ダウジングが指し示した先は
「ロケ弁の写真、撮っといて」
姉さんから謎のLINEが届いてた。
パーキングに停めたままのワゴン車のなかで、皆、黙々と食事を食べ始めてる。見ると、ハンバーガーなのはフェネガンとわたしだけ。斜め前にいる岸田氏の手元には、ごく普通のコンビニ弁当があった。となりの音声さんが食べてるのも同じ。
「みなさん、お弁当なんですね」
わたしは岸田氏にそう声をかけてみた。
彼は振り向いてうなずいた。
「まあ、なんとなくそういう慣習のようなものがありまして――普段はコンビニのじゃないんですけど」
そう言ってから岸田氏はすこし間をおいて、こう続ける。
「ご存知かもしれませんが、フェネガンさんはランチはハンバーガーと決まっているようでして。まぁ、ちょっと、これに至るまでにはいろいろと」
フェネガンはとなりで交わされている(日本語の)会話に興味がありそうだったので、わたしは(英語で)彼に訊いてみた。
「ホントなの? 岸田さんはあなたがランチにはハンバーガー以外のものを食べないって言ってるけど」
フェネガンはニヤとして答えた。
「そんなことないよ。ハンバーガーは好きだけど、それしか食べないってわけじゃない。ただ、弁当はダメだ。出来立てだったらいいんだけど、冷たくなったライスだとか、電子レンジで加熱したものはダメなんだ。あぁ、電子レンジは本当にダメ。手に持っただけでわかるんだよ、これは体が受け付けないって。ああいうのを我慢して食べると、半日は全身が重くなってしまう。まあ、僕も学んだわけさ、何度も日本のテレビに出るうちにね。ハンバーガーを頼んでおけば無難だってことをさ。もちろんバーガーショップのものに限るけどね。以前はピザも許容してたんだが、前にレンチンされたヤツに遭遇してね」
岸田氏がわたしを見ているので、こう伝えた。
「ハンバーガーじゃなくても、冷たくなくて電子レンジで温めたものでなければオーケーらしいですよ」
「以前そう聞いて、仕出しのなら大丈夫だろうと思って用意してたのを全然食べてくれなかったことがあって、結局、ADをハンバーガー屋に走らせたんだよね」
わたしがそれをフェネガンに訳して伝えたら、
「ああ、あれはヒドかった。あれを出されたとき、悪意の塊を目の前にしたような気がしたよ。悪いけど――手がつけられなかった」
と返ってきた。なるほど、わからんけど、わかった。現在の状況にいたったことには納得。
「美希サン、食べるものには注意したほうがいいぞ。自分のカラダに取り込むモノなのだからな。君のカラダもココロも、食べるものから大きく影響を受ける」
そう言いながらフェネガンは手元のドリンクのストローをくわえた。
「ローランド、あなたの飲んでいるものはナニ?」
わたしは訊いてみた。
「コーラだよ。日本のコーラは美味しいよね」
ランチのあと、フェネガンは少し昼寝をした。その隙に姉さんにLINEの返信。
「フェネガンは弁当がダメなんだって。だから残念ながら写真もナシ。ちな普通のモスバーガーだった」
すぐに「ちぇっ」ってヒトコトが返ってきた。
十分かそこらでフェネガンは目を覚まし、「じゃあ、再開しよう」と宣言した。
皆がのろのろと座席に座り直す。カメラマンはフェネガンに向けてカメラを構えた。
「プランは?」岸田氏が尋ねる。
「それを考えていたのだが」フェネガンは言う。「ダウジングで犯行後の犯人の行方を探ろうと思う」
岸田氏に異論は無いようだった。フェネガンは続けた。
「地図を用意してほしい。できるだけサイズの大きなものがいい。まずは大まかに足取りを追うので、ある程度、広範囲な縮尺のものが必要だ」
岸田氏は運転席のほうに身を乗り出して、竹田氏に何事かを指示した。ADは運転席のドアを開けて出ていった。その姿を窓の外に目で追うと、彼はもう一台のワゴン車のところに行き、しばらくバックドアのところでごそごそとやっていた。それから大きな紙をかかえて戻ってくる。
その間に岸田氏は車内にフェネガンの作業スペースを準備していた。いつものことなのか、慣れた手つきだ。車内の中央に小さなテーブルのようなものが広げられた状態、って言えば伝わるかな。
そのうえに地図が広げられた。埼玉県の地図。ちゃんと英語版だ。スタッフはフェネガンにどんなものが必要になるのかキチンと理解したうえであらかじめ準備しているんだってことを認識。スゴいなあ。
「予言しておこう。これからの三十分は、オンエアの際には一分未満に短縮されることになるよ」
フェネガンはカメラに向かってそう言った。軽いジョークって調子で。
彼は例の水晶のペンダントを取り出した。それを手に、目を閉じて、精神を集中させるかに深呼吸を数回。わたしたちは邪魔しないように静かに見守る。
迷うことなく彼は武蔵浦和駅のうえに水晶を垂らした(横から見ていたわたしはドコにあるかわかってなかったんだけど)。その手の動きは止まった。水晶だけが小さく揺れている。皆が注目する。
しばらくしてフェネガンはつぶやいた。
「犯人はここで別の電車に乗り換え、西に向かった」
わたしは皆のために小さな声でそれを訳した。
フェネガンの水晶は地図上の線路を辿っていった。武蔵野線、か。次の駅まで移動して彼の手は止まる。なにかを待つ。ふたたび水晶は線路を辿りだす。
その繰り返し。
十分くらいで水晶は埼玉県から東京都内に出た。岸田氏が指示して今度は東京都の地図が用意された。その差し替えの際、フェネガンは再び深呼吸をして精神を集中させた。
