僕の予言も外れることがある
翌朝のフェネガンのホテル部屋に皆が揃った。ロケも三日目というところで、ややまったりとした雰囲気。音声助手の彼女と目が合って、笑顔を交わした。
なんとなしに皆の様子を観察。
昨日もそうだったけど、だいたい皆んな初日から同じような服装をしてる。岸田氏のスカジャンは昨日とは違うものだけど、注意して見てなければ気づけないほどの変化。皆それぞれに自分の制服があるカンジ。そういうわたしも三日間やむなく同じスーツなんだが(もちろんシャツは替えてる)。竹田氏のTシャツの色が今日は赤になってるのが、全体のなかで最も顕著な変化かな。そういや昨日は黄色のTシャツだった。信号かよ。
「たしかにフェネガンさんがリモートビューイングで視たとおりのアパートを見つけました」
内宮氏が報告を始めた。
低いテーブルを挟んだソファは一方がロングサイズで、向かい側は一人掛けのものが二つ並んでる。ロングのほうには三人が座れるが、フェネガンがどっかと座ってしまえば、そのとなりのわたしがいかに身を縮こませても、遠慮して誰も座ろうとはしない。
向かいの二脚には岸田氏と竹田氏が腰掛けている。他の人には座る場所がない。カメラと音声のスタッフはそれぞれの仕事をしているのだから立ったままでも自然だけど。調査報告をする内宮氏だけがしばらく所在なげに立ってて、ノートパソコンの画像をわたしたちに見せ始めたあたりから、結局、テーブルの横の床に膝をつく形になってしまった。
「その建物の103号室が怪しいとにらみました。その経緯です」
ノートパソコンに動画が映し出された。妙な感じに見えるのは、暗いところで撮影した映像を画像処理で鮮明に見えるように加工しているせいだろう。画像のなかのアパートのドアのひとつから、二人の若者が出てきた。彼らは連れ立って歩き出した。
「我々は深夜まで建物の出入りを監視しました。その間、出て行ったのはこの二人だけです。竹田さんが部屋の監視を続け、僕がこの二人を尾行しました」
内宮氏はパソコンを操作し、映像が切り替わった。商店街の風景。三軒ほどの店舗が並んでいるところを大通りの向かい側から撮影した、ってカンジ。
「二人はこの弁当屋に入りました。なかにいるのが見えると思います。僕は確認のために店内に入りました」
画像の中央の店は、たしかによく見かける弁当惣菜のチェーン店だった。そこに内宮氏らしき人物が入ってゆくのが映る。カメラマンは通りの反対側に残ったということだ、そりゃカメラ構えて店のなかまでついていくワケにはいくまい。
内宮氏が入ったあと、画像がズームして店のガラス越しに内部をとらえようとするけども、ガラスの壁に貼られたポスターだとかがジャマをしてあんまりはっきりと様子がわからない。四、五人の客がそこにいることくらいしか。
「彼らは七つの弁当と、その他に惣菜をいくつかと飲み物を購入しました。そしてその後、アパートに戻ったのです」
「つまり、その部屋には七人もの人間がいる、というわけだな」
岸田氏がそう口を挟んだ。
「そういうことです」と内宮氏。
わたしの通訳を聞いてフェネガンも大きくうなずいた。
「その後は部屋への出入りはありませんでした」内宮氏は続ける。「部屋の明かりは深夜近くになってもついたままでした」
そこで内宮氏はひと呼吸おいた。
「これではラチが開かないので、我々はなんとか部屋のなかの様子を少しでも撮れないか、あるいは中の物音だけでも録れないかと周囲を探ったのですが……」
「そこでちょっとした事件が起きました」
そう竹田氏が話を継いだ。
内宮氏はうなずいてパソコンを操作した。
再び画像は切り替わった。パソコンの小さなスピーカーから聞こえる音はチープなのですぐにはわからなかったのだけど、それはわたしにとってはおなじみの音だった。
ドロドロドロ――。カメラの映像が揺れ、それから狭い道路をまっすぐ彼らのほうに突っ込んでくる大型バイクのヘッドライトが画面に映った。動揺するかのように映像は再び大きく揺れる。バイクは彼らの手前、ギリギリのところでキュッと横向きになって停まった。
