29.
本を片付けたことによって発掘されたテーブルに、マイが風呂から上がれば食事が用意されていて、自分の姿を見つけたノアールから「ご飯できてるよ! 座って〜」と言われたことに、マイは死んだ目で「ああ……」と頷き椅子に座った。ノアールから渡された着替えは、当然マイの身体のサイズには合っていなく、首元が大分空いてしまっていたけれど、そんな姿でもどうせ意識されやしないだろうと、マイは気にしないことにした。
このパーティの料理担当は、アルガとノアールである。狩りでの食事は基本、この二人が担当して作ってくれていた。ちなみに、一度マイがロクにせびられ料理をしたことがあるが、そのロク本人から「マイちゃんの料理って、見た目美味しそうなのに美味しくないから、まずいね!」とはっきり言われていたため、マイは料理担当から外れたのである。そう言ったロクはまるで作れないのだけれど。
マイが席に座れば、すでにテーブルの上に並べられていたミートパスタの横に、野菜のたくさん入ったスープが置かれ、ノアールも向かい側の席に着いた。そうしてノアールが「いただきますっ」と言ったのに合わせ、マイも「いただきます」と言って、今更この状況に申し訳なくなった。
「何か……悪いな……邪魔している身だというのに、風呂から食事まで……」
「いや、むしろマイちゃんオレの引っ越し手伝わされてるんだから~」
「皿洗いくらいはわたしがやろう……」
「お客様だから何もしなくてもいいって! こっちこそホントありがとね、引っ越し手伝ってくれて~」
「ううん、まあ、手伝わないとお前一体いつ来れるんだって感じだしな……」
「……えへっ」
「可愛くないぞ」
自分の指摘につまらなさそうに口を尖らせたノアールを見て、マイは「ふふっ」と笑った。すると、それを見てだろう正面のノアールが何故かふと優しい色をその目に浮かべて、穏やかな笑みを浮かべたのにどきりとし、一瞬目を見開いていればノアールは笑ったまま食事に目を落として、パスタを口に放り込みながら「オレねえ、」と呟く。
「この四人でパーティ組めてよかったなあって、本当に思うよ」
「……急にどうした?」
「ん? いや、別にいつも思ってることだよ。アルガちゃんは引っ張ってってくれるし、ロクちゃんは面白いし、マイちゃんは……優しいし」
「………………」
「オレはまだ暫くこのパーティで居たいなって思うから……マイちゃん、一人でどこかに行こうとしないでね?」
「……何でわたしにだけ言うんだ」
「え〜? マイちゃんが一番一人でふらっとどこか行っちゃいそうだから?」
「……アルガの方が、ふらっとどこかへ行きがちだろう」
「まあそうだけど、アルガちゃんはさ~別に放っといてもちゃんと帰ってくるだろうなあっていう安心感あるっていうか……」
「まあ……アルガは過酷な状況でも一人で生き延びそうだな」
「そうそう! オレらの中で生存能力多分一番高いと思うっ」
「確かに」
また笑って、その裏でマイは思う。本当に、どこかで見透かされているんだろうなあ、と。
話を逸らしてしまい、気付かれてはいないだろうけれど、わたしはノアールの言ったそれらに何も肯定できない。する気もない。頷くことはできないのだ。
きっとわたしは優しくないし、自分の失くしてしまった記憶がよくないものだったとしたら、誰にも何も言わず姿を消すだろうとは推測できるから。
そんな薄情な人間、優しいわけがないだろう。
「……ごちそうさま。皿はわたしが洗おう」
「えっ、ホントにいいよ! そんなことやんなくて」
「お前は風呂がまだだろう? 入ってくるといい。その間にわたしが洗っておくから」
言って、テーブルの上にある空になった食器をマイは拾い上げ、流しに持って行く。その間ノアールが「いや本当にいいってば!」とか言っていたが無視をして、マイが蛇口に手を掛けた瞬間だった。
「――ていうか、オレんちの水道壊れててちょっとコツが要る……っ!」
「えっ?」
