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わたし氏、取調室に連行される

 朝からずっと、なんだか落ち着かない気分だった。理由には思い当たるものがない。それが夕方まで続いた。

 沼本さんは六枠のエクササイズの補助にまわってて、事務所にはわたしひとりだった。そんなときにスーツ姿の二人連れの男性らが道場にやってきた。

 玄関に出たわたしに片方の男が上着のポケットから警察手帳を出して見せた。

「警視庁の勝谷(かつたに)というものです。榎本美希さん、でいらっしゃいますか」

 愛想というものとはおおよそ縁のなさそうな顔つき。わたしはうなずいた。

「はい、そうです」

「少々、お伺いしたいことがありまして。恐縮ですが、署までご同行いだだけますか」

 言葉のうえだけ質問の形をとった命令口調、ってヤツ?

「はあ……、それは例の埼京線のテロ事件についてですか?」

 わたしの問いに刑事は表情を変えずに答える。

「ええ。詳しくは署にて」

 もうひとりの銀縁メガネをかけた刑事は無表情で黙ったままだ。そちらの男性のほうがやや若く見えた。

「……わかりました。すぐに支度しますので、少しお待ちください」

 その返事に刑事はわずかにうなずいたのみでなにも言わない。

 やれやれ、わたしなんかよりフェネガン本人とかテレビ局スタッフから話を聞きゃあいいじゃん、って思った。いや、そっちにはそっちで当たってんのかも知んないけどさ。わたしなんかからいったいなにを聞こうっつうの、まったく。ただの通訳なんだよ(ま、実際はそうでもないけど……)。

 道場のエクササイズルームに行って、音のしないようにそっとドアを開けてなかをのぞいた。十人くらいの会員さんらがエクササイズの真っ最中だ。なかにいた沼本さんはわたしに気付いて、こっちに来てくれた。わたしは小声で告げる。

「今、なんか刑事さんが来てて同行を求められてるから、ちょっと行ってくるね。あとはよろしく」

 沼本さんは少し驚いた顔つきになったけど、うなずいて「わかりました。行ってらっしゃい」と返した。

 わたしは会員さんらの様子をチラッとだけ眺めてから踵を返した。

 まあ、どうせすぐに済むものだろうとタカをくくり、わたしはジャケットを羽織っただけの手ぶらで刑事らの待つ玄関へと戻った。

 外に出てみると、玄関に来た二人の刑事の他にもうひとりの男性が道場の前に停められた黒いセダンのそばに立っていた。こちらは銀縁メガネよりもさらに若い。ケイン・コスギに似ていた。それでわたしはその人にだけは好感――子供のころ、あっちのテレビでよく見てたから――を抱いた。

 まず銀縁メガネが後部座席に乗り込み、促されて次にわたしが乗って、勝谷刑事が続いた。ケイン・コスギ似の男性は運転席に乗り込んだ。

 なんでわたしを呼び出すためだけにわざわざ三人も迎えに来たんだろ、って不思議に思った。今までこんな経験がないのでそれが普通なのかどうかわからない。

 皆が乗り込むと、車はスッと動き出した。皆、無言のままだ。

 国道に出て、そのまま世田谷の警察署に向かうのかなってなんとなく思ってたけど、どうやら違うっぽい。そのうちに車は首都高に入った。

 あっ、そか。埼玉県内の事件だから管轄は埼玉県警なのか。てことはさいたま市まで行くんだ。チッ、時間かかりそ。手ぶらで来たのは失敗だったか――。

 わたしは目を閉じた。もう、ただ時間が過ぎるのを待つ体勢。

 そんなだったからどれくらい時間が経ったのかわからないが、割とすぐに車が高速から降りた気配を感じてわたしは目を開けた。それまで車が大きくカーブを曲がった感じのなかったことを少し不思議に思った。

 ――ここはどこだ? 埼玉じゃなさそう。

 都心のようにも思えたけど、よくわからない。お堀のようなものが前方にチラと見えた。二人の刑事に挟まれてるから前方のほうがちょっと見えるだけなので、なんとも判断つかない。

 まもなく車は、大きな建物の敷地に入って、車寄せに止まった。わたしは刑事らに促されて車から降りた。

 んー、わからんけど、ここはもしや警視庁本部とかいうトコロじゃないだろうか……。

 刑事らに挟まれてわたしは建物内に連れて行かれた。エレベータで移動。途中で勝谷と銀縁メガネがどこかに行き、コスギ似の刑事がわたしをひとつの小部屋に案内した。机と椅子だけのある部屋。そこにわたしは座らせられた。「少しお待ちください」とだけ言って刑事は部屋を出ていった。

 うーん、ここはどう見ても取調室ってヤツだな――。

 ひとり取り残された狭い部屋のなかをぐるりと見回して、わたしはそう思った。なんだか変な風向きになってきたゾ、と。

 しばらく待たされたあとにやってきたのは勝谷刑事だった。わたしの向かいの椅子に座った、こう言いながら。

「すいませんな、お仕事もあったでしょうに突然、お時間をいただいて」

 わたしは落ち着いた口調で応える。

「いいえ、大丈夫です。わたしがいないと回らないワケではないですから」

「フム……。ところで昨日のテレビ、拝見しましたよ。なかなか興味深い内容でしたなあ、実に。うむ、面白かった、実に」

 どうもこの男の話し方って、話してる内容と、そこから透けて見える本音とが、あからさまに逆になってる感じなんだけど。そういうクセなのか?

