13.
ザザザザザ、と滑り落ちる音と共に身体が落下している感覚に、マイは静かに「どうしよう」と思った。
(不味い、流砂に飲み込まれて……っ! ど、どうしたら、)
「わあああああっ!! ロクちゃんのバカー!!」
近い場所でノアールの声が聞こえ、マイははっとしたがこんな状況で当然何をどうしたらいいのか分からない。すると、誰かにグイッと腕を掴んで引き寄せられ、次いでぎゅっと身体を抱えられるようにされるのを感じた。
「マイちゃん大丈夫!? 口とか目開けない方がいいよ!! 砂入るから!!」
至近距離でそう聞こえたのはノアールの声であり、自分のことを抱えてきたのはノアールだった。
「ノイレー!! 右っ、右っ!!」
「右じゃないよ!! 誰のせいっ……ああっ、もうっ!!」
ロクの呼びかけてくる声が聞こえ、ノアールの憤慨した声が聞こえた直後、ドスンっ!と着地したのだろう衝撃がして、すぐにごろごろと回転する感覚を感じる。それが止まると両肩を掴まれて、身体を起こされたためマイは恐る恐る目を開けた。
「マイちゃん大丈夫!? 怪我してない!?」
「し、してない……お前が抱えてくれたから……」
答えた直後――自分たちもそこから出て来たのだろう流砂の穴から勢いよくロクが飛び出してきたかと思えば、その勢いのままノアールの上にロクは着地した。結果、ノアールは「ぎゃんっ!」と鳴き声を上げてマイの目の前で潰れたのだった。
ノアールの上に着地したロクは、すぐにガバッと身体を起こしてマイと目を合わせるとにかっ!と笑う。
「あー面白かった! 久しぶりに砂の滑り台やったけど、やっぱり面白いね!」
「え、ええ……?」
「ロクちゃん重いっ!!」
「あ、ごめんごめん、ノアールっ」
ロクに潰されていたノアールが下で声を上げれば、ロクはすぐにノアールの上から飛び退いた。そうして「も〜……」と言いつつ身体を起こしたノアールは、ギッとロクのことを睨みつける。
「ロクちゃん毎回毎回オレのこと流砂に突き落とすのやめてよね!! アルガちゃんに怒られるじゃん!!」
「毎回やられるの分かってて避けられないノアールもノアールじゃ〜ん。まさかマイちゃん飛び込んでくるとは思わなかったけどね〜お陰であたしも一緒に落ちちゃった!」
「そもそも突き落とすのしなきゃいいんだよ!?」
「あはははっ」
――危ないと思ったから飛び込んだというのに、地上とまるで変わらない緊張感のない二人にマイがぽかんとしていた時だった。
『……ル、……ノアール、聞こえる? 聞こえたら応答して』
ザザ、という短い砂嵐の音と共に聞こえたのはアルガの声。反応してノアールは足のホルダーから無線機を取り出して、それに向かって嘆いた。
「アルガちゃーんっ! またやられた〜っ」
『でしょうねえ。ロクちゃんとマイちゃんも居ないけど、全員落ちたのね? みんな一緒?』
「うん、そ〜」
『場所は?』
「え〜……どこだろ、ここ……」
「多分第九区域! 安全なとこっ!」
「…………らしいよ。ロクちゃんの誘導で来たから、オレは分かんないや」
『……ああ、ここ。はあ、安全なところに落ちる技術はあっても、帰って来れる道はまだ知らないのよね……』
「知らなーい!」
『じゃあ迎えに行くから、絶っっっ対にそこから動くんじゃないわよ。わたしが着いて居なかったら、全員置いて帰るから』
「え……どういうことだ……?」
ぽかんと口を開けたまま、思ったことをそのまま声にしてしまえば、その場に居たロクとノアールから「え?」と目を向けられる。次いで、無線機からもアルガの声で『え?』と聞こえた。
「どういうことって、何が?」
「えと、洞窟って危険なんじゃない、のか? そんな、いつものことみたいに……」
「あ〜マイちゃんそれで止めに来たんだ〜! まあフィールドに出てる時点で危険なとこばっかだけど、キャンプ地みたいにモンスター入ってこない安全地帯あるじゃん? 洞窟の中にもそういうとこあって、今いるのは安全地帯だから大丈夫だよ!」
「え? でも、アルガが落ちないようにって……」
「あ~アルガちゃんはね……面倒くさいからそう言ったんだと思うよ」
へらりとした力のない笑みでそう言ったノアールに、更にマイが首を傾げていればノアールは続ける。
「俺とロクちゃん、基本的に方向音痴だから……落ちちゃうとまだ地上に戻れなくて~……アルガちゃんに迎えに来てもらう羽目になるっていうか~……」
