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わたし氏、脳ミソのリミッターが発動

「井の頭公園の近くまで来た」

 というわたしからのLINEに、姉さんは「フフフ、ここまで来れるかな」と返してきた。

「ダメ。その場所がどこなのかは言わないで」

 わたしはそう返信。

「そう? ヒントあげよーか?」

「いらないって。目的地が同じとは限らないでしょ」

 少し間をおいてから、姉さんの返信。

「さいたまから井の頭公園まで来ておいて別々の場所ってことはないんじゃね?」

 まあ、たしかになあ、とわたしも思った。目的地が違ってほしいというのはわたしの願望かも。

 けど、ここまで来れたのが疑惑どおりにフェネガンがわたしの反応を読んでのことだったなら、最終目的地をわたしが知らない以上、これ以上先には辿り着きようがない。

 フェネガンはさっきからリモートビューイングで犯行後の犯人が行った先のイメージをつかむべく瞑想を続けている。

 そっとわたしがスマホをしまうと、まるでそれが合図だったみたいにフェネガンは目を開いた。ジェスチャーで岸田氏になにか書くものを要求する。すぐにスケッチブックとマジックペンが手渡された。そういうものも当然のごとく用意されてたみたい。

 フェネガンがそれを描きあげるのに一分もかからなかった。

 見れば、ごく簡単な図がスケッチブックに描かれている。

 左上にWoods<森>とあり、そこから少し真ん中寄りに家のマークが描かれてて矢印でHouse w/ red walls<赤い壁の家>と記されている。その右側、図を左右に二分するように道路を示す二本線が縦にひかれ、そのさらに右側、図全体から見て中段あたりにApartment house<アパート>と書かれた星印つきの建物、そこから道を挟んで斜め左下に樹の絵が二つ並んでて、Twin big treesとあった。

「ここが犯人の帰っていった場所だ」

 星印の建物を指さしてフェネガンは言った。カメラマンが寄ったんで、彼はスケッチブックをカメラに向けて構えてみせた。

 んー、と岸田氏は唸った。

 すこし考える様子をみせてから岸田氏は「これは住宅地のなかですかね?」と尋ねた。

 フェネガンはうなずいた。

「そうだ。この近辺の住宅地だ。そのなかの目印となるものだけを書いたんだ。赤い壁の家と、二本の大きな樹、それから森だ。それらからほど近いところに犯人のアパートがある」

「この赤い家と二本の樹は同じブロックにあるということですか?」

 その岸田氏の問いにフェネガンは少しだけムッとしたように、「そうだ。道は続いていて、途中でクロスしていない。つまり同じブロックにあると考えてほしい」と返した。

「この条件に一致する場所を探すしかないな」

 そう岸田氏は言った。

 はたしてこれが玲奈さんの弟のいる場所――今まさに姉さんが張り込んでる――を示しているんだろうか。だとしたらフェネガンはどのようにしてそれを「視る」ことができたんだろ。リモートビューイング? そんなことが実際にできるんだろうか……。

 結果次第だな、とわたしは思った。今の段階でそれを考えたところで仕方ない。

 皆がロケ車からぞろぞろと降りた。

 車は井の頭公園駅というちっちゃな駅にほど近いコインパーキングに停められていた。周囲はごく普通の住宅街だ。

「うひゃあ、なんのとっかかりもなさそうっすねぇ」と内宮氏。

「森なんてなさそうすけど」と竹田氏がわたしのほうを向いて言った。

「『森』と訳しましたけど、"woods"なんで、ごくちっちゃな林でも該当すると思います。でもたぶん、井の頭公園の緑のことじゃないですかね、わかりませんけど」

 そうわたしは返した。

「このあたりはぐるっと公園に囲まれてる地形だから、森はあんまりアテにはならんな」

 岸田氏が地図を見ながら言った。そして続ける。

「赤い壁の家を探したほうがいいだろう」

 言いながら岸田氏は手元の地図になにかを書き込んだ。

「ウッチはこのエリア、ダータケはこっちな」

 岸田氏が指示すると二人のADはそれぞれにその地図を自分のスマホのカメラで写し、すぐに散らばっていった。

「では我々も散歩しましょうか」

 フェネガンは岸田氏に言った。


 並んで歩くふたりのあいだの少し後ろをわたしがついてゆくカンジ。さらにそのまわりをカメラと音声さんとが取り囲む。必然的にゆっくりとした歩みとなった。

 十分ほど住宅街のなかを進むと、公園に辿り着いた。

 フェネガンはそのまま公園に足を踏み入れる。大きな池のまわりに沿った歩道を進む形になった。これじゃ本当に散歩してるだけだ。

「今回の来日での私の仕事は、ほぼ終わったと言えるだろう。あとは君のスタッフが犯人の拠点を探し出し、日本の警察に引き渡すだけだ」

 歩きながらフェネガンは岸田氏にそう言った。どうやら自分でその場所を探すつもりは毛頭ないっぽい。

「残念だけど、証拠がないと警察は動いてくれないんですよ。当然、ウチから報告はするけども、参考情報程度にしか扱われないでしょうね。あとは拠点らしきものが見つかってそれらしい画が撮れさえすれば、番組としては成功でしょう。視聴者の関心がオンエアまで保ってくれりゃいいんだけど」