音からしてそんなにスピードは出してないな、とわたしは思った。そのバイクにまたがる人物が姉さんであることを確かめるべく、わたしも画面を見つめた――まあ、間違いなく姉さんだろうってその時点でわかってたけど。
映像を撮影している人物らが慌ててバイクと反対方向に足を向けたのがわかった。ブォーンとエンジンがひと唸りして、彼らが逃れようとしてた方向へとバイクが追い越していく、その姿をカメラは捉えていた――やっぱ、姉さんだ――その黒のライダースーツ姿はまぎれもなくわたしには見慣れたものだった。
再びバイクは彼らの行方を阻んだ。次の瞬間、カメラの映像は大きく揺れだし、もはやなにが映ってるのかもわからなくなった。つまり、カメラを手に全速力で逃げ出したんだろう。カメラマンさんの激しい息遣いだけがしっかり記録されてた。もうバイクの音はしてないから、姉さんはそれ以上は追わなかったようだ。
やれやれ。
「こんな具合に謎のバイクの女性ライダーに追いかけられたのです」と内宮氏。
「おそらく彼らの用心棒でしょうね」と竹田氏。
「我々はこれ以上の調査は危険であると判断し、監視を中止しました」
内宮氏はそう締めくくった。パソコンの映像も停止した。
あぁ、姉さん……。まったくなに考えてんの――わたしはうつむいておでこに手を当てた。皆の目がなければ両手で頭を抱えてるトコだろう。もちろん「すいません、それ、わたしの姉です」などとは口が裂けても言えないし。
皆、一様に黙り込んだってワケ。
しばらくして岸田氏が口を開いた。
「フェネガンさん、いかがですか。この人物らがテロ実行犯ということになりますかね」
フェネガンは首を少しひねり、考える顔つきとなった。
「なんらかの関係を持っていると見ていいだろうな」
そう彼は言った。
岸田氏はうなずいたあと、両手を頭のうしろに組んで少しなにかを思い浮かべる顔になってから、再び口を開いた。
「今の映像だけでも面白いが、もうひと押し、欲しいな」
わたしたちは再び吉祥寺に向かった。
正面切って取材を申し込んでみよう、というミもフタもない作戦をとることになったのだった。
「昼間ならバイクの用心棒に襲われることもないだろうしな」と岸田氏は言った。「当然、取材は断られるだろうけど、その様子だけ撮れりゃいいだろ。怪しいヤツらがいました、追い払われました、あとは警察に委ねます、オシマイ。ってとこかな」
フェネガンが同行する必要はもうないのでは、って話もでたけど、彼は同行したがった。夕方の便で帰国の途につく予定なので昼過ぎに成田へと向かうまでは時間がある。
車に揺られながら、わたしは姉さんにLINEした。
「ちょっとなんなの! なに取材の人たちビビらせてんの」
少し経って返信が来る。
「ごめん、ヒマだったからちょっとからかってみた」
わたしはすぐに返事をうつ。「まったく何考えてんの。用心棒だと思われてるよ」
「ワハハ、監視するのにチョイ邪魔くさかったんでよ。気が散るんだわ、うろちょろされてると。ま、でも彼らにも徹夜しない理由ができてよかったっしょ」
姉さんに反省の色はゼロだ。まあ、あるわけないか。
「わたしたち今からまたあのアパートに行くんだけど」
「あ、そう。んじゃ私はおとなしくしてるよ」
103号室を訪問するのは岸田氏と竹田氏。少し離れた位置に隠れたカメラさんがその様子を捉える。フェネガンと内宮氏はロケ車のなかでその映像をモニタリングする。もちろんわたしはフェネガンのとなりで通訳をする。フェネガンがモニターを眺める様子は別のカメラが収める。そういう布陣でコトに臨むこととなった。なんとなく、ユーチューブで見たあの古いTV番組を思い起こした。フェネガンがエクソシストになってたヤツ。
近隣のパーキングにロケ車を停め、皆が準備に余念のないあいだ、座りっぱで尻が痛くなったとフェネガンが言い出した。そこで彼とわたしは現場付近をブラブラとすることになった。例のアパートには近寄らないようにと岸田氏にクギを刺された。