「…………え?」
『そういうこと。全く毎度毎度勘弁してほしいわよ。そろそろ学習して頂戴、ノアール』
「えっ、オレ!? ロクちゃんが俺のこと突き落とすの止めたらいいだけじゃない!?」
『ロクちゃんにも毎回言ってるけど、変わらないってことはもうノアールが気を付けたらいいんじゃないかしらね』
「酷い……アルガちゃんオレにだけ厳しい……っ」
「情けないぞ〜! ノアール!」
「ロクちゃんが言う!?」
そうしてまた、じゃれ合いを始めた二人を眺めてマイの空いた口は塞がらなかった。
「え~……っと、つまり、わたし、飛び込んで止める必要なかった、のか……?」
『まあ、そうね』
恐る恐る聞いたことに、はっきりそう返ってきてしまったことに、マイは「何だそれ」と思う。
「――――……ふっ、あ、はははっ、」
結果、マイから零れ落ちたのは笑いだった。腹を抱えて笑い出したマイを、驚いたように目を見開いてロクとノアールが見つめていると、マイはそのままくすくすと笑いながら二人に目を向ける。
「何だ……よかった、わたし、すっごいバカみたいじゃないか……?」
マイがそんな発言をした直後。
「――――笑ったーっ!!」
「えっ」
二人からそう指摘され、思わずマイがびくりと肩を震わせると、ロクとノアールはマイの顔を覗き込むように距離を詰めた。
「マイちゃん笑ったの初めてじゃない!?」
「うん!! 絶対そうだよ!! アルガちゃん! マイちゃんが笑ったー!!」
「え、え? わたし、笑ったことなかった、か……?」
出会って数ヶ月、全く笑ったことがなかったとは思えず、マイが自分の頬に手を当てて聞けば二人は「ううん!」と首を横に振る。
「笑ってはいたけど、いっつも愛想笑いっていうか~?」
「でも、今のはそういうのじゃなかったから! ふ~んそっか~マイちゃん、そういう顔で笑うんだねえ」
顔を覗き込まれながらロクから言われたそんなことに、何となく恥ずかしく感じ、マイが顔に熱が集まるのと同時にまたロクから「あっ!」と声が上がった。
「今度は赤くなった! 照れてるの~?」
「~~~~ロクっ! からかうなっ」
「あははっ、マイちゃん可愛い~!」
そうして最終的に自分にぎゅっと抱き着いてきたロクに、マイはやれやれと息を吐く。そんな自分たちの様子を少し離れた位置で、ただ穏やかに微笑みながら眺めているノアールにも、マイはなんだか恥ずかしさを覚えた。
*
ロク曰く、洞窟内でもモンスターの入ってこない安全地帯であるこの区域は、ハンターたちの休憩所としてよく使われるのだろう、先人がそこで焚き火をした跡が残っていた。それを見つけたノアールは、近くに少しだけ置かれていた枝も発見し、折ってみれば薪として使えるものであったため、火を点けることにした。
アルガの迎えを待つ間、三人で焚き火を囲んで座り、それはマイが武器の手入れをしだした時だった。
「……あのさ~マイちゃん、オレずっとマイちゃんに聞きたいことあって、いい機会だし、聞いてもいいかなあ?」
恐る恐るとも取れるような態度で、自分から目を逸らしつつそう言ってきたノアールに目を向け、マイは首を傾げた。何をそんなに聞きづらそうにしているのだろうと思いつつ、「何だ?」と言えばノアールはマイに目を向けてくる。視線がぶつかれば、今度はマイの方が逸らしたくなってしまうくらいにノアールからじっと見つめられ、若干マイが身を引けばノアールはそのまま声を出した。
「マイちゃんってさ……何か、焦ってる……?」
言われたそれに、マイが目を見開いていればすぐ横に居たロクから、「ああ、うん」という声が聞こえる。
「あたしもそれ思ってた〜マイちゃん、何か思ってることあるなら言っていいんだよ? あたしたち仲間なんだしっ」
「思ってる、こと……?」
ロクの言葉を繰り返し、マイは武器を手入れしていた手をぴたりと止めて、今日のことを思い返した。
モンスターの咆哮に怯んでしまい、危なかったところをノアールに庇われて難を逃れ、自分は何もできずにモンスターが捕獲され、討伐が完了した。今日だけじゃなく、これまでずっと、そんなものだった。自分が確かに活躍できていたことなど、あっただろうか。
「……それは、むしろお前たちの方にあるんじゃないか?」
「えっ?」
「わたし、ずっと足を引っ張っているだろう。役立たずで、わたしは邪魔にしかなっていなくて――……」
「――――ちょっと待ってマイちゃん、ストップっ」
顔を沈めながら言っていたそれにノアールからストップが掛けられ、はっとしたマイが顔を上げれば焚き火を挟んだ正面に座っていたノアールから、怪訝な目を向けられていた。ノアールからだけでなく、横に座っていたロクからも同じく怪訝な目を向けられていたため、マイは「え……?」と首を傾げる。心底、何か変なことでも言ってしまっただろうかと思った。
するとノアールは怪訝な目のまま今度は頭を悩ませる仕草をし、「え~~~~……?」と唸り声をあげる。
「ごめん、考えても分かんないんだけど……マイちゃんがオレらの足引っ張ったこととかあった?」
「さあ〜……あたしも思いつかないや〜。邪魔だなんて思ったことないし~」
「むしろマイちゃんが仲間になってくれてよかった~ってしか思ったことないんだけど」
「うんうん。あたしからするとノアールの百倍役立ってるよ? マイちゃん」
「っ! オレから言わせてもらえればロクちゃんの千倍マイちゃんは役立ってるよ!!」
「ひどーいっ! マイちゃん、ノアールがいじめる~っ!」
「そっちが先に言ったんじゃん!?」
言いながらぎゅっと腕に抱き着いて来たロクが、ノアールに対してべっと舌を出すのを見てから、マイはまた「え?」と声を上げた。
「い、いや、でも今日だって咆哮で怯んでしまって、ノアールに庇われて……」
「へ? ああ〜アレ? そりゃ仲間が危なかったら庇うでしょ~」
「それも、わたしが咆哮を避けれていればそんな余計な手間をお前に――……」
「マイちゃん、多分基準がおかしなことになってる。咆哮なんて普通避けれるもんじゃないからね? アルガちゃんがこともなげにそれやるから、当たり前みたいに思ってるのかもしんないけど、アルガちゃんがおかしいの。咆哮避けれないのなんて普通のことだから」
「そそそ。その証拠にあたしなんかは咆哮届かない範囲に逃げちゃうしね~」
「オレも避けるの諦めて、咆哮に怯まないスキル付いてる防具着てるわけだし」
「でも、わたしが庇われたのは事実で――……」
「うん、だから、仲間なんだし助け合うのは当たり前でしょ?」
「そうそう。マイちゃんだって、あたしのHP減ってたら全体回復薬使ってくれるじゃん!」
「それは、だって……」
――戦力になれてないのだから、それくらいはしないとって思っただけで……
それを口にはせず、思って俯けばノアールとロクは互いに目を合わせ、やれやれと息を吐く。
「マイちゃんさ……前から思ってたけど、多分考え過ぎなんだと思うよ?」
「うんうん、責任感あるのはいいことだけど、それが強すぎても自分が大変になっちゃうから、いいんだよ?」
「…………いいって、何がだ」
ロクの言葉に聞き返せば、ノアールとロクは目を見開いたあと、まるで「そんなことも分からないの?」とでもいうように、ふと笑った。
「そりゃ、もっとオレらのこと頼っていいってこと!」
「それは、もっとあたしたちのこと頼っていいんだよってこと!」
同じタイミングで、優しく笑いかけられながら言われたそれに、マイは息を呑む。そして、ぐっと唇を噛んで何も言葉を返さないようにした。
――ノアールも、ロクも、アルガも、皆優しい
――こっちが泣きたくなってしまうくらいに、優しい
――そんな彼らとパーティを組めて、自分は本当に恵まれているんだろう
――そんなお前たちだから、わたしは……
「大体邪魔だって言うんなら、やっぱりあたしからするとノアールの方が邪魔だよ〜。モンスターの頭殴ってると、いっつも間に入ってきて! ノアールのせいであたしの溜め攻撃とかキャンセルされる時もあるし!!」
「俺だって近接武器なんだから仕方ないじゃん! そういうロクちゃんも人のこと吹っ飛ばすの止めてよね!!」
「ノアールは頭来なきゃいいじゃん。そこに居るのが悪い」
「尻尾切り終わったらお尻側に居る必要ないよね!? 基本頭の方がダメージの入りいいんだから!!」
「知らなーい。文句あるならノアールはあたしの攻撃も避けたらいいじゃ〜ん。マイちゃんはあたしのこともノアールのことも避けながら弓射ってくれてるもんね?」
「え? あ、ああ……それは、まあ……アルガがそうしているし……」
「えっ!? そうだったの!?」
「あ〜あ仲間甲斐ないんだ〜! ノアールこんなんだから、マイちゃんそんなに気にしなくってもいいんだよ!」
「~~ロクちゃんっ!!」
そうしてロクから「あはははっ」という楽し気な笑い声が上がった時だった。
「――――随分楽し気ねえ。私が迎えに来る必要なかったかしら?」
そんな声に三人とも振り返れば、そこには当然アルガの姿があった。やれやれと息を吐くアルガに、「アルガちゃんっ!」と声を上げたロクとノアールに被ってマイが「アルガ」と同じく名前を呼べば、アルガはすいっとマイの方に目を向ける。
「全く……この二人がバカしてるのなんて放っておけばいいのよ。そうしたら私はマイちゃん連れて帰れたんだから」
「えっ!? 落ちたのオレ一人だったらオレもしかして置いてかれてたの!?」
「もしかしなくてもそうよ。あんたはいい加減道覚えなさい。上位級のライセンス取ってからどれだけ経ってると思ってるのよ」
「うっ! いや、ほら、オレが覚えてなくてもアルガちゃんが覚えてるからいいかな~って……」
気まずそうに口を尖らせつつそう言ったノアールに対し、アルガはにこりと深い笑みをノアールに対して向けた。
「――決めた。次からは私、迎えに来ないから」
「ええ~~っ!?」
「……まあ、でもどうせマイちゃんは迎えに行こうって言うんでしょうけれど」
「え……」
ね、とアルガからウインクをされたかと思えば、アルガはすぐにノアールに冷たい目を向ける。
「私、今はマイちゃんの面倒見で精一杯だから、これからは自分でどうにかするのよ」
「ええ〜っ!?」
そうして言われたことに、小さく「そんなあ……っ」と涙目を浮かべるノアールを、ロクがけたけたと笑っていればアルガは今度はくるりとロクに目を向けた。
「ロクちゃん、あなたもイタズラするの程々にしなさいっ」
言葉と共に、アルガからこつんと軽く頭に拳骨を喰らったロクは、「はあい」と口を尖らせる。そこまで終わるとアルガの視線はまたマイに流れ、視線が合えばアルガやれやれと息を吐いた。
「ごめんなさいね、マイちゃん。この子達の相手大変だったでしょう」
「え、あ、いや……」
「とりあえず、今からでもまだ夜までに帰れるから、さっさと帰りましょうか」
アルガの言葉にノアールとロクから「分かったー」「はあーい」と聞こえ、砂を被せて焚き火を消すと各々立ち上がる。
「――じゃ、ノアールあんた先頭歩きなさい。人に着いて歩くから覚えられないのよ。ほら、地図あげるから」
「えっ!? 地図あっても分かんないんだけど……」
「間違ってたら言ってあげるから。さあ、行きなさい」
「厳しい……っ」
泣きそうになっているノアールを見かね、マイはノアールの横に立つとノアールが手にしていた地図を横から覗き込んだ。
「ええっと……わたしも一緒に前を歩くよ。道、覚えたいし」
「マイちゃん……っ!」
「ほら、なっ? だから行こう」
「あ、ありがとう〜……っ。マイちゃんだけだよ……オレに優しいの……っ」
ぐすぐすと泣きながらそう言うノアールの背を苦笑しつつ「ほら、行くぞ」とマイが叩けば、ノアールは漸く歩き出したのだった。
マイと共に地図に目を落としながら、「あっちかな?」「いや、こっちだろう」と進んでいく二人を少し離れた位置からアルガが眺めながら着いて歩いていると、横にたっとロクが並んだ。そんなロクにアルガが目を落とすと、ロクは前を歩く二人に目を向けたまま、ふと優しい笑みを見せる。
「――アルガちゃん、あたし、マイちゃんがいいなあ」
「……そう。でも、今調査中なんでしょう? その結果が――……」
「うん、悪かったとしてもあたしはマイちゃんがいい。あたしは、自分の目で見たものを信じたいから」
言って、破顔したロクに小さく「そう」と息を吐き、アルガも前を向き、ノアールと一緒になって地図を覗き込むマイを見つめた。
「……例えば、マイちゃんの過去が酷いものだったとしても、ロクはそれでいいのね?」
「うん。だってそれは、今あたしの前に居るマイちゃんとはきっと関係ないでしょう?」
「……私が目を離している間に何かあった?」
「ううん、何も。ただあたしがバカをして、ノアールも一緒になってバカをやってくれて……それでマイちゃんが笑ってくれただけだよっ」
ロクが言ったそれにアルガは一瞬目を見開き、すぐにまた小さく「そうね」と言って笑う。
「まあ……マイちゃんは、優しくて、いい子だわ」
「うんっ!」
そんな二人の会話をマイは勿論、ノアールも知らない。