 岸田氏はそう返した。つか、オンエアまでに警察が真犯人を捕まえちゃわないかどうかのほうが気がかりなんじゃね、ってわたしは内心に思ったが。

「日本の警察は相変わらず頭が硬いな。オンエアを観た視聴者が警察を動かしてくれることを期待しよう」とフェネガン。

「そうすね」

 そこでフェネガンは大きなアクビをひとつしてから続けた。

「まだ時差ボケでね。車のなかで休ませてもらっていいかな」

 思わずわたしもアクビ出そうになって、なんとか噛み殺した。


「姉さんの現場の向かいのブロックに赤い壁の家、ある?」

 フェネガンがリクライニングにして寝てる座席のうしろでわたしは姉さんにLINEした。少しして返事が来る。

「おお、あるな。それがどうしたん?」

「同じブロックの逆側に二本の大きな樹は?」

 質問には回答せずにわたしは別の質問を送った。

「それもあるよ。場所、わかったん?」

「いや、まだ。フェネガンがリモートビューイングで見た結果がそれだったってだけ」

「へえ、すごいね。当たってんじゃん」

 それに返信しようと思ったけど、うまく言葉が見つからなかった。

 それらが当たってたっつうことは、フェネガンは別にわたしの心を読んでたわけじゃなくて、本当に犯行時の犯人の動きを透視していたってことか。そして犯人は玲奈さんの弟がいるのと同じ場所に帰った、と。でも弟の件はテロに直接の関係はないって話だったじゃん。どういうことなのよ……。

 わたしは今回の出来事を振り返って考え直してみた。

 フェネガンにはリアルに超能力があり、実際にテロを予知していた。そう結論づけざるをえない。ここまで目の前にいろいろ突きつけられれば、わたしとしてもそう信じざるをえない。まあ、それはいいとして。

 わたしの見た、あの夢は?

 わたしにも予知能力がある、ってワケ?

 怖っ。

 それもフェネガンの影響なの? 戸田公園駅でフェネガンが言ったように、あくまで一時的なものならいいけど……。

 自分の脳ミソの許容能力を超えた範囲のことを無理に考えようとしてたせいか、脳のリミッターが作動したみたい。わたしはウトウトしてしまってた、いつのまにか。あるいは知らぬうちにわたしにも疲れが溜まっていたのかも。岸田氏が車に戻ってきた気配でわたしはハッと目を覚ました。すでに周囲は薄暗くなっている。

 岸田氏がドアを開けたので、フェネガンも目を覚ました。

「一部のスタッフに捜索を継続させますんで、我々は撤収しましょう」

 岸田氏がそう言うと、フェネガンは間延びした口調で「オーケイ」と返事した。

 そしてすぐに眠りに戻ったようだ。

 姉さんから場所を聞いてそれを教えてあげれば可哀想なADさんたちが捜索を続ける手間ははぶけるワケだけど、ただの通訳であるわたしにそれをする義務もないし、だいたいそんなことしちゃったら、なんでわたしがそれを知ってるんか、って話になっちゃう。んなのは選択肢にもならんワケで。ADさんらに頑張ってもらうしかない。はたして見つけられんのかなぁ……?

「まだ張り込んでるの?」

 わたしは姉さんにLINEで訊いてみる。

「んー、なかなか動きがないねぇ。中に人がいるのは確かなんだけど」

「フェネガンとわたしはもう引き揚げる。ADさんたちだけ捜索を続けるみたい」

「なんだよー、こんな簡単な場所も見つけられんの? トーシロだなあ」

「まあ、実際、トーシロですし。それじゃ、張り込みご苦労様でございます」

「チッ」

 わたしはスマホをしまった。そのタイミングで、隣に音声助手の女性が乗り込んできて、わたしに「お疲れ様です」と軽く頭を下げた。わたしも愛想よくおじぎし返した。同じくらいの歳に見えるその彼女はずっともう一台のほうのロケ車に乗ってたのでこれまで接触の機会がなかった。

 前を見ると、これまでわたしのとなりに座ってた音声の人が運転席に座ってた。どうやらADとカメラの人たちだけ現場に残るっぽい。五人が乗り込んだ時点で車は発進した。

 フェネガンはイビキをかき始めた。

 となりの彼女とわたしはなんとなしに世間話をし始めた。訊くとやっぱりわたしと同い年だそうだ。だんだんと話が盛り上がった。今のわたしの周りには同世代の人がいないんで、こう気兼ねなくたわいない話をするのも久々だ。なんかこういうのも重要よね、って思っちゃった。

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