさん」
そうしてひらりと手を振り、ハギは来た道に戻って行った。
残され、アマリ村のギルド内に目をきらきらとさせて「すげ~っ!」と言っているノアールを横目に、マイはふと息を吐く。
「急ぎのクエストはないみたいだから……とりあえず部屋に行かないか?」
「あっ、そうだね! オレ荷物置きたいし!」
「ラピスは場所分かるんだよな?」
「にゃっ! 勿論だにゃ! 二人とも着いてくるにゃあ!」
そうして、ラピスが向かったのは円形のギルド内からつながる西の出入り口――先ほど昇って来たのは南の出入り口である――、そこから外へと出れば、ハンター用の借家だと見て取れる建物がまとまって点在しているのが下に見て取れた。
「だんにゃさまたちの部屋はここから二番目に近い纏まりの中にあるにゃあ。さあ、行くにゃ!」
*
ラピスの案内で辿り着いたそこは、ギルドから徒歩十五分といった距離だった。同じ作りの建物が立ち並ぶそこは、立て看板で「C棟」と書かれてあり、点在していたまとまりごとにそうやって分かれているんだろうなあとマイは思う。
「はいにゃ、これがだんにゃさまの部屋の鍵で、こっちがノアールの部屋の鍵にゃ」
受け取ったその時ラピスに預けていたそれを、それぞれ渡され、マイが改めて鍵に目を落としてみれば、鍵の頭部分には「C-11」と書かれていた。
「これ部屋番号か」
「そうにゃ。だからだんにゃさまのお部屋はここにゃあ」
示された部屋のドアには鍵と同じ番号札が貼ってあり、それを見てノアールは「マイちゃんの部屋そこかあ」と言う。
「ノアールはどこなんだ?」
「オレ15って書いてあるから……ここだね、この並びの一番端っこ」
「そうか。12、13、14は人が入っているのか?」
「そうみたいだにゃ。ただ、12、13の人はついこの間鍵を返してたにゃ。あと、14の人は借りっぱにゃしで別の村に行ってるらしいにゃ」
「まあ、ハンターって入れ替わり激しいしねえ。ていうか、マイちゃん部屋近くなったね!」
「エルレ村の時も遠くはなかったがそうだな……この後どうする? お前は今日休むか?」
「エルレ村からずっと歩き通してたしね~……一回温泉入ってゆっくりしたいよねえ~」
「……じゃあいったん解散するか。わたしは少し村の探索をしようと思う」
そんなマイの発言に、ノアールは何故か「え?」と疑問の声を上げたのだった。
「一人で……?」
「? ああ、そりゃそうだろう」
「じゃ、じゃあオレも行くよ! 一人じゃ危ないしっ!!」
「村の中で危ないことなんてなくないか……?」
「いや、危ないよ! だって知らない土地だよ!?」
「知らない土地だな?」
「エルレみたいにみんなが顔見知りっていうわけじゃないんだし!!」
「観光地でこれだけ広い村だからそうだろうな?」
ノアールの言うことすべてに対して「だからなんだ?」という表情を浮かべるマイに、ノアールは「う~~~~っ」と悩ましい唸り声を上げた。
「――とにかく! オレ一緒に動くから!! 部屋に荷物置いてくるから待ってて!!」
「はあ……じゃあわたしは置くような荷物ほぼないから、内装みたらそっちの部屋に行くよ」
「なら荷ほどきのお手伝いにラピスちゃん貸して!!」
「だそうだ。いいか? ラピス」
「にゃっ」
頷いたラピスをノアールは小脇に抱えて、自分に割り当てられた部屋の中へと入り込む。鍵を開けて入った部屋の中で床に下ろされたラピスは、荷ほどきのために連れて来られたわけではないと分かっていたため、ただじっとノアールを見上げた。
実際、今すぐ荷ほどきするつもりはノアールになく、申し訳なさを含むラピスの目を見て、自分が思っていることは絶対にそうなのだろうとすぐに分かったけれど、ノアールは聞かずにはいられなかった。
「……ねえラピスちゃん」
「にゃ」
「マイちゃんってさ……自分が美人なの、気付いてない系……?」
そんなノアールの問いかけに、ラピスは「にゃあ」と頷いたのだった。
マイは、それこそ初めて出会ったその時にノアールが言った「美人さんが居る!」という発言通り、美人なのである。目鼻立ちははっきりしていて、まつ毛は長く、短めの髪も艶やかだし、肌は白く、その手足はモデルのようにすらっと長い。言動はやや男っぽいところもあるけれど、それこそ黙って歩いていれば振り返られるような容姿をしていた。実際、ここまで来る間に、何人かに見られているのをノアールは気づいている。
「にゃいにゃ。察しの通り“一人じゃ危にゃい”の意味は絶対に理解してにゃいにゃ」
「だ~よねぇ……エルレの人はそりゃみんな顔見知りだったからナンパとかなかったけど、ここはそうじゃないの分かってないよねえ……」
「にゃあ……ここまで来るのにだんにゃさま滅茶苦茶見られてたしにゃあ」
「話しかけられなかったの、絶対オレと一緒に歩いてたからだよね……? マイちゃんが誰にでもホイホイついてくような子じゃないって分かってるけど、さすがに心配だよ……」
「……ノアールはどうしてそこまでだんにゃさまのこと心配するにゃ?」
「え? 仲間だもん。心配するの当たり前じゃない?」
探りを入れるようなラピスの質問だったが、その探りにすら気付かず、他意なく真っ直ぐにそう答えたノアールを見て、ラピスは「どっちもどっちだにゃあ……」と小さくぼやいたのだった。