「ま、遠くから見るぶんには構わんだろう」
そうフェネガンは言った。
密集した住宅の連なる生活道路をゆっくりと歩き、アパートの前の通りまで行った。どこも狭い一方通行の道ばかりだった。その通りに入る十字路のところでフェネガンは足を止めた。ふと前方を見ると、すぐ斜め前に赤い壁の家があった。ああ、これがフェネガンのリモートビューイングに出てきた家だ、って思った。想像していたよりか、ずっとくすんだ赤い色だった。それが何色かと問われれば「赤」としか答えようがないけど、「赤い壁の家」というキーワードで探そうとすると、ちょっと見落としちゃいそうだな、ってカンジ。
わたしのスマホにLINEメッセージの着信があって、見ると姉さんからの「お、来たな」というヒトコトだった。わたしはあたりを見回したけど、姉さんがどこにいるのかまったくわからなかった。
そもそも肝心のアパートがどこにあるのかもわたしたちのいる位置からは判然としなかったけど、フェネガンはそれ以上足を進めようとはしなかった。彼はただ少しだけ愉快そうな顔つきで前方を眺めてた。
「岸田サンはここで欲しかったものを手に入れ、そして君はひとつの回答を得るだろう。だがそれは君にとって冒険の中間地点を意味するにすぎない」
突然のセリフに驚いてわたしはフェネガンの顔を見た。
「えっ? それはどういう意味?」
フェネガンもわたしを見返した。
「言ったとおりの意味さ。岸田サンにとってここはゴールかもしれないが、君にとってはそうではない。それからもうひとつ。僕が君を案内できるのはここまでだ。ここから先は君自身の力で先に進まないとならない」
わたしはただ困惑する。フェネガンはいったいなにを言ってるの? わたしの冒険ってどういうこと? わたしはただフェネガンの依頼で通訳をやってる――いや、それは微妙に表向きの話ではあるけれど――だけなのに。そうじゃないってことをフェネガンは見抜いていたということなワケ?
考えがまとまらないままにわたしは口を開く。
「それは――、あなたの……予言ってヤツなのかしら」
「そうさ、全米ナンバーワン・サイキック、ローランド・フェネガンの決して外れることのない予言だ――。いいかい、僕の予言も時には外れることがある。それはその予言に外れる必要があるからなんだ。別な言い方をすれば、当たるか外れるかに関わらず僕が口にする予言は常に『口にすべきこと』なんだ。僕は常に『言葉にされるべきこと』を口にしているんだよ。それが現実になろうがなるまいが、そんなことは実にどうでもいいことなんだ――しかも、それを口にするとき僕にはそれが当たるかどうかは大概わかってしまうんだな。そいつを口にしながら僕は、『これは起こるな』とか『ああ、これは外れるな』というのを腹で感じている――。とにかく僕は、言うべきことをきちんと口にする、という点だけで神の信頼を勝ち得ているのさ。その信頼を失えば、僕の能力も失われる。言うべきことを伝える、それが神から特別な才能を与えられた者の義務なんだ。だから時には当たらない予言を口にしなければならないこともある。それが伝えられるべきときであれば」
「……それで、さっきの予言は――当たるものなの?」
「イエス」
「……わかった、ありがとう」
――んーん、わからないけど。
そう返す以外にわたしは言葉を見つけられなかったの。
「どういたしまして――。さあ、ここでなにが起きるかを観察しようじゃないか。車に戻ろう」
わたしが得るという、ひとつの回答。それがなんなのかフェネガンに訊いてみたくもあったけど、どうせすぐにわかることになるんだろうからと思って実行に移さなかった。それにおそらく、フェネガン自身もそれがなんなのかという問いに対する答えは持っていないだろう。
もうわたしはフェネガンの言葉を疑いはしなかった。彼の語っている言葉が真実だってことを、わたしも腹で直接に感じてたんだ――。