ノアールの言葉の途中で、すでにマイは蛇口を捻っていて、そうしたことにより暴発したように水が勢いよく噴き出し、それはマイに襲い掛かって来た。結果、マイは頭から水を被る羽目になり、尚も自分に向かって水が噴き出していることに、ノアールが慌てて「ああああ〜! 今止めるからっ」と蛇口を捻れば水は止まった。ポタポタと髪から水が滴り落ちるのに、マイはただ呆然とする。
「も~だから言ったのに~……」
「……ノアール」
「はいっ!」
「そういうことは先に言ってくれないか……?」
自分自身、かなり低い声が出てしまったと思う。その証拠にノアールは萎縮して、涙目で「ごめんなさい」と繰り返していた。
ただ、段々と状況に笑えて来てしまい、マイはくすくすと笑ってから濡れた髪を掻き上げて、ノアールに目を向ける。その瞬間、ノアールが何故か動きを止めた気がしたが、気のせいだということにした。
「――全く、どうなっているんだこの水道は……お前は普通に使えるんだろ? どうしたらいいんだ」
「えっ、え、あ、えと、す、少しずつ開ければいいだけで……いきなり開けると、今みたいに、暴発する……」
「ふうん、そうか。分かったから、お前はさっさと風呂に――……」
言葉の途中で何故かノアールは姿を消し、風呂場に向かったかと思うとすぐさま戻ってきて、マイの頭から大き目のタオルを被せてきたのだった。それに「ん?」と疑問の声を上げていれば、またノアールは部屋の中を走り、タンスから服を一枚取り出すと、マイから大きく顔を逸らした状態でそれをマイに差し出してくる。
正直、何なんだとマイは思った。
「ノアール? どうした……」
「マイちゃん、あの、これ、着替えっ。オ、オレは風呂行くから、着替えて、で、好きに寝てて! ホントに、洗い物はいいからっ」
「……はあ」
「あ、あと、オレ、奥の部屋で寝るから、マイちゃんはそのベッド使っていいし、じゃ、じゃあっ!」
服を受け取れば、不自然すぎるほどにバタバタと去って行ったノアールの顔が、何故か耳まで真っ赤に染まっていて、マイはただ首を傾げる。
(何か、え……? あれ、照れてるというか、そういう反応だよな……一体何で……)
思いながら、マイは頭から被せられたタオルで髪を拭い、濡れた自分の身体に目を落としてあることに気付き、「あ、」と小さく声を上げた。ちなみに、ノアールから最初に渡された着替えのTシャツは白のTシャツである。そして、思い切り頭から水を被ったのだから――……
(……透けてるな)
普段の生活でも、マイはハンター用のインナーという色気などまるでなく、何ならハンターであればそのインナーのみでギルド内を歩き回ったりすることもあり、部類としては水着に近いようなそれを着用しているのだが、今日はたまたまそれらを全て洗濯に出していたため、着用していたのは普通の下着だった。しかも、アルガに言われて「一つくらいちゃんとしたの持っておいた方がいいわよ」と唆されて買った、まあまあレースも使われた女性らしい下着。
もちろん、それを着けてノアールの家に来たことにまるで他意はなく、服を手の指で数えるくらいしか持っていないマイは、本当にそれしか今日身に着けるものが無かっただけであったし、それをノアールに見せるような事態になるわけがないだろうと、というかそんな考え毛ほども持っていなかったわけであるが――……
(……あいつ、もしかしてこれを見てあんな変な態度になったのか?)
まさかと思いながらも、十中八九そうなのだろうと思う。その証拠にとでも言えばいいのか、ノアールに新たに渡された着替えは黒のTシャツだ。
マイとしては、ノアールから自分は女という括りで見られてはいなく、「仲間」というそういった括りでしか見られていないのだろうと分かっていた。だから男女間のそういった意識などまるでされていないと、そう感じていたのだけれど。
(何か今……初めてあいつに女だと意識された気がするなあ……)
そんなことに「はは……」と乾いた笑みを浮かべて、マイは少しだけアルガに感謝のようなものをするのだった。




