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君は観察者じゃない

「はい」

 部屋の呼び鈴が押されると、いかにも若者っぽい声が聞こえた。竹田氏のつけている高感度マイクのおかげでその微妙なニュアンスまではっきりとわかった。ただ服の擦れる音とかも拾っちゃうので聞きやすいとは言い難い。

 ドアの向こうでガサつく音がしたあと、少しドアが開き、「なんでしょうか?」と男性の声が続いた。カメラの角度で男の姿がモニターには見えない。

「××テレビの取材のものです」と岸田氏が言う。

 男性が少し前に出てきたので姿が見えるようになった。ごく普通のおとなしい学生に見えた。

「突然にお伺いして申し訳ございません」と岸田氏が切り出す。とある人からの紹介により皆さんのことを取材させていただきたいのだ、という旨のことを告げてから、こう尋ねる。

「こちらの代表の方とお話しできませんか」

 玄関の青年は(意外にも)愛想の良い声で「少々、お待ちください」と言って、なかへと引っ込んだ。ドアは薄く開かれたままだったので、岸田氏はその隙間に手を伸ばし、少しドアを引いて、中をのぞいた。もちろんモニターでは彼がなにを見たのかはわからない。

 人の出てくる気配がし、岸田氏は体を引いた。

 先ほどとは別の青年がドアから出てきた。それで岸田氏と竹田氏は少し後ろに下がった。青年は後ろ手にドアを閉め、その前に立った。しっかりとした顔つきが、その青年がリーダー的立場の人物だということを感じさせた。

 モニターを眺めていたフェネガンが少し振り向き加減になって手で口元を隠しながらわたしに耳打ちした。

「彼が、彼女の探していた人物だ」

 えっ、ってわたしは思った。彼女って玲奈さんのこと? それ以外には考えられないけど、どういうワケ?

「彼が玲奈さんの弟ってこと?」

 わたしの問いにフェネガンは口元にわずかな微笑みを浮かべつつうなずいた。

 ――確かに似ていた、玲奈さんからもらった写真の人物に。でも写真とはちょっと雰囲気が違う気もした、言われてみなければ当人と気づかぬ程度には。無精髭のせいかな? でも事前に写真を見てて、かつ、その人物がそのアパートにいることを知っていたわたしですら気づかなかったのに……。フェネガンはなんでそれが彼だとわかったんだろ。わたしが玲奈さんの弟の行方を調査してる(実際には姉さんがだけど)ことについてまだなにもフェネガンには話してないよな、ってことを自分の記憶をひっくり返して確かめてみずにいられなかった。頭が混乱する。

 青年は丁寧な口調で、誰から自分たちのことを紹介されたのかと岸田氏に尋ねたが、岸田氏のほうは取材の情報源の秘匿の原則を持ち出してその問いを封じた。そして、同様に皆さんの秘密も厳守するので取材をさせてほしいと彼に申し入れた。

 いったい何の取材なのか、とは彼は尋ねなかった。

「わざわざご足労いただいたのに申し訳ないですが、現段階では取材に応じることはできません。しかし、いずれその時が来ましたら、ぜひとも取材いただきたいと思います。その際にはまっさきにご連絡することをお約束します」

「その時、とは?」

「私たちがしかるべき成果をあげ、それを世に問う準備が整った時です」

「ふむ――」

 岸田氏がどんな顔をしているのか、モニターからではわからない。一方の青年のほうは、穏やかではあったが確固とした意志を感じさせる表情だった。

 あなたがたがテロに関わっているという情報があるのだが――みたいな揺さぶりをかけていくのかな、って思いながらわたしはモニターを眺めてたけど、岸田氏は、それじゃと名刺を青年に渡し、その場を引き上げることにしたようだ。フェネガンの占い(のようなもの)だけを根拠に相手をテロリスト呼ばわりするってのはさすがに無理、なのだな……。

 松下隆志(たかし)、という名だった、って思い出した、唐突に。モニターのなかで彼は岸田氏と竹田氏に頭を下げ、ドアのなかに消えた。

 取材はあっけなく終わった。


「玲奈さんの弟がテロに関わっているということなの?」

 スタッフらが後片付けで忙しく動いているあいだに、わたしは岸田氏がいつも座っているシートにちょこっと腰掛けて、目の前のフェネガンに尋ねた。

 フェネガンはわたしの目を見て、ニヤリとした。

「僕らのメールのやり取りを覚えているかい?」

「ええ、もちろん。えーと、あなたは確か、そこには因果律を超えた繋がりがあるとか書いてたよね?」

「そのとおり」

「つまり、玲奈さんの弟はこの件には直接には関係しない、って意味だとわたしは理解したんだけど」

 フェネガンはさらに笑顔になって、わたしにまっすぐ顔を向けた。

「僕はもっと重要なことをメールに書いたよ」

「えっ……、なんだろ……」

「この問題は君に委ねられるべきであり、君自身が真実を見極める必要があると」

「え、ええ。たしかにそう書いてあった」

 わたしはうなずいてみせた。

「君は学ばないとならない。世界の見方というものを。君は世界の外側にいて、顕微鏡でそれを眺めているってワケじゃないんだ。君は世界の一部だ。もっと言えば、君は世界の中心にいるんだ――特に今回の一件に関しては。君は観察者じゃない。出来事の中心にいるのは君なんだ」

「あなたがなにを言ってるのか、わたしには理解できない」

「今はまだそうだろう。だから、学ぶ必要がある、と言った。心配することはない。君が真実を追い求める限り、そこには答えがある」

「……」

「とにかく、今、君が覚えておくべきことは、この件において中心にいるのは君だ、ということだ」

 わたしはなにも言い返せなかった。カケラほどにも腹落ちしない話だった。フェネガンはそんなわたしを優しい眼差しで見ていた。


 フェネガンは帰国の途についた。

 見送った岸田氏は満足げだった。番組作りに十分な素材が撮れたと考えているようだ。

 番組的には、あのアパートにいる若者らがテロを起こした犯人に違いあるまい、という筋書きになるのだろう。まあ、おそらくオンエアの際には場所や人物が特定できないようにモザイクとか音声処理がされるんだろう。

 なるほどフェネガンの予言したとおり、番組的にはそれでゴール。それでいいのだろう。

 けど事件は解決したわけじゃない。

 わたしにとってここが中間地点、そうフェネガンは予言した。ここ、とは?

 それにわたしがこの件の中心にいる、ってのも謎。まったく意味がわからない。

 現時点の成果は、玲奈さんの弟の居場所が判明した、ってだけ。彼らがテロの犯人だという証拠はないし、フェネガンもそうだとまでは断定しなかった。こっから先、わたしはどうすればいいんだろ。

 まったく謎だらけ……。

 そんなことを思いつつ帰宅。姉さんが居間でわたしを待っていた。

「ほらよ」

 姉さんはわたしに数枚の写真を差し出した。

「結局、テレビの取材陣が呼び出してくれるまで、そいつは一切、表に出てこなかったな」

 そう言う姉さんの声を聞きつつ、わたしは写真を見た。そこには玄関先に出てきたときの松下隆志の上半身が写っていた。望遠で撮ったんだろうけど、表情までよくわかるほど鮮明に撮れている。

「で、どうするよ。その写真を玲奈さんとやらに見せて、このとおり弟さんはご無事ですよ、って報告するかい」

「テロのことには触れずに?」

「だってそれはフェネガンの超能力しか根拠ないんでしょ? なにも知りません、って(てい)でいればいいんじゃね?」

「――そうか、その手があった!」

 わたしはひらめいた。テレビ局に対しては取り付く島のなかった彼らでも、近親者に対してなら多かれ少なかれ気を許してガードを緩めるんじゃなかろうか。ま、やってみないとわからないトコではあるけど、試してみる価値はある。

「何? その手って」

 怪訝そうな声色で姉さんが訊く。

「玲奈さんを連れて一緒にあのアパートに行けばいいんじゃないか、って。うまくいけばなかに入れてもらえるかもしれないし、そうでなくても彼らがあそこでなにをしているのか、探れるかもしれないじゃない」

「ええ? あんたが行くの? テロリスト集団かもしれないってトコに? そりゃあ、やめといたほうがいいっしょ」

「なによ、なにも知りませんって体でいればいいって言ったばかりじゃん」

「んー、それとこれとは話が別」

「心配なら姉さんも一緒に来れば?」

「マジで行くつもりなん? まったくあんたは一度言い出したら人の言うこと聞かねえんだよなあ」

「とにかくわたしは先に進む必要があるの。フェネガンも言ってた。ここがわたしにとって中間地点になるだろうって。それは絶対に当たる予言なんだって。まずはあのアパートの連中がテロの犯人なのかどうかに白黒つけない限り、わたしは先に進めない。テレビ番組はグレーのまま、『謎は深まるばかりである』ってしときゃいいんだろうけど、現実はそうはいかないの」

「しょうがねえなあ。ま、好きにやんなよ。ただしアパートには私も行くよ」

 そうきたか。一緒に来てくれるってのは心強くもあるけど、まったく過保護な姉だなあ。

「ほほぉ、難儀なことよのお」からかうような口調でわたしは言った。

「きさま……、殺す」


 わたしは玲奈にメールを書いた――実はこの数日、フェネガンが来日していたのですが、お約束どおり彼は弟さんのことを再度リーディングしまして、その結果、弟さんの居場所が判明しました。弟さんは元気でおられます。フェネガンはすでに帰国いたしましたけれども、弟さんの居場所については私のほうで承っておりまして、つきましてはそれをお知らせしたいのですが、メールではなく必ず直接にお会いしたうえで現地までご案内するようにという指示が出ております。よろしかったらこの週末にでもご一緒できないでしょうか――みたいな。


 一時間もせずに返信は届いた。


榎本様、

お世話になっております。松下玲奈です。この度はご連絡いただきまして誠にありがとうございます。隆志の居場所が判明したとのこと、大変嬉しく思っています。正直なところ、一刻も早く会いに行きたいと考えております。

榎本様からはこの週末でどうか、というお話を頂戴しましたが、もし貴女のご都合がよろしければ、週末と言わず、明日、明後日でも構いません。仕事は休暇を取りますゆえ。

いつでも都合をつけますので、貴女のご都合のよい中でできるだけ早いタイミングでご案内いただけるとありがたいです。

お返事をお待ちしております。

また、フェネガン様にもくれぐれもよろしくお伝え願います。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

松下玲奈


 明日かぁ。別に予定があるワケじゃないけど、明日は久々にのんびりできるかと思ってたのにな……。ま、でも、どうせなら早いうちに済ませちゃったほうがいいか、たしかに。せっかく玲奈さんもそう言ってるんだから――。

 居間でテレビを見てた姉さんにお伺いを立て、わたしは明日また吉祥寺に行くことを決めた。三日連続だな。

 玲奈とは朝十時半に吉祥寺駅の改札で待ち合わせることにした。


 翌朝、姉さんのチームのスタッフであるヨコさんこと横川氏が迎えに来た。彼は空手の有段者であり、それにふさわしいガタイの持ち主だ。若く見えるけど、歳は姉さんよりか幾分上らしい。なのに姉さんは彼を呼びつけにする。

「今日はヨコと私で付き添うぜ」

 出かける準備を整えて居間に下りたわたしに姉さんは言った。

「でも、いきなし私たちが一緒に玄関に並んでたら、さすがに向こうも何事かと警戒すっだろうから――」

 そこで姉さんは一本のペンを取り出し、私のジャケットの胸ポケットに挿した。

「秘密兵器ってヤツだ――昨日、技術担当の篠田に用意させた。これにはカメラとマイクが仕込まれててな、無線でモニタリングできるんだ。すごいだろ」

 姉さんはテーブルのうえに広げられていたノートパソコンをのぞき込んだ。

「おお、ばっちし、ばっちし。これを使って私たちが近くで見てっから。あんたらになんかあればすぐに玄関のドアを蹴破ってなだれ込む、って寸法で――。だから安心して玲奈さんと二人で行ってきな」

「ありがとう」

 わたしはそう言った。姉さんの配慮は嬉しかった。

「うむ、素直でよろしい」

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