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水処刑  作者: こびき
2/4

紫電改


目黒の坂を滑るように降りながら、トメは自動二輪紫電改24式の爆音に耳を澄ませていた。黒の革外衣が風をさき、制服姿の彼女とはまるで別人のようだった。


背中に背負った罪の重さが、外衣の裾を引きずるように重く感じられる。


今日は、嫌なことがあった。


水。処刑。加賀美。


私の次で亡くなった。いや、時間が経てば——私の球で死んでいたかもしれない。


あの水槽の中で、加賀美の顔が水面に沈んでいく瞬間。


目を逸らさずに見届けたはずなのに、あの目が、あの口元が、今も脳裏に焼き付いて離れない。


便宜店の前に自動二輪を停め、煙草に火をつける。


紫煙が夜の空気に溶けていく。


小型電影端末を見る。19時02分。

ヒトミからの返信は、まだなかった。


「大丈夫かな…」


あの時の瞳の揺らぎが、脳裏に焼き付いている。


ヒトミの手が震えていた。


鉄球を落とす瞬間、彼女の唇は何かを言おうとしていた。


でも、言葉は出なかった。誰も、声を出せなかった。


気を取り直し、再び紫電改に跨がる。


目指すは海。軍港の灯りが、遠くにちらちらと瞬いている。


潮の匂いが、罪を洗い流してくれる気がした。


このトンネルを抜ければ、すべてが終わる。

そう思いたかった。


---


トンネルの入口は、まるで口を開けた獣のように、闇を吐き出していた。


前照灯を灯し、慎重に進む。


壁面には水滴が滲み、空気は異様に湿っている。外衣の裾が濡れ、冷たさが足元から這い上がってくる。


その時——


前方に、一瞬の人影。


「……!」


前輪が水溜りに突っ込み、横滑りを起こす。自動二輪が倒れ、トメの身体は道路を滑っていった。視界がぐるりと回り、世界が歪む。


意識が、遠のく。


---


目を覚ますと、世界は静かだった。


体が動かない。前輪がカラカラと空回りしている。


頬に触れる感触——ぬるりとした粘液。


「何これ…粘液…?」


震える手で自動二輪を起こし、再び跨がる。


後部座席に気味の悪い粘膜。


深い濃息をし。


慎重に発動機を回し、自動二輪を走らせる。



とにかくこんな不気味なトンネルを抜けよう。



だが、背後から——視線。




誰かが、見ている。





振り向くと、——







加賀美が座っていた。


濡れた髪が顔に張り付き、腫れた頬が歪んでいる。



目は見開かれ、今にも飛び出しそうだった。



水に沈んだはずのその顔が、今、闇の中に浮かび上がっている。


「…あ……」


声が出ない。


加賀美が、無言でトメに抱きつく。


背中に感じる、加賀美の呼吸。冷たく、湿っていて、生々しい。


まるで水槽の中の空気が、今ここに流れ込んできたようだった。


体が動かない。再び転倒。



自動二輪とトメと加賀美が、滑りながら絡み合う。


その中で——





加賀美が、トメの顔を舐めている。





ベチョベチョ。ペチョ。





「……あ……あああああ!!」


叫びは、トンネルの闇に吸い込まれ、誰にも届かなかった。


---

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