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通勤快速はすべて20番ホームから

 あぁ、せっかくの新しいスーツが汚れちゃった……。

「落ち着いたかい?」

 フェネガンがわたしの背に手を回し、優しい声で訊いた。わたしはただうなずく。

 彼とわたしは戸田公園駅のホームのベンチに並んで腰掛けていた。スタッフの皆がそれを取り囲んでいる状態。もちろんカメラは依然として回ってる。恥ずかしいところを撮られちまったなぁ。

「彼女に起きたことを説明しよう」

 カメラに向かってフェネガンは言った。それをわたしが通訳するのも微妙っちゃ微妙だけど、開き直って――もとい、プロらしく仕事する。

「私のサイキック・パワーが強過ぎて、私が見たヴィジョンを彼女はダイレクトに受け取ってしまったのだ」

 カメラマンのとなりに立っていた岸田氏は「なるほど」とうなずいた。

「彼女はつい先日も三日間にわたり私のリーディングの通訳をしてくれている。そのため私からの精神的な影響を受けやすい状態になっているんだ。そういうことはよくあるんだ。強いエネルギーを浴び続けることになるからね。だが一時的なものなので心配はいらないよ」

 最後のセリフはわたし個人に向けられたものだったのだろうけど、そのまま訳した。

「榎本さんに質問していいですか?」

 岸田氏が訊いてきた。わたしはフェネガンをチラと見やってから、「どうぞ」と答えた。こうなってしまったからにはもうなんでも訊いてくださいませ。カメラがわたしに向けられたのが視界には入っていたけど、努めてそっちを見ないようにする。

「あの、さっき倒れたとき、榎本さんにはどのような光景が見えていたのでしょうか?」

「女の人が火に包まれてました」

「それはどんな人でしたか」

 わたしは、一瞬、どう答えたものかなと思ったが、ストレートに言うことにした。

「わたしよりはひとまