予言
Roland Fenegan @fenegan_the_precog・3時間
今から呟く一連のツイートで、みなさん、特に日本におられる方々への重要なメッセージを伝えたいと思います #予言
Roland Fenegan @fenegan_the_precog・3時間
先ごろ、私は忌まわしいヴィジョンを得ました
狭い空間で炎から逃げ惑う人々、逃げ遅れる人々
倒れる人、逃げる人に踏み潰される人
――これがまもなく起きることです #予言
Roland Fenegan @fenegan_the_precog・3時間
街並みや人々の姿格好から判断して、日本の都市部のどこかでそれが起きるのだと思われます #予言
Roland Fenegan @fenegan_the_precog・3時間
ひとつ重要なポイントですが、私にはそれが人為的に引き起こされた災いのように感じられます。つまり、テロである可能性があるということです #予言
Roland Fenegan @fenegan_the_precog・3時間
そしてさらに重要なこと。先立つものは序章に過ぎず(それがいかに凄惨な出来事であるにせよ)、次に来るものこそが主たるものになります #予言
Roland Fenegan @fenegan_the_precog・2時間
かつて日本では地下鉄サリン事件という、世界的にみても大規模かつ凶悪なテロがありました。私がヴィジョンに観たものは、それに次ぐものになるかもしれません
Roland Fenegan @fenegan_the_precog・1時間
どうかみなさん、気をつけて。当面はできるかぎり人の集中する場所に行かないことが望ましいでしょう。それが避けられない場合には、常に逃げ道を確認しておいてください。そういった小さな心がけが自分と愛する人の命を守るのです
Roland Fenegan @fenegan_the_precog・1時間
私はみなさんのご無事を心より祈っています。ですが、最終的に自分の身を守るのは自分自身でしかない――私がいつも言っているように、事が起きるときにあなたがその場に居合わせるのはあなた自身の選択なのです。それが無意識の領域で行われるものであっても
Roland Fenegan @fenegan_the_precog・38分
私の主張が、過去に起こった様々の災害の被害者の方々にとって非常に辛いことを宣告しているものだとは理解しています。ですが、それが真実なのです。どうか真実から目をそらさないで
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逃げ道っつったって、かのテロのように電車んなかで起こされたら逃げようないっしょ――というのがフェネガンのこの一連のツイートを読んでのわたしの感想だった。
これらのツイートにはボランティアによる日本語訳がレスでつけられてたんだけど、ちょっと酷いレベルだったので思わずわたしが訳し直したのをカキコしたげようとしたんだが、そこまでする義理ないや、って思い直した。ボランティアの人も気を悪くするだろうし。
二日半に及んだあの通訳バイトから一週間が過ぎていた。
リーディング会場のホテルから成田に向かうリムジンバスに乗り込むフェネガンとエリーを見送った(エリーは空港まで同行すると)のが、もうずいぶん昔のことに思えた。
しかしこのフェネガンのツイートはどう受け止めるべきなんだろうな。もちろんわたしは予言なんて信じちゃいないんだけど、二日半もフェネガンの話してることを通訳していたせいか、まるっきり頭ごなしに否定するのもどうかな、なぁんて気持ちもあったりする。いや、もともとわたしは根拠もなしになにかを否定するタイプじゃない。なにかを無条件に信じることもなければ、その逆もナシ。疑うべきものは疑う。信じるに足る理由があるのなら信じる。それだけ。
あの二日半を通して、わたしはフェネガンに人並み優れた能力があることは十分に理解した。けどそれが、突き詰めれば従来の科学で説明できるものなのか、それとも不可知の領域に属するものなのかは判断つかなかった。
ただ確実に言えるのは、彼は決してイイカゲンな人ではない、ってことかな。だから彼がなにかを言うのはそれなりに根拠があってのことじゃないかって。
で、わたしが言いたいのは、彼のこの予言ツイートが日本で起きることだっつうのなら、これは彼が先週の日本滞在中に見聞きしたことがベースになってるんじゃないかなと思える、てコトなのよ。なにを根拠にそう思うのかと訊かれたら自分でもうまく説明できる自信がないんだけど。なんだろな、彼の霊能力とやらが超自然的なものであるかどうかは別として、少なくともなんらかのインプットがあってそれに応じたアウトプットがあるものだ、つうことだけは理解できた、というか。
はたしてわたしはどこまでフェネガンの霊能力的なものを受け入れているのだろう……。んー、ゼロじゃあないんだけど、もちろん百パー信じているワケでもない。あぁ、よくわからんな、自分でも――。
そんなこと考えながら頬杖ついてツイッターの画面を眺めてたら、ドロドロドロ、ってお馴染みの音が家の外から聞こえてきた。姉さんのバイク。ちょうどいいトコに帰ってきてくれた、って思った。
少しして「ただいまぁ」と姉さんはリビングに入ってきた。「おかえりぃ」とわたしは声をかけた。黒のライダースジャケットを脱ぎながら姉さんは部屋を横切る。放り投げられた上着がソファの背もたれにかかった。彼女は台所に直行して冷蔵庫の扉を開け、炭酸水のペットボトルを取り出すと、プシッと開け、その場で口をつけて飲み始めた。
ペットを口にしたままリビングに戻ってくると姉さんは勢いよくソファに腰掛けた。そしてようやくわたしの視線に気がつく。ボトルを口から離し、「ん、なんかあんの?」と訊いてくる。
「うん、ちょっと」
わたしはそう答え、ノートパソコンを広げたまま両手で持って、姉さんの隣に移動した。
「これ見て」
姉さんは「どれどれ」と身を乗り出してきた。
「って英語じゃん。……あ、これ、ローランド・フェネガンのツイッターか。そういえば、どうだったん? 通訳のバイト。つか、超能力。見れた?」
「んー、なんていうか……。まあ、そこんとこも含めて、ちょい姉さんの見解も聞きたいなって思ってんだけどね……」
「なによ、私の見解って。あんたが私に見解を求めるなんて四半世紀ぶりじゃないの?」
「四半世紀前にはわたしは生まれてません――って、姉さんのオヤジギャグにいちいちツッコむほどわたしはヒマじゃないの。とにかく、そんな呑気なことを言ってる場合じゃないのよ。いいから、このローランドのツイートを読んでみてよ」
「いや、だから私が英語読めないの知ってんでしょうが」
「こんな簡単なのでもダメなの? それでよく大学卒業できたね」
「んだとぉ。そこまで言うんなら読んだろーじゃん……。アイ、ヘ、ヘレビー?」
――herebyをヘレビーと読むんかい、とわたしは内心にツッコみ、これこそ無駄な時間つうヤツだなと判断。
「ああ、もう! 訳してあげるわよ。んーとね、……」
というワケでわたしは姉さんにフェネガンのツイートを訳して聞かせた――。
「はあ」
聞き終えた姉さんはポカンと口を開けて、そう言った。
「で、なに? あんたはこの予言、信じてるわけ?」
わたしは言葉に詰まった。
「いや、なんていうか、自分でもどう考えたらいいのかわからない、っつうのかな……」
「バッカねえ。あんたらしくもない。こんな予言、ネットじゃ三日に一回は見かけるっしょ。当たるわきゃないじゃん、んなの。こーゆーのがいちいち当たってたら世の中とんでもないことになるでしょ。月に一度は大地震が来るし、人類だって十回は滅亡してるわ」
「んー、もちろん、わかってるのよ、わかってる。実際、こないだの通訳をやる前だったらわたしも姉さんと同じ反応をしてたと思うし」
姉さんはようやっと話を真剣に聞くモードに入ったようだ。表情でわかる。わたしは続ける。
「わたしだって信じてるわけじゃない――でもスルーすることもできないの。んー、当たるか当たらないかで言えば、きっと当たらないと思う。でも、まったく何もないかと言えば、それも違うって感覚がある。なんだかわからないけど何かはあるのよ、ローランドがこう言ってる以上は。ん、そういうのが実感として理解できたというか」
「うー、ごめん。あんたの言ってることは私にはほとんど理解できんわ。えっと? ま、とにかく何かはあるんだと。フェネガンの仕事をそばで見て、そう思えるようになるだけのことはあったと。そういう感じ?」
「そう。なんだろ、感覚の問題? たとえばさ、ある物事を説明するのにメールで長々と説明してもうまく伝わらないのに、直接に顔を突き合わせて話をしたらサクッと伝わる、ってことあるよね」
「まあね」
「でも、それってもちろん、テレパシーとかで情報が伝わったりしてるわけじゃなく、ようするに、喋り方とか、微妙なイントネーションとか、表情とか仕草とか、その他もろもろなわけじゃない? それに加えてお互いのベースになってる共通認識があったりとかで効率いいコミュニケーションが成立する。つまりそこでは、言葉は補助的なものに過ぎなくて、コミュニケーションのメインは言葉以外のものなワケよ。そういうもののほうが圧倒的に伝達される情報量が多いワケ」
「ふむ」
「で、わたしが二日半にわたってローランドのとなりで彼の仕事っぷりを見てて感じたのは、彼の霊能力ってヤツも、突き詰めてみればそういうものなんじゃないか、ってコト。彼はあくまで、目で見たり、嗅いだ匂いや、音、その他ごく普通に得られる情報からものごとを判断してるにすぎない。ただ彼の場合は言葉以外のものから受け取る情報量が普通の人とは比べ物にならないの。解像度がまるで違う。もちろんわたしにはローランドの見ている解像度の世界を見ることはできないんだけど、横で見てて、そういう世界が存在するんだな、ってことが仄かに感じ取れたワケなのよ」
「なるほど」
「彼の霊能力の正体はそれだと思う。それは『超』能力であるには違いないんだけど、決してSF映画に出てくるようなファンタジックなものじゃない」
「じゃ、このツイートはどうなんよ、これもフェネガンの第六感じゃなく、あくまでスーパースペシャルな五感で得た情報に基づくものだ、ってこと?」
「そうなの。わたしの言いたいことは、まさしくそういうこと――スーパースペシャルな五感(笑)、それは言い得て妙。つまり、このツイートが日本で起きることを予言している以上、彼が日本にいるあいだに見聞きしたことが元ネタになってるんじゃないかって思うの」
「ふむ……。それがなんなのか、あんた心当たりあんの?」
「よくぞ訊いてくれました。ここからが本題でございます」
「う、ヤな予感……。あんたが丁寧語になるときはだいたい私に無理難題を押し付けようってパターンよね……」
「まあまあ、そうとうも限りませんよ」
「……ま、いいから続けな」
「では、お言葉に甘えまして――」
それからわたしが姉さんに語ったのは、フェネガンのリーディングの初日の最後の顧客、すなわち松下玲奈の話だ。彼女の家にまで出向いて、失踪した弟の部屋でリーディングをしたとき、フェネガンは一時的に体調を崩した。
あのとき、玲奈の淹れたコーヒーを飲んで落ち着きを取り戻したフェネガンが語ったのは、基本的にはホテルでのリーディングの際に言ったことの繰り返しだった。つまり、彼女の弟氏は身体的には問題のない状態だが、困難な状況に囚われているために帰宅することがままならないのだと。そして、その状況は弟自身が意図して入っていったものだ、と付け加えた。さらにフェネガンは、次に来日した際に再度その件についてリーディングをしたいと申し添えた(しかも無料でいいと)。
「私もこの一件の行方がとても気がかりなのだ。非常に禍々しいことが起きようとしている」フェネガンはそう言ったのだった。
あの二日半のなかで、フェネガンが動揺を見せたのはそのときだけだったんだな。もしあの予言につながるようなインプットがあったのだとしたら、そこしかないんじゃん? て思えたワケ。
わたしの話を聞き終え、姉さんは腕を組んだ。やれやれ、って顔つき。
「非常に禍々しいこと、ねぇ……」
「つまりそれがこのツイートで予言されてるもの、ってなワケなのですよ、わたしの推測だと」
「ふむ……」
「どうでしょうか」
「えっ、どうでしょうかって――。あんたの推測が当たってるかどうかなんて私にわかるわけないっしょ」
「んなこと訊いてないわよ。ここまでわかってしまった以上、わたしたちとしても手をこまねいて事態の成り行きを見守ってるってわけにはいかないんじゃないですか、ってことなんだけど」
「へ?」
「だって、仮にこのツイートのとおりになったとしたら、何人かはわからないけど死者は出るでしょうし、怪我人も多数ってことになるんじゃない?」
「ちょ、ちょっと待て待て待て。なんで私たちがそんな正義のミカタみたいなことになんのよ。こんな予言を真に受けて? ありえないっしょ。そりゃ、本当に確実に死亡者が出るような事態になるんだったら警察に通報するなりなんなりしたほうがいいだけろうけど、鼻で笑われるのがオチじゃん」
「確かに、予言は当たらないかもしれない。当たるかもしれない。それはわからない。でも、その一方で玲奈さんの弟さんは現実に行方不明である。彼が予言に関係しているかもわからなければ、ローランドが言ったとおりに困難な状況に陥っているかどうかもわからない。けど、行方がわからなくなっているのだけは確か」
「なにが言いたいの」
「もしこの一件について、わたしたちにできることがあるとしたら、そこしかないの。玲奈さんの弟を探し出して、事の真相を突き止める。ローランドの予言と関係なければ、それでヨシ。もし本当にテロかなんかに関係してるなら、通報するなり、しかるべき措置をとる。少なくとも弟さんが見つかれば玲奈さんには感謝されるから無駄にはなんないし」
「なんで私たちがそこまでする義理があんの――それにもしかして、あんたはそれをウチのスタッフを使ってやれって言ってる?」
「でももし実際にテロが起きて大勢の被害者が出て、そのときになって、ああ、わたしたちはそれを阻止することもできたかもしれないのに――なんて思いたくなくない? それに姉さんとこのスタッフも最近ヒマを持て余してて腕が鈍ってしょうがないって言ってたじゃん。ちょうどいいエクササイズでしょ。ああ、わたしって姉思いの妹だわ、姉さんのためにこんな手頃な事案を見つけてあげるなんて」
「あんたってヤツは……。ま、いいわ、そのことは考えとく。その玲奈さんとやらの弟の住所氏名くらいはわかってんでしょうね、そう言うからには。ターゲットの基礎情報くらいは洗っときなさいよ」
口では不満そうに言いながらも新たな〝ネタ〟が舞い込んできたことを姉さんが内心嬉しがってるのはバレバレだ。目の前に解決すべきトラブルがころがってないと生きていけないヒトなんだよ、姉さんは。困ったモンだよね。