16.
夢を、見るようになった。
それは、何かと戦っている夢であり、俯瞰して見える自分の動きから、きっとモンスターを狩っている夢だ。
そして、そんなそれらは自分の記憶にはないものだから、きっと、これは記憶を失う前の自分の記憶を夢見ているのだろう。
ただ、夢の中のわたしの動きは、わたしが理想としている動きであり、負け知らずで、強かった。
だから、わたしは。
*
「はぁい、お姉さんっ! こんにちは~っ!」
ギルドにて、軽薄に掛けられた声にマイは振り返った。
そこには、にこにことした人懐っこい笑顔を浮かべた、金髪を高い位置で一つに束ねている碧眼で二十代後半くらいの男が立っていた。マイの見たことがない素材でできた装備で身を包んでいるその男は、ギルドに居て武器防具を身に纏っていることも加味すれば、ハンターであることは間違いないだろう。
図体のでかいノアールくらいに背が高く、ガタイのいいその男はかなり目立つ、金色のランスを背負っていたが、マイにとってまるで見たことのない人物であり、マイは一応「こんにちは……」と返しつつ首を傾げた。
「お姉さん、お一人?」
「はあ……まあ、一人だが」
ナンパのように声を掛けられたことに、若干訝しみながら返事をすれば男は少しだけマイに歩み寄り、にこりと笑いかけてくる。
「あ、一応言っとくけどナンパじゃないからね! お姉さんめっちゃ美人だけどっ」
「……はあ」
「お姉さん今クエスト受けてたよねえ、何受けてたの? 一人なら俺も同行したいなあと思って!」
唐突に言われた男からのそんな申し出に、マイは「え」と戸惑った。
「俺、人のクエスト手伝うのが趣味なんだよね〜。お姉さん完全に一人っぽかったから声掛けさせてもらったけど……一人なら小型モンスターの討伐とかかな? ああいうの一人だと大変でしょ?」
「いや、その、わたしは……」
訥々と話してくる男にマイがあたふたとしていれば、男の視線はマイが手にしていた紙に落ちて、何かを拾い上げたのだろう男の動きはぴたりと止まる。
「……危険種、大型甲殻種モンスターの討伐?」
「え、あっ」
男の口からぼそりと呟かれたそれに、マイは手にしていたクエスト資料を盗み見られていたことに気付き、今更それを隠すようにした。そうして沈黙が流れ、それを破ったのは男の方だった。
「――なあんだ、そっか! お姉さん仲間居るんだ!」
「えっ? それは、居るが……」
「このクエストもパーティで行くんだね? それなのに俺って、声掛けちゃってごめん……」
「――いや、これは一人で行くつもりだが……」
嘘を吐くことを知らないのか、正直にそう答えてしまえば男の表情は固まったが、マイにとって知らない人物であるそいつのことを気に掛ける理由もないため、マイは「じゃあ、これで……」と軽く会釈をして踵を返す。
直後、男から「ちょっと待ってっ!!」と腕を掴まれ、マイはまた仕方なく振り返った。
「……何だ?」
「お姉さん、本気でそのクエスト一人で行く気なの?」
「? ああ」
「このクエストに?」
「そうだ」
「お姉さん、見たところ強そうは強そうだけど……ハンター始めて数年って感じではないよね。ハンター歴はどれくらい?」
「そうだな……半年くらいだと思うが」
「それでこのランク帯に居るのはすごいねえ」
「仲間が優秀でな……ここまで私を引き上げるのを手伝ってくれたんだ」
何を聞きたいのか、された質問にマイが素直に答えていれば男はなぜか眉をぐっと寄せ、考え込むように口に手を当てて見せる。そのままじっと観察するように見つめられたが、その視線の意味は分からずマイはまた首を傾げた。
「……なんだかよく分からないが、じゃあわたしはこれで」
と言って、マイはこの場から離れようと踵を返したが、それはまた腕を掴まれ止められたのだった。
「――待って待ってお姉さんっ!! それ、俺も連れてってくれないかな!?」
焦った様子で言われた言葉に、マイは意味が分からないというように首を傾げて見せた。
「……何故だ?」
「何故って、一人じゃ危ないし、大変だよ!? 俺結構役立つからさっ!!」
言われたことに一瞬目を見開いてから、マイは目の前の男を見据える。どこの誰だか分からないが、自分に対して本気で心配そうな表情を浮かべる男に、マイは「奇特な奴も居たもんだ」と静かに思った。
「……お前は、わたしのことが心配だから着いて来ようとしているのか?」
「そうだよ! だって、」
「なら、わたしはお前の申し出を断るよ」
そう言って、掴まれたままになっていた腕を緩やかに外してから、マイは男に向き直る。
「見ず知らずの人間に心配される謂れはない。別にわたしは一人でいい。手伝いをしたいのなら、他を当たってくれ」
そうして、マイがまた踵を返して、今度はマイが一歩前に足を踏み出した時だった。男から、「あ~~~~っ! そうだ、そうだった!」という何かを思い出したかのようなわざとらしい声が上がったことに驚き、思わず振り返れば男はマイと目を合わせてにこりと笑う。
「忘れてたけど俺、丁度お姉さんが行こうとしてるクエストのモンスター素材が欲しいんだった!」
「え……」
「だから、俺も一緒に連れて行ってもらえると非常に助かるわけだけど……ダメかなあ?」
言いながら両手を合わせて自分に頼み込んできた男に、少しだけ身を引きつつマイは仕方なく息を吐いた。マイが行こうとしている「危険種」とは、常に絶対居ると言えないモンスターであり、観測された場合にのみ発生するクエストなのだ。そのため、「このモンスターの素材が欲しい」と言われてしまっては、それを独り占めするわけにも行かずマイは断ることができなくなった。
「そういうことなら……まあ、別に……」
そんなマイの返答に、男は「やった!」と肩を抱くようにしてマイの肩をバシバシと叩き、顔を覗き込んできた。話し方からして、そういったスキンシップが多い人間なのだろうとマイは思うが、そういった人間が現状あまり近くに居なかったため、初めて関わる人種に若干戸惑った。
そんなマイの戸惑いなど知らない男は、マイに対してまたにこりと笑いかけてくる。
「自己紹介まだだったねえ、俺の名前はヴェリスだよん。お姉さんは?」
「わたしは……マイ、だ」
「そ。じゃ〜少しの間よろしくね〜! んで、いつから行くの? このクエスト」
「え……今すぐ、出るつもりだったが……」
「今すぐ!? ちょ〜っとさすがに準備時間貰ってもいいかなあ!? 一時間……いや、三十分くらいでいいからっ」
「はあ……今日中に出れるなら、別に構わないよ。わたしはギルドのそこのテーブルで待っているから」
「ありがと! すぐ準備してくるから待ってて! 絶対一人で行かないでよ!!」
「ああ」
マイの返事を聞くと、ヴェリスと名乗った男はバタバタと走ってギルドの建物から出て行った。そんな後姿が見えなくなると、マイは自分が指差したテーブルに腰掛け、水と軽食を近くに居たギルドの人に頼み、手に持っていたクエスト資料に目を落とす。
――これが、マイとヴェリスの出会いだった。




