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予知夢なんかじゃない!

 ドロドロドロ――。出かける姉さんのバイクの音をベッドのうえでまどろみながら聞いていた。

 このところ以前にもまして、朝、起きられない。日中もなんだか、ふと気づくと半分寝てるような状態になってたりする。なんでなんだろ。いつぞや沼本さんに言われたように、隠れた病気でもあるんかな? いや決して体調は悪くないと思うんだけど。

 わたしは寝返りを打った。

 気づくと階下で電話の呼び出し音が鳴ってるのがかすかに聞こえた。誰も事務所にいないのかな。あぁ、そろそろ起きなきゃ……。

 バタバタバタ、と廊下を走る音。それから沼本さんの声。あの声はよく響くので、二階のわたしの部屋にまで筒抜け。

「はい、アースウェイブ世田……、あ、おはようございます。……うん、……あ、そう」

 その声を聞きながら、わたしは起き上がり、簡単に身支度を整える。

「……はい、……うん、わかった。大丈夫だよ、美希さんもいるし。え? ……はい。ああ、テレビ? 了解、見てみる」

 とんとんとん、とわたしは階段を降りてゆく。

「うん、……ああ、そうなんだ。それじゃ、気をつけて。……はい、失礼します」

 わたしが事務所のドアを開けるのと沼本さんがカタンと受話器を置くのが同時だった。

「おはようございます」

 わたしを見た沼本さんが言った。「おはよ」と返し、今の電話の主を確かめる意味で「裕子さん?」と訊いた。

「そうです。今日はお休みさせてください、って。なんだか電車が止まってるらしいよ。復旧の見込みも立ってないらしくて」

「へえ」

 わたしは定位置のソファに腰掛けた。

 一方の沼本さんは立ちあがり、なぜだかこっちに歩いてきた。どしたんだろ、って思いながら見てると、彼の手が伸びてきてソファの前のローテーブルのうえのリモコンを取りあげた。応接セットの脇にあるテレビを点けるつもりらしかった。そこには大型の液晶テレビが据え付けられている。めったに電源が入れられることがないんだけど。

 沼本さんはリモコンをテレビに向けてスイッチを押した。なんとなくわたしもテレビの画面に目を向ける。

「テレビ見てみろ、って裕子さんが」

 沼本さんは言った。

 画面に映像が映し出された。ニュースが報道されているようだ。ヘリコプターからの生中継。最初は単なる街並みを写してるのかと思った。

 よく見れば、画面の真んなかあたりに、高架のうえで停止したままの電車が映ってた。駅のホームとかじゃなく、なんもないところで停まってる。見てると映像はズームアップして、電車のドアがぜんぶ開けっ放しになってるのがわかった。そしてドア枠の上部が煤で黒ずんでて、火災の痕かなって感じ。車両の周囲がまるで野戦病院を思わせる光景で、人らしきものとかブルーシートが見える。それと忙しげに歩いている人も。高架の下では道路にずらりと消防車が並んでいて、赤色灯がまちまちに明滅を繰り返しているんだけど、もう消化活動なんかは終わってる感じ。それと救急車も。

 わたしはソファに腰掛けたまま、凍りついていた。脳裏では「あの」光景がフラッシュバックしてた。しばらく以前に見た、あの、悪夢。わたしの目の前で炎に包まれた女性。その目がわたしを見ている――。

 人々の渾然一体となった叫び。

 熱。

 うねるように動く周囲の乗客らに翻弄される自分の体。

 足首の焼かれていく激しい痛み。

 すべてがリアルな記憶となって脳内に蘇った。わたしは目を見開いたままテレビを凝視していた。全身にヤな汗を感じた。「予知夢」という単語が頭に浮上し、どっしりと腰を据えて動かなくなる。


 ――さきほどからお伝えしていますとおり、今朝、午前八時前、埼玉県戸田市のJR埼京線で、走行中の車両から火災が発生し、多数の死傷者が発生している模様です――


 アナウンサーが話し続けている。画像はさらにズームアップし、車両の脇に敷かれたシートのうえで手当てを受けている乗客らや、担架で運ばれている人、慌ただしく動いている救助隊員の姿などがはっきりと映し出された。ほとんどの人は軽症のようにも見えたけど。重症の人たちはすでに搬送されているということなのかも。


 ――未確認情報ですが、火災発生時に、床に撒かれた灯油のようなものに火が点いた、との乗客の証言があったと伝えられているとのことです。繰り返します。床に、撒かれた、灯油のようなものに、火が点いた、との……


 沼本さんの視線を感じたけど、わたしは身動きもできずただ食い入るように画面を見つめるばかり。

 再び沼本さんがリモコンを操作して、チャンネルを変えた。そこでもやはり同じように上空から撮影されたライブ映像が流れてて、アナウンサーは同じようなことを喋ってた。

 偶然だ、偶然に決まってる――わたしは頭のなかでそう繰り返してた。けど、そうじゃないってことは、もう、心の底ではわかってた。直観として。でも、せずにはいられなかった。自分に言い聞かせることをやめられなかった。

 テレビのなかではコメンテータが電車の整備不良を疑うコメントを口にしてた。んなことが原因のワケないのに――あまりにマト外れな意見を耳にしたせいか、わたしはちょびっとだけ冷静さを取り戻した。少しだけ物事が考えられるようになった。そしてひらめいたの。あの夢はフェネガンのツイートによる暗示効果みたいなものでわたしの頭のなかに植え付けられたんじゃないか、って。その可能性を考えていくうちに、急速にわたしは自分を取り戻した。

 そうだ、あれは予知夢なんかじゃない。あのツイートだけじゃなくて、玲奈の家での出来事、フェネガンとのメールのやり取り、そういったものが全部まぜこぜになって、わたしにあの夢を見させたんだ――。

 あの一連のツイートは日本の都市部でのテロの発生を示唆してた。それに、地下鉄サリン事件にも言及してた。その流れの延長で、フェネガンのメールあった「一日の始まりを思わせるタイミング」という言葉から、わたしは都会のオフィスにスーツ姿のビジネスマンらが出勤する姿をイメージした。そこから通勤ラッシュ時の電車内でのテロを連想するのはわたしだけに限らないハズ。そして玲奈の弟の机を開けたときに嗅いだ油の匂い。あれはケロシンとは違うものだったけど、そのことがケロシンを使ったテロをわたしに想像させた可能性。ぜんぜんあり得るじゃん。

 だから、あの夢は予知夢なんかじゃない。予知夢なんてそもそもあり得ないし。いや、あるのかもしれんけど、少なくともわたしがそんなの見るワケないじゃん。

 なぁんだ、そういうことか――。

 ということで、わたしがあの夢を見ることになった成り行きについては腑に落ちたんだが、次の疑問としては、じゃあ、なんであの夢のとおりのことが現実に起きたの? ってことだよね。もちろんわたしにはわからんけど。

 そもそもフェネガンのあのツイートはこの事件を予知していたものだったのか?

 そういう疑問を抱いたわたしは、もう一度あのツイートを読んでみようと思い、ノートパソコンを取りに行くためソファから立ち上がった。

 それが合図だったように、それまで立ったままでテレビを見ていた沼本さんが顔を画面に向けたまま、わたしの座っていたのと向かいのソファに腰掛けた。

 居間に行って、テーブルに放置されていたパソコンを手にし、再び事務所部屋に向かおうと廊下に出たとき、二階の掃除を終えた上原さんが階段からおりてきた。

「あ、美希さん、今、お茶を淹れますよ」

 そう言う彼女に、わたしは「ああ、ごめん、コーヒーにしてもらっていい? それからテレビ見てみて。すごい事故が起きてっから」と告げた。言ってしまってから、あ、「事故」じゃなくて「事件」と呼ぶべきなんかな、って思った。

 事務所の電話が鳴った。わたしが部屋に戻ったときには沼本さんが受話器を手に話をしてた。

「裕子さんとは連絡取れてます。今日はお休みするそうです。電車が止まっちゃってるんで。……はい、そういうことです。……ええ、……あ、そうですか。……了解です。あ」

 そこで沼本さんは受話器を耳にしたまま、顔をあげ、わたしを見た。

「……いますよ。代わりますね」

 受話器の口のほうを右手で押さえて差し出すようにし、「真希さんです」と沼本さんは言った。だと思った。「ウチの関係者に事故に巻き込まれた人はいないと確認とれたそうです」

 そう付け加えた沼本さんにうなずいてみせてから受話器を受け取った。

「あ、姉さん?」

「おう。裕子さんも無事だってね。よかった。他の支部もぜんぶオーケーだった――スタッフはね」

 姉さんが「スタッフは」と付け加えたのは、「会員についてはまだわからない」ということを案に示したワケだ。もちろん現時点でそれはわかりようがないだろう。ま、めったなことがないかぎりは大丈夫だろうけど。それにしても危機管理担当を自ら買って出た姉さんの仕事は早い。今は本部の事務局から電話してるんだろう。

「そう、よかった」

 わたしはそう返す。

「しかし、アレだね。こないだのローランド・フェネガンのツイッターのやつ。当たっちゃいましたか~、って感じだねぇ」

 姉さんにあの悪夢の話はしていない。沼本さんにだけ。彼が誰かに話した可能性もゼロではない(口止めしてないし)けど、そういうことはしない人だと思ってる。今の姉さんの口ぶりからして、わたしが見た悪夢のことは伝わってない。

「いや、偶然だと思うけど、わたしも今、フェネガンのツイッターを確認しようと思ってたとこ。新しいツイートもあるかもしんないし」

「なんかあったら教えて。じゃね~」

 姉さんはわたしの返事も聞かずに電話を切った。いつものごとく。

 ソファに戻り、ノートパソコンを開いた。起動を待っているあいだに上原さんが来てコーヒーを前のテーブルに置いた。いい香り。「ありがとう」とわたしは言った。彼女は沼本さんの分も淹れてきたようで、「おっ、ありがとう」というダンディー声が聞こえた。

 ディスプレイに表示されたツイートに目を走らせる。フェネガンはあの一連のツイート以来、なにも呟いてなかった。んー、残念。わたしは例の予言ツイートを読み返してみたけど、特になにも新しい発見はなかった。うーむ、はたしてこれらのツイは今回の事故を予言していたのだろうか?

 日本の都市部で起きる、という点は当たった。それから「炎」も。しかし、人々が逃げ惑う、という点はどうだろ? ラッシュ時の電車のなかではどこにも逃げようなんてなかったんじゃない? ま、電車が停止したあとでそういう光景が繰り広げられた可能性は否定できんか。その見方は苦しいかもしれんけど。そして、一番肝心な点は、はたしてこの事故がテロなのかどうか、ってトコ。当然、わたしには断言できないけど、その可能性は高そうに思える。だって、テロとかじゃない限り走行中の電車で大規模な火災が起きるハズなくない? 今時の電車の車両なんて耐火性が高そうな気がするし、意図的に持ち込まない限りは車両内にそこまで燃えやすいものもないでしょ。

 うーん、でも……。どうなんだろなぁ……。そんなことあるんだろうか、予言が的中するなんて。なんかの思考トリックであたかも予言が当たったと感じられるだけ、みたいな話なんじゃないのかなぁ。

 この後に及んでまだわたしにはそれを信じてしまうことに躊躇がある。

 結論を出しかねてるわたしの視界のなかで、なんだかディスプレイがちらちらして見えた。なんだろ、って思ってわたしはツイッターの画面に視線を戻した。ちらちらの理由はすぐにわかった。並んでる予言ツイートの枠内に小さく表示されているリツイートとイイネの数字がどんどんとカウントアップされてるせいだった。

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