武蔵野線ってのは、首都圏を大きく取り囲むように東京・埼玉・千葉を環状に繋いでいる路線。武蔵浦和からしばらくは西に進むが、埼玉から都内へと進むに従って南北に延びる形になる。今、水晶はその線に沿って都内の西部を南下している。
その動きに変化があったのは西国分寺駅だった。フェネガンは無言のままだったけど、水晶は武蔵野線を離れて、今度は中央線を都心のほうに向けて辿り始めた。
――そういや、今朝、姉さんは吉祥寺に行くつうてたな。玲奈さんの弟が見つかったらしいことの確認をするため……。そんなことを思い出しつつわたしはフェネガンの水晶の行方を見守っていた。
だから、というか、水晶が吉祥寺駅のうえで止まって動かなくなったのを見たときには、なんとも微妙な感情におそわれた。なんか、やっぱりフェネガンは単にワタシの心を読んでいるだけなんじゃないか、という疑念……。
「少し休みたい。そのあいだにここに移動しよう」
フェネガンはそう言って、地図上の吉祥寺駅を指さした。
すぐに二台のワゴン車は移動を開始した。
フェネガンが座席をリクライニングにしたので、必然的にわたしも深く腰掛けて背もたれに寄りかかる。フェネガンは寝てるみたい。
わたしはスマホを取り出した。姉さんにLINEする。
「今、どこ?」
少しして返信がある。
「現場。張り込み中」
わたしはさらに返信。
「なんだかわたしたちも吉祥寺に行くことになった。今、ロケ車で向かってるトコ」
すぐに返信がある。
「ほええ、どういう成り行きなん?」
こちらもすぐに返信。
「フェネガンがダウジングして犯人の足取りを追ったら、そこに辿り着いた。でも微妙な気がする」
わたしが吉祥寺のことを意識していたから、フェネガンがそれを感じ取ったので水晶がそこで止まったんじゃないか、という疑惑。それを文章で伝えるのは難しく、「微妙」としか書けなかった。
返事はすぐに来ない。その微妙なところをどう説明しようかと迷ってるうちに姉さんの返信が届いた。
「つうことは最初に美希がにらんだとおり玲奈弟が犯行に関わっているってことね」
ああ、そうだった。わたしはもう、なんとなくそのことを忘れてた。フェネガンも「直接には関係しない」と言うし、なんだかはわからないけど、そこにヒントがあるような気がしていただけ。フェネガン的に言えば「因果律を超えた関係」ってヤツ?
「いや、どうかな。微妙、あとで説明する」
「ふーん、了解」
「ちなみに姉さんの現場はどのあたり?」
「駅からいうと井の頭公園の池の真ん中を突っ切って少し行った辺」
「フェネガンはまだ吉祥寺駅としか言ってないから、場所がわかったらまた連絡するね」
「OK。こっちも動くときは報告する」
わたしはスマホをしまった。
車は大きな橋を渡ってるところだった。片側四車線もあるトコの一番右側を走ってた。そのさらに右側には高速道路が並走してた。見てると、橋の途中に東京都に入ることを示す標識があった。
橋を越えたあたりでフェネガンが起きあがった。すぐに座席のリクライニングを戻したので、わたしも椅子に浅く腰掛け直した。背筋を伸ばす。
フェネガンは岸田氏に、「吉祥寺周辺の詳細な地図が欲しい」と言った。岸田氏のほうではもう準備をしていたようで、すぐにテーブルにそれが広げられた。
「どこか適当なところで車を停めてくれ」とフェネガン。
ちょうど左手前方にあったファミレスの駐車場で車はウインカを出した。後続の一台も続く。
ロケ車が停止すると、岸田氏は二人のADにカメラと音声の助手をつれてこのファミレスでお茶してこいと指示した。彼らは連れ立って店に入っていった。なるほどそれなら無断駐車していることにはならない。
フェネガンはさっきと同じように精神集中をしてから地図に水晶を垂らした。
水晶は吉祥寺駅を中心に小さく円を描くように動かされた。その円の半径をだんだんと広げてゆくようにしてフェネガンは場所を探っている。何度かその手の動きが止まったけど、そのたびに彼は小さく首をかしげ、さらに水晶を持つ手を進めていった。
駅から同心円状に走査範囲が広がってゆく。その様子を見ながら、わたしはさっき姉さんが張り込んでいる現場の位置を聞いてしまったのは失敗だったか、と気づいた。わたしがその場所を知りさえしなければ、フェネガンがわたしの心を読んだんじゃないかと疑う必要もないワケだから。けど水晶の示す場所が姉さんの現場と違いさえすれば、どのみち疑念は解消される。
そんなわたしの思いと裏腹に、というか、案の定というべきか、フェネガンの手が止まったのはやはり井の頭公園の南っ側のあたり、つまり姉さんが言ってた場所だった。
あるいは水晶がその場所に来たときに、自分でもわからないくらい微かにわたしが反応してしまって、フェネガンがするどくそれを捉えてしまうのかもしれない。わたしが目をつむっていればよかったのかも。もはや後の祭りだけど。もしかしたら、ここまでの調査だって全部同じことで、わたしが反応してしまうのをフェネガンが感じ取っていただけなのかも――こないだのリーディングのときに目の前のクライアントの反応からいろいろなことを読み取っていたように、今日のフェネガンは(意図的かどうかは別として)わたしの反応から全てを読み取っていただけ。ああ、そうだ、そうに違いないよ……。
なんだか皆に悪いことをしてしまっている気がしてきた……。でも、わたしのせいじゃない。わたしが悪いワケじゃないからな。