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リーディングって、こんな感じなん

「実を言うと君のお父さんとは一度、顔を合わせたことがあるんだ。とあるテレビ番組でね」

 お決まりの挨拶を交わした後、ローランド・フェネガンはわたしにそう言った。

 場所は都内にある某一流ホテルのスイートルーム。ここがフェネガンの今回の来日における逗留地・兼・リーディング会場ということらしい。重厚な調度品がしつらえられた部屋だ。一泊二十万以上はするんだろうなって思いながらわたしは室内を見回した。これも舞台装置ってヤツなのだろう、べらぼうなリーディング料金に見合う演出のための。メモメモ。

「そうだったんですか。アメリカでは父の仕事がスピリチュアル界隈でとても好意的に受け入れられているそうですね」

「その通り。手段がどうあれ、精神の世界に目覚める者が増えることには歓迎の気持ちしかないな。君のお父さんは素晴らしい」

 ワタシ的には父親の話題はうんざり、ってのが正直なトコなんで、父とフェネガンが出演したというのがなんて番組だったのかなんて尋ねたりはしない。まったく興味がないってわけでもなかったけど。

 部屋にはフェネガン以外にもう一人、赤毛の白人女性がいた。若い頃は美人だったのかもしれないけど今や単なる陽気なオバサンと化してしまったって雰囲気のヒト。エリーと呼んでください、と彼女はややおぼつかない日本語で言った。フェネガンのアシスタント役らしい。一緒に来日したのかな、って思って訊いてみると、そうではなく彼女は日本在住とのことで、フェネガンの来日時にいつも手伝いをしてるそうだ。

 リーディングするときには、部屋を暗くして蝋燭を灯し、お香を焚いたりするんだろうな、というわたしの予測はハズレだったようだ(ウチの道場ではよくお香を焚くんだけど。会員さんたちにリラックスしてもらうために)。そもそもフェネガンのファッションからしていかにものアメリカンアウトドアブランドのカジュアルスタイルだし。ミステリアス感ゼロ。ちなみにエリーはリネンの白いブラウスに髪と同じ色合いのロングパンツがオシャレだった。わたしも通訳だからと気張ってスーツとか着てこないで正解だった――ま、着ようにもスーツなんて持ってないけど。

 事務的な打ち合わせを終えると、ほどなく最初の顧客が来る時刻となった。

 エリーが招き入れたのは、五十前後と思しき痩せた男性だった。フェネガンはドアの近くまで出向いて、男に握手を求める手を差し出し、

「ようこそいらっしゃいました」

と言った。わたしは訳して伝えた。言いながら、こういうときに自分の立つ位置を定めるのが意外に難しいな、って思った。あんまりフェネガンのそばに立つのもジャマだろうし、かと言って離れすぎると言葉を伝えにくい。通訳があんまり大声で喋るのも微妙だし。こういうところに本職の通訳との差が出てしまうんだろうな、なんて。

 握手の後、男はフェネガンの勧めに応じてテーブル手前の肘掛け椅子に腰掛けた。フェネガンはその向かいに座り、わたしはフェネガンの右どなりに。メモとペンをスカートのうえに構えた。

「どうぞリラックスしてください。ご自分の家にいるのと同じように」

 そうフェネガンは言い、わたしがそれを訳すと、男の肩は少し下がった。けど、見るからに緊張が解けていない。その様子を見かねて、というか、いつものインストラクター代行をするときのノリで、つい「深呼吸して」と口にしてしまった。

 ――あ、マズっ。ローランドが喋ってないことを言っちゃった、とすぐに気づいた。まっ、いいか。趣旨としては合ってるし……。

 男は素直に深呼吸をした。

 フェネガンはその様子を見てニッコリとうなずき、短く「That's what I meant.(それが言いたかった)」と言った。ストレートには訳さずに、「ハイ、結構です」と告げた。うまくゴマかせた、と内心に思った。この調子、この調子――。

 続いて男が話を切り出そうとすると、フェネガンは片手を軽く挙げてそれを制した。それから目を閉じ、顎に手を当てるポーズに。顔が中空に向けられた状態だ。

「フム……。あなたのご相談は、ご家族についてのものですね」

 突然にそう言われて男は驚いた顔つきになったけど、フェネガンがポーズを崩さずにいるから黙って続きを待つことにしたようだ。

「……お年を召した方だ」

 わたしはそれを訳す。少しの沈黙が続く。

「あなたのお父様かな」

 そこでフェネガンは目を開き、男に顔を向けた。男性は大きくうなずいて、「ええ、そのとおりです」と勢い込むように答えた。

 なんでわかったのかな? 男の年齢と、堅実な感じのする服装や物腰から、相談の内容が家族についての可能性が高いと推測したってトコか。年齢的に見て男の親が老齢なのは間違いなく、すでに亡くなっていたり、あるいは病気で入院したりしてる率は低くないだろうと。フェネガンは目を閉じていると見せかけて、実は薄目で相手の反応を見てるんじゃないかな。顔を中空に向けていたのはそのためだったか。あるいは相手の息遣いとか身じろぎとかで、その人が自分の言葉にどう反応しているのか読み取れるのかもしれない。そういったものと、フェネガン自身のこれまでいろんな人を占ってきた経験をまぜれば、だいたいのところは予測がつくんだろう――。

 ようするにわたしは霊能力なんて非科学的なモノは基本的に信じてない。もちろんオバケやUFOだって信じてないし。

 フェネガンは、男が話すのを再び手で制し、目を閉じてさっきと同じポーズになった。

 少し沈黙したあと、彼は話し出した。

「白くて、清潔な部屋だ……。ここは病院だろうか……。ベッドに一人の老人が横たわっている。そのひととあなたの結びつきを強く感じる……。いや、待てよ。なにかが変だ。なにか阻害となるモノがある。なんだろう……、そのひとはあなたに伝えたいことがあるのに、何かのせいでそれができない――」

 フェネガンは目を開け、「それが何か、心当たりがありますか?」と尋ねた。

 男は口をポカンと開けたままフェネガンの話を聞いていたが、問いを投げかけられると我に返って「え、ええ、おっしゃるとおりです」と答えた。その目は潤んでた。

 それから男の語ったところによれば、彼の年老いた父親は春先に脳梗塞で倒れ、半年が過ぎた今も入院中とのことだった。脳梗塞の後遺症による言語障害でまったく話すことができない状態だそうだ。ただ話しかけられた内容は理解している様子とのこと。

 うーむ、とわたしは思った。さっきフェネガンの言った「阻害となるモノ」がその言語障害ということか。これはどう解釈すべきなんだろ。フェネガンは本当にそれを感じ取っていたということ? でも、うがった見方をすれば、男がここに相談に来ている以上、なんらかの阻害は存在してしかるべきであり、それがなんであるにせよ「阻害となるモノ」と言っておけば当たらずとも遠からじの結果が成立する、ってのはなんら不思議じゃないと見ることもできるのでは……。

 わたしにはそのことについて深く考察する余裕はない――通訳をせねばならないから。

 男は続けた。何がしかの手続きに父親の印鑑と印鑑証明登録カードが必要なのだが、家のなかをいくら探しても見つからない、ついてはその在り処について透視してもらえないだろうか、と。

 ――「印鑑」に「印鑑証明登録カード」ってか。いきなり難易度高いぞ、と思いながら、わたしはそれをフェネガンに訳して伝えた。「印鑑」はsignature stampで通じた。どうやらフェネガンは日本の風習にはそれなりに知識があるようだ。「印鑑証明登録カード」については多少説明が必要だったが、すぐに理解してもらえた。

「お父様が普段、身につけていたものを何かお持ちではないですか?」

 フェネガンは尋ねた。んなこといきなり言われても持ち歩いてるはずはなかろうと思いつつわたしは訳したが、男はすぐに自分のカバンを漁り始めた。

「こんなものでよろしいでしょうか」

 男が取り出したものは見るからに古そうな腕時計だった。診てもらいたい人の愛用品をリーディングの場に持ってくるってのは、どうやらこの人たちのあいだでは常識らしい。

 フェネガンは無造作に受け取って、こう続けた。

「それと、お父様の住われている家の見取り図が必要です。紙とペンをご用意しますので、ごく概略でかまわないので描いてもらえますでしょうか」

 少し離れたところでスタンバってるエリーにフェネガンは視線を投げた。わたしがフェネガンの要請を訳し終えたときにはすでに白い紙とペンを手にしたエリーがテーブルの脇にまで来ていたけど、男は「いや、それにはおよびません」と言って再びカバンを漁り、折りたたまれた紙を取り出した。

 少しばかり黄ばんだその紙がテーブルに広げられた。家の間取りを表した図面だった。きちんと製図されたものだから、たぶん家の建築時に施工会社が用意したモノだろう。ごく一般的な二階建ての家屋っぽい。

「完璧です」

 フェネガンは言った。それから彼は目を閉じ、腕時計を左の手に持ち替え、なにかを確かめていくかのように右の手のひらで図面を撫で始めた。

 しばし沈黙が続いた。

「ここにテーブルがありますね」

 独り言のようにフェネガンは言った。男は「はい」と返した。フェネガンの手は図面を撫で続ける。

「ここにテレビだ……。それから、ここに……、なにか宗教的儀式にまつわるものがある」

「そこには仏壇があります」

 わたしが咄嗟には「仏壇」を訳すことができずに言葉に詰まった隙にフェネガンは、

「そう! ブツダンですね」

 と返してしまった。チッ、わたしの通訳の立場は。

 フェネガンは「仏壇」という日本語も、それが何を指すのかも知っていたようだ。なかなかの日本通ってことか――てか、ハナから日本の家屋に置いてありそうなものを雰囲気で並べてるだけなんじゃね? 部屋の形とか動線とかでどこに何を置くかなんてだいたい決まってくるでしょ。その可能性は高いよな。わたしだって冷蔵庫とか洗濯機ならその図面のどこに置いてあるか言えるもの……。

 ひととおり図面を確かめると、フェネガンはエリーに合図をして何かを持ってこさせた。口では特に何も言わなかったので、ここでフェネガンが必要とするものは二人の間ではお約束のようだ。

「あなたが探しているものをダウジングで見つけます」

 そうフェネガンは言った。

 ダウジングかぁ、それはわたしも聞いたことがあるぞ、と。エリーがフェネガンに渡したものは三角錐をひっくり返したような形の水晶のトップがついた細い鎖のペンダントだ。彼は右手で鎖の端をつまみ、水晶の先端が図面にギリつかない位置にぶら下げた。

 男は黙ってその様子を真剣な眼差しで眺めている。

 水晶の先端が、ゆっくりと図面のうえを移動してゆく。それが変わった動きをしたら、その場所に何かがある、つうのがダウジングの基本的考え方だったはず、とわたしも眺めながら思う。でも、それって一体、なんに反応してるんだろ。つか結局はフェネガンが動かしているだけなんじゃないの?

 沈黙が続く。時折フェネガンが鼻から深く息をする音がするだけ。

 はたしてこれで印鑑の場所がわかるもんなんか――? と、ついわたしは考えてしまう。てか、外れたらどうすんだろってほうが心配かな。でもダウジングのお告げが当たったのか外れたのか、わたしたちにはわからないのだ、この男性が家に帰って探してみた結果をわざわざ報告してくれない限りは。そんなこと普通しないよね。なかには見つかったことに感激してお便りをくれる人もいるかもしんないけどさ。しょせんは占いだから外れても苦情を言えるようなものでもないだろうし。フェネガンは自分の占ったことが当たったのかどうか知りたくないのかな? 自分の占いに強い確信を持ってるから結果なんぞ聞く必要もないと思っているのかもしれない。いや、そのくらい自信がなければそもそもこんな商売できないよね。でなけりゃ最初から確信犯的に客を騙すつもりだ、ってことになっちゃう。

 そんなことを考えてるわたしに関係なくフェネガンの手は動き、ある場所で何度かそれが止まり、どうやらそこが怪しいって感じていることがハタ目にもわかった。軽いうなずきとともにフェネガンは口を開いた。

「キッチンのすぐ脇だ。ここには……なにか家具がある」

「えっと、戸棚があったはずです」男が言う。

「ここだ、場所的には」

 フェネガンは目を閉じ、水晶を手にしたまま、図面に手のひらを載せた。再度の沈黙。

「――家具と家具のあいだに、なにか薄いカバンのようなものが挟まれている……目立たない形で。そう、そのなかにお父様にとって大切なモノが隠されている」

 それを告げると、フェネガンは目を開けた。


 そんな感じのセッションを皮切りに、次から次へとフェネガンは予定のスケジュールをこなし、顧客は入れ替わり立ち替わり部屋に迎え入れられ、残らず満足して帰っていった。

 フェネガンの顧客は比較的年配の人が多いようだ。ま、確かにこのリーディングの代金は若者がおいそれと支払える額じゃない――よほどの金持ちのボンボンなら別だろうけど。

 午前の客は四人。たまたまかもしれないけど、男二人、女二人で同率だった。

 ランチはルームサービスでも頼むのかな、って思ってたけど、お昼近くになってエリーが買い出しに行って、抱えて帰ってきたのはバーキンだった。聞けばフェネガンの好物だそう。

 三人でテーブルを囲んでハンバーガーを食べた。そのあいだ、わたしたちは他愛のないおしゃべりをした。

 午後も同じようにリーディングが続いた。全体的な傾向で言えば、顧客は会社経営者が多いようだ(おお、ある意味、わたしと同種のヒトビト)。こいつらはリーディングの代金を経費で落とすんだろうな、と思いながら(別にそれが悪いとは言ってない)わたしは自分の仕事を続けた。

 わたしの通訳ぶりもだいぶ板についてきんじゃないかな、って思い始めてきた(気のせいかもしれないが)ころ、この日の最後の顧客をエリーが部屋に招き入れた。

 それは、わたしよりかは幾分年上だとは思われるものの二十代には違いない、フェネガンの客にしては珍しく若い女性だった。世間的には美人と言えるルックスの持ち主なのだが、一見してそのひとには、そこはかとない影のようなものが、しかし見まがいようもなく確かに、まとわりついていた。

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― 新着の感想 ―
動きが伝わるように書かれていて、簡単に想像する事が出来ました。良かったです
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