な、なんだって〜〜〜〜〜〜〜
もちろん単なる夢として無視してしまうこともできた。そして実際それは単なる夢だったのかもしれない。
けど、わたしはその夢について姉さんに相談した。それがわたしにとって正しいステップだと思ったの。もちろん姉さんは笑い飛ばしはしなかった。
わたしはいくつかの簡単なスケッチを描いた。
ペデストリアンデッキから見て、左手にJRの駅、右手に私鉄の駅舎。私鉄のほうの改札から入って、さらにエスカレータで上がってホームに出る。その駅を発車し、次の急行停車駅に着く、その手前に大きな川。さらにその駅を出たところで電車は高架から地下へと進む。
「三百人が焼死、か――」
姉さんは独り言のように言った。それから続ける。
「当然、混雑路線が狙われる、ってことだろうな」
わたしはただうなずいた。
「そしてそれを私の犯行に見せかけるというシナリオってか。しかも犯人ホシは白人女性だった、と」
「それは象徴的なものだったかもしれない。そんな気がする。夢だから象徴的なものが混ざることはあるはず」
「どういう意味? 象徴的? んー、つまり、私たちをハメようとしてる相手は海外、それも白人だから欧米? に属しているってことか。すげえ話だな、おい」
わたしは再度、うなずいた。
「もちろん、なんの確証もないのよ? 単なるわたしの妄想かもしれない」
「ま、それならそれで目出度いじゃないか。けど、これが予知なんだとしたら、先手に出れるチャンスだ。今度はもう全力で行くしなかない」
そう言う姉さんをわたしは頼もしく感じる。
「問題はその相手がいったい何者なのかわからないってとこだけど、なんにしてもテロ実行はどうにかして防ぐ必要がある。まずはこのスケッチに合致する場所を特定しなきゃな。あとは時期がわかるといいんだけど」
「前回は、わたしが夢に見てから実際にテロが起きるまで、ちょうど二週間あった」わたしはそのことを事前に確認していた。「わからない。でも、そんなに遠くはないって気がする」
「ふーむ、二週間くらいなら、毎朝、張り付くこともできるな。しかも犯行が平日なのは確かでしょ、朝の満員電車が狙われるワケだし。土日は休めるっつうわけだ」
姉さんが笑ったので、わたしも笑顔になってうなずいた。
午後になって姉さんからのメールが届いた。すぐに開いてみる。件名も本文もなくて、ただ一枚の写真が添付されていた。
二つの駅舎が写ってる画像。それはまさしく夢でわたしの見た光景と一致していた。
わたしは姉さんに電話した。呼び出し音が鳴り始めると同時につながり、いつもの声が聞こえた。
「おお、どうよ。当たってる?」
「うん、間違いない。これはどこ?」
「溝の口。そこから東急の田園都市線と大井町線に乗れるけど、美希の言ってたのは田園都市線のほうだね。急行で次の二子玉川を過ぎると地下に入る。大井町線だと地上のままだから。それになんつったって田園都市線といやあ私鉄でもっとも混雑する路線らしいからなあ」
「そうなの?」
夢のなかでは埼京線ほどスシ詰めの感覚がなかったのだけど、とわたしは思った。あのときの埼京線は遅延のせいで混雑がいつもよりヒドかった、って話だったっけ……。
「じゃあ、場所は特定できた、ってことで。次は作戦を考える。なにか予知の内容で思い出したことがあったらすぐに連絡して」
姉さんは早口にまくしたて、電話は切れた。
なにか思い出したこと、か……。
思いどおりに視たい未来が見れたらいいのにな、って思う。しかし実際にはそういうものではないようだ。あるいは修行とかすれば能力を思いどおりに使いこなせるようになったりするんだろうか。
フェネガンに訊いてみようかな、と思ってみたりもするけど、もうわたしにアドバイスすることはない、って夢のなかで言ってたのが引っかかって二の足を踏む。現実でも「僕が君を案内できるのはここまで」つうてたしな。
そもそもわたしが視たものは本当に未来を予知したものだったのか、そこがいまだに自分でも信じきれていない。誰か、合理的な説明をしてくれないものかな、って思うんだケド。
しばらくして、本部に行ってた沼本さんが帰ってきた。事務室に入ってきた彼にわたしは尋ねる。
「ね、まだ、居る?」
「ああ、居ますね」
道場の前に黒のセダンがずっと停まってる。刑事らが張り込んでるのだ。そのことを訊いたわけ。そのせいでわたしは外に出かける気にならない。
「何人?」
「二人かな」
わたしは事務室を出て台所に行き、冷蔵庫から500ミリリットルのお茶のペットボトルを二本、取り出した。そして二階の掃除をしていた上原さんを呼びつけて、表の車にいる人たちにわたしからの差し入れと言って渡すようにお願いした。
上原さんはニコやかにうなずいて、ペットボトルを手に玄関から出て行った。
少しして戻ってきた彼女をつかまえ、どうだった、と訊いてみる。
「お礼を言って受け取りましたよ」
刑事らが差し入れを素直に受け取ったことをやや意外に思いつつ、尋ねる。
「それだけ?」
「それだけです」
「どんな人だった?」
「スーツ姿の若い人たちです。二十代くらいの」
「ふーん」
つうことは斎藤刑事ではなく、おそらく勝谷刑事でもないだろう。勝谷が実際に何歳なのかは知らんけど、少なくとも二十代って感じには見えない。ま、ようするに下っ端にわたしを見張らせてるってことか。ひとりはケイン・コスギ似の彼かなぁ、なんてわたしは思ったりもする。別に外出してもイイんだけど、どこ行っても彼らがついてくるかと思うと、メンドくさい。ま、でも、今の様子からすると、少なくとも現時点で警察の関心はわたしに対してでしかないようだ。アースウェイブ全体にではない。たぶんそういう方向には警察の捜査は向いてなさげ。
わたしをハメようとした海外の勢力なるものがホントに存在するのだろうか? それもまた突拍子もないハナシだよね……。ありそうな説としては、どっかの国で現地の商売ガタキとトラブルになって逆恨みされてる、とか? でも、そんな話があるならこっちにも伝わってくるだろうし。現状で父親がビジネスに力を入れてるのはアメリカなんだけど、他にもロンドン、パリ、モスクワ、香港にアースウェイブの支部がある。それらの運営は完全に現地まかせなので状況が把握しきれてない可能性がなきにしもあらずだけど、ビジネスとしてはごく小規模なものでしかないし。
国内に目を向けても、やっぱ、どっかから恨みを買ったなんて覚えはない。そんな阿漕な商売はしてないゾ、と。それに、しょせんは単なる「ヨガ教室」だからなあ、一風変わってはいるけれど。ま、成功を妬まれている可能性はゼロじゃない、ってトコかな……。
いちど親父と相談すべきなんかなぁ。けど、わたしが警察で重要参考人として事情聴取を受けた、なんて話を聞いたら親父は卒倒しかねんぞ。む~。
夜になって姉さんが帰ってきたとき、父と相談したほうがいいかどうかという話をわたしは持ちかけた。
「ああ、もう電話しといたよ」
アッサリとそう返された。わたしの肩から力が抜ける。
「あ、ほんと……。で、なんて?」
「ん、いや、なんの心当たりもないって」
「そう……。ちなみに、わたしが警察に連れて行かれた話もしたの?」
「いや、それは黙っといた。だって介入されたくないもん」
「……そ、だよね」
「とりあえず週明けから朝の通勤時間帯に溝の口を見張ることにする」
そういや今日は金曜日か。
「わかった」
「問題は私に扮したヤツを見つけたらどう対処するかなんだけど、とにかくテロを阻止することが最重要だから、まずはキャリーバッグを差し押さえないとな。証拠にもなるワケだし。そいで、相手を取り押さえられたら警察に引き渡す、ってトコかな。そいつが武装している可能性もあるけど、ま、ひとり相手なら楽勝だろ」
わたしはうなずいた。たしかに夢のなかでその人物は単独で行動していた。姉さんは続ける。
「最初のうちは私も現地入りして様子を見ることにする。でも、向こうもこっちの動きをウォッチしてるだろうからな。こっちに罪をなすりつけようとしてんだから、私に強力なアリバイがあるタイミングで犯行におよんでも意味ないワケだし」
「あ、なるほど」
「それに、向こうの計画にこっちが気づいてることがバレたら、向こうは実行を取りやめるだろう。それはそれでいいのかもしんないけど、そしたら向こうは別の計画を考えるだろうし、それを美希が予知してくれるとは限らないもんな。このチャンスは逃さんようにしないと。慎重にいかざるを得んな」
わたしはもう一度、うなずいた。
土日は何事もなく過ぎ去った。ちなみにだが道場は土日も開かれているワケで。つうか、曜日でいえば最も忙しい。土日にしか来れない会員さんも多いから当然の話だ。わたしは普段どおりに道場で仕事して、外出はしなかった。
道場の前には依然として黒塗りのセダンが停まってた。日曜は上原さんがお休みなので、わたしは自分で差し入れのペットボトルを持っていった。
セダンの運転席の窓をノックした。中に二人の刑事が座ってるのが見えた。運転席にいるのはケイン・コスギ刑事だった。助手席のもうひとり――銀縁メガネで無表情――にも見覚えがあった。窓がゆっくりと開いた。
「日曜なのに大変ですね」
わたしがお茶を差し出すと、コスギ似の刑事は恐縮しながら受け取った。
「お気遣いいただいて、すいませんな」
助手席のほうの刑事がそう口を開いた。
「ずっとわたしのことを見張ってるんですか?」
わたしはごく軽い感じにそう訊いてみた。
「捜査上のことは申し上げられません」
再び助手席のほうがそう答えた。意外にもその口調にはフレンドリーさが感じられなくもなかった。差し入れの効果だろうか。
「ご苦労様です」
わたしは彼らにニッコリとしてみせて、踵を返し、道場に戻った。
月曜になった。姉さんのバイクの音はしなかったけど、わたしが目を覚ましたときにはもう彼女が家を出たあとだった。
いつものように身支度を整え、わたしは階下に降りた。最近は生活がすっかり規則正しくなり、朝ごはんもちゃんと食べる。上原さんが用意してくれるのは純日本風の朝食だ。今朝はシャケの切り身にひじきの小鉢。わたしはNHKのニュースを見ながら平らげた。テレビの画面を眺めるかぎり世間一般は平穏な一週間の幕開けって雰囲気。わたしとしては、そこはかとない緊張感が感じられるトコではあるのだけれど。でも、わたしにできることは、待つだけ。
食器を流しに下げ、わたしは居間のソファに腰掛けた。それからいつものようにノートパソコンを開く。
メールが届いていた。
見れば差出人はローランド・フェネガン。
わたしはすぐにそれを開いた。
親愛なる美希へ、
これは君たちにとって重要な知らせになるだろう。残念だが、これがバッドニュースであることも同時に言わないとならない。
僕はこれをCIAの友人から聞いた。僕がサイキックとしてFBIの仕事を手伝うことがあるのは知ってると思うけど、実はCIAとも働くことがあるし、結構、上のほうとも繋がりがあるんだ。これが信頼できる筋からの情報だということは保証する。
それによれば、どうやらR国政府の諜報機関(このメールは盗聴される可能性があるため、その名を伏せることを許してほしい)は君たちアースウェイブに多大なる関心を抱いている。特に君たちのエクササイズから得られる効果についてだ。それが国家の安定を損ねる可能性を憂慮している。それと国内外においての勢力拡大についてもだ。
君たちの活動を非常に深刻に受け止めているのは実のところR国だけではない。
アメリカ国内におけるアースウェイブの活動についてFBIは今のところ静観しているフェーズにある。どういう動きをとるべきなのかを慎重に見極めようとしている。エクササイズを受けている人々は、当然、アメリカ国民であるから、うかつなことはできないからだ。その一方で、国外、特にアースウェイブの本拠であるところの日本において、CIAはその監視を強めているとのことだった。
そんななか、日本国内でR国の諜報機関が積極的な動きをしていることをCIAは検知したそうだ。実のところR国はすでに君たちの活動を実質的に封じ込めるための具体的な作戦行動に出ているようなんだ。
以上がCIAの友人から僕が耳にした内容だ。
僕に言えることは、どうか十分に注意してほしい、ということだけだ。
僕は常に君の味方だ。なにか僕にできることがあったら遠慮なく知らせてほしい。
僕は君と君の家族のために祈っている。
心を込めて。
君の友、ローランド・フェネガンより