落ち込むわたし氏に朗報
死傷者、百名近く。そのうち亡くなった人が四名。凄惨な事故のわりには死者の数は少なく済んだという識者の見解もあったけど、死者の数が少ないからメデタシとでも言いたさそうに聞こえて、そりゃ違うのでは、って思った。
三名が一酸化炭素中毒。あとの一人は内臓破裂だったけど、それは緊急停止した電車から乗客らが一斉に外に逃げ出したときに他の人の下敷きになってしまったためとのこと。同じ理由で足や腕を骨折した人も何人もいたらしい。現場の混乱ぶりは相当だったんだろう。
で、だ。肝心の事故原因について――。火災を引き起こすための特殊な装置が用いられたという見解が警察からは発表された。ワイドショーではその装置の解説を幾度となく放送してた。特殊な装置、といっても仕組みとしては単純なもの。キャリーバッグに仕込まれたタンクに灯油を満載し、タイマーで中身を全部タレ流してから頃合いをみて着火するってだけの。
つまりは、テロ事件ってワケ。逃げる人に踏まれる人――結局のところフェネガンのツイートの予言はすべて当たってた、少なくともココまでは。
マスコミは当然のごとくに連日この事件を取り上げてたけど、最初のうちこそわたしも熱心に報道内容のチェックをしてたんだが、すぐにイヤになってしまった。
――わたしはこの事件を止めることもできたのかも。あぁ、このセリフは姉さんに「そうなったら嫌じゃない?」と言った内容そのまんまだ。わたしはもっとなにかをすべきだったのでは? 姉さんに丸投げするんでなく。
だがしかし、はたして玲奈さんの弟の件がこのテロ事件に関係してるのか? いやぁ、それはどうなんかなぁ。なんの証拠もないどころか、それはわたしが勝手に連想しただけの話なんだよな。玲奈さんの家に行ったときにフェネガンが「禍々しいことが起きようとしている」って言ったってだけ。フェネガン本人はそのことについてメールの返信で、「イエスでありノー。そこには因果関係を超えた繋がりがある」とかワケわかんないことを言ってたけど、ようするに〝直接には関係しない〟ってことでしょ? そんならわたしや姉さんが玲奈弟の周辺をいくら探ったところで結局は無駄骨だったじゃん――そういうことにして無理やり自分を納得させてるダケかしら?
なお、姉さんは玲奈さんの弟の調査を継続してくれているらしいんで、いずれはそのことにも答えが得られるには違いない。そこでも自分がなにもしてない、てか、できない、ってことに我ながら幻滅する。
つまり、わたしは落ち込んでるワケ。
そいでもって、夜はなかなか寝付けなく、必然の成り行きとして朝はそれまで以上に起きられなくなり、昼間についウトウトし、ますます夜は寝れず――という絵に描いたような悪循環に陥ってる。
最近は事務所で電話が鳴ってるくらいじゃもう目が覚めなくなってしまったみたい。今朝は自分の部屋のドアがドンドンと叩かれる音で目を覚まして、なにごと? って思って出てみたら、沼本さんがわたし宛に電話ですよって知らせに来てくれてた、という有様。
「体調が悪いのなら、かけ直すように伝えますけど」
そう言ってくれる沼本さんに、あくびをかみ殺しつつ、
「いや、そういうワケじゃないケド。誰から?」
と、わたしは尋ねた。
「テレビ局の方だそうですよ」
――テレビ局ぅ? アースウェイブに取材の申し込みかな。
パジャマにカーデガンを引っ掛けただけの格好で事務室に行き、保留になってる電話を取った。
「お電話代わりました、榎本と申します」
「あー、榎本美希様でいらっしゃいますかぁ」
酒焼けっていうの? こういう声のこと。中年のオジさん感丸出し。
「はい、そうです」
「おはようございますぅ。いきなりのお電話でスイマセン。ワタシは××テレビの岸田と申すものです」
おまけに話し方に妙な癖があるし。
「はあ、どうも」
「実は榎本様に、通訳のご依頼をしたいわけでしてぇ。その申し込みのお電話だったんですけどもぉ」
「通訳」
おうむ返ししてしまった。なんでいきなりテレビ局がわたしに通訳の依頼すんねん。どこからそんな情報が伝わったんじゃ。
「ええ」と受話器の向こうの声が答える。わたしは少し考えてから返事する。
「それは……、その……、どなたかからの紹介かなにかですかね」
「あぁ」今度は向こうが少し考える気配。
「実は今度、ワタシどもで『緊急特番、FBI霊能力捜査官ローランド・フェネガン、埼京線放火テロ犯に迫る』という番組を企画しておりましてぇ――。榎本様、昨日のワイドショー――どこの局でもいいですが――ご覧になりましたかぁ」
「いいえ、昨日は見てないですね」
「あぁ、それは残念。昨日はどこの局もフェネガンを取り上げてましたよぉ。テロは完全に予言されてた、ってね。フェネガンがツイッターで予言していた内容がまさに今回の事件と合致してましてね」
「そのツイートは読んでます」
ああ、もうどの局もネタ切れなんだろうな。二、三日もすりゃ報道すべき新事実なんてそうそう出てこないだろうし、だけども視聴者はまだまだ事件に注目してるワケで、とにかくなにか話題を探し出さなきゃなんないんだろ。てな状況でツイッターでバズってたフェネガンの予言にマスコミが一斉に飛びついたってトコか。
「そうでしたかぁ。局にも視聴者からの問い合わせやリクエストが殺到してましてね。これまでも度々ローランド・フェネガンを番組で取りあげてきた我々としても黙ってはいられない、というわけでしてぇ。すぐに企画たてて、フェネガンさんに出演を依頼したところ、快諾いただいたのですよ」
「はあ」
「で、その際にフェネガンさんのほうから頂戴した条件がありましてね。ま、その、通訳はぜひとも榎本様にお願いしたい、ということなんですよぉ」
「なるほど」
――そういうことか。
「そこは必須条件だ、とも言われまして。そういうわけでしてぇ、今回の依頼となりましたぁ――お引き受けいただけますかね」
わたしは即答はせずに、「詳しいスケジュールなどをお聞きしませんと」と返した。正直たいした予定もないので別に二つ返事してもよかったんだけど。少しは勿体ぶらないとね。条件も聞かずにOKするのもどうかだし。
番組収録は三回に分かれるそうだ。事件現場にフェネガンが現地入りしての調査の模様の撮影、屋内での単独インタビュー、MCやタレントらを交えてのスタジオでの撮影、と。このうちスケジュールが確定しているのは最初の現地調査パートだけで、そのためにフェネガンは来週の月・火・水と来日するという。残りのパートはまだ調整中とのこと。
報酬についても確認し、わたしは依頼を引き受けることにした。
「うーん、ずいぶんと急なご依頼ですねぇ……、その日は予定が入っちゃってるんだけどなぁ……、んー、なんとかズラせるかな……、うん……わかりました、お引き受けします」てなカンジ。
フェネガンが指名してくれたことに誇らしいものを感じた。テレビ局側に任せれば通訳なんて本職のヒトを用意してくれるだろうに、わたしを必須条件とまで言ってくれたなんて――ひさびさにハッピーな気分。
「へぇー、それじゃ、美希、テレビに出んの?」
その晩、姉さんが仕事から帰ってきたときに、フェネガンの番組撮影で通訳をやることになったことをさっそく報告したのだ。
「まー、そりゃあ多少は映ることになるでしょうね。現場ではずっとフェネガンのそばにいることになるワケですから」
「……なぜそこで丁寧語」
「あぁ、どんな服、着てけばいいのかなぁ」
「ま、普通はダークスーツとかだろうね。通訳が目立っちゃ、しょーがない。黒の上下とか」
「持ってないんだよなぁ。着る機会、ないもん」
「私の貸してやるよ」
「わたしにはユルい。姉さんはそう見えて腕が太いし」
「贅沢を言うな。こないだの通訳やったときにはどんなの着てたん」
「ん、普通のジャケットだよ。もちろんおとなしめの。あったじゃん、あのグレーのやつ」
「ああ、あれか。うーん、ありゃちょっと普段着すぎるんじゃね? だってテレビに映んでしょ?」
「ダメ? やっぱ、買うしかないかなぁ?」わたしの顔がすでにニヤけているという自覚はある。
「だから私のを貸してやるって。少し緩いのくらい我慢しなよ。私のスーツは機能性抜群だよ。なにせSPやってる人とかが愛用してるヤツだから」
「そんな機能、いりません。誰がスーツ着て立ち回りなんかするっての」
「ワハハ、残念。あれを美希に着せてみせたかったんだけどなぁ」
姉さんは未だにわたしを着せ替え人形かなんかのように考えているフシがある。居心地悪くなってわたしは話題を変えた。
「そういや、玲奈さんの弟の件って、どんな感じ?」
「ああ……、横川がそろそろいい報告ができるかもしれません、つうてたな」
「あ、ほんと」
「結構時間かかったよなあ、片手間とはいえ。もう半月だろ、向こうにも居場所をくらまそうという意図があるんだろな、多少は。でなきゃこんなのすぐに割れるはずだし」
「へえ……」
「報告が堅そうだったら、すぐに私も自分の目で確かめてくるわ。そんときゃ連絡入れる」
「了解、ありがと」
姉さんは立ち上がると、わたしの頭に片手をのせて髪の毛をくしゃくしゃってしてから居間を出て行った。まったく子供扱いなんだよなあ。