「はあ、そうでしたか」

 思わず、それはよかったですね、と皮肉のひとつでも付け加えたい気がしちゃうのだけれど、いきなりそんな挑発的な態度に出る選択肢はない。さすがに。

「ええ。犯人らしき集団まで探し出していただいて……。だが惜しいなあ。残念なことに証拠がない。証拠さえあれば、今すぐにでもあやつらをしょっぴいてくるトコロなんですが」

「あれは言ってみれば占いみたいなものですよ? たしかにそれっぽく見えなくもない集団に行き当りましたけど、偶然のようなものです。あんなの真に受ける必要ないですよ。テレビ番組のなかでだけ成立する演出なんですから。あれはヤラセじゃありませんでしたけど、視聴者のほとんどはヤラセと思って観てたんじゃないでしょうか、実際。あれで逮捕なんてされちゃ、たまったものじゃないでしょう」

 そう言いながらわたしは、どこまで自分の知ってることを喋るべきなのか、迷ってしまう。わたしはあの集団の正体を知ってるし、事件には無関係であることもわかってる、とか主張しだすと話がややこしくなりそうな。とりあえず自分はなにも知らないという体でいくしかないだろう。

「ハハハ、心配はご無用。我々があのようなものに惑わされることはありません」

 じゃあ、なんでわたしをここに呼んだんだよ。それがわかってるっつうのなら。わたしは内心にムッとした。

「だが時間のムダではなかった。いや、あれを観ていたほとんどの時間はムダだったが、それを捨てても余りあるものを我々は得ることができた。あの番組から」

「はあ」

「あのフェネガンの透視などというものはまったくのデタラメでしかなかったが、意外にも我々はまったく期待などしていなかったものをテレビ画面のなかに見つけた。そこで重要参考人として、あんたに来てもらったわけだ」

 へ? 重要参考人? わたしが? なんで?

「さて、世間話はこれくらいにして、少しばかり質問にお付き合いいただこう」

 刑事は手元のレポート用紙の表紙をめくり、ペンを構えた。

「名前――」

 最初、自分が名前を訊かれているってことが認識できなかった。この刑事、言葉遣いがどんどんぞんざいになってくるな……。

「榎本美希です」

「どんな字ィ、書くの」

「榎本は、木へんに夏の『エノキ』に、ブックの『ホン』。美希は、『美しい』に希望の『希』――」

 それから、住所に生年月日、職業、と訊かれ、男は手元のレポート用紙にわたしの回答をいちいち書き込んでいった。職業は学生だと答えたときだけ、少し彼は表情を変えた。

 書き込みの手を止めると、ひと呼吸おいてから刑事は、ぞんざいな口調のままに、こう質問した。

「ところで十月十五日の朝はなにをされてました」

 む?

「十月十五日? それは――」そうだ、電車テロの起きた日か。「――テロのあった日、でしたっけ?」

 刑事はそこで顔を上げ、なに言ってんだ、と言わんばかりの目つきでジロリとわたしを見たあと、無言でうなずいた。

「その日は――そうだ、わたしは自宅にある道場の事務室のテレビのニュースで事件を知りました。その前にウチのインストラクターの裕子さんが電話をかけてきて――電車が止まってるから道場に来れない、って。その電話が鳴るまでわたしは寝てて……、だから、ようするに自宅にいました」

「その裕子さんからの電話を受けたのはあんたかね」

「いえ、事務局の沼本さんです」

「じゃあ、あんたが自宅にいたことを証言できる人は」

「沼本さんです。事件のニュースは沼本さんと一緒に見ました。それと、ウチの家政婦の上原さんも家にいました」

「あんたがニュースを見た、というのは何時だった」

「えーと……、沼本さんが事務所に来るのがだいたいいつも九時だから、遅くとも九時半にはなってないと思います。……そうだ、裕子さんの電話で目が覚めたんだから、裕子さんの携帯の通話履歴を確認すれば正確な時間はわかるはず」

「フン、仮にそれが九時ちょうどだったとしても、犯行時刻からは一時間以上が過ぎている。現場からあんたの自宅に戻るには十分な時間だ。アリバイにはならんな」

 ちょ……。

「アリバイって。さっきからまるでわたしを犯人と疑っているかのような質問ですけど、どこからそんな馬鹿げた話が出てくるんですか。アリバイもなにも、わたしは事件とはまったくの無関係じゃないですか。どこにわたしが事件に関係すると思えるものがあるって言うんです? 無関係の人間をひっぱってきてアリバイがどうこうなんて、なんの意味があるんですか」

 勝谷刑事は片頬をゆがめて笑い声をもらした。

「とぼけるのもいいかげんにするんだな――。いいだろ、見せてやる。これを見てもまだそんな減らず口が叩けるかな」

 そう言いながら彼は、レポート用紙の下にあった薄っぺらい紙のフォルダを手に取り、そのあいだに挟まっていた一枚の大きく印刷された写真を引き抜いて、わたしの目の前に置いた。

「これは事件の起きた電車が大宮駅を発車する五分ほど前の大宮駅コンコースの防犯カメラの画像だ」

 刑事は写真のなかの一人の人物を指さす。

「ここにキャリーバッグを手にしている女性が写っている。複数の証言から、我々はこの人物こそが、テロの実行犯とにらんでいる」

 男が話しているあいだにも、わたしは信じられない気持ちでその写真に目を奪われていた。

 そこに写っていたのは、明らかに、わたしだった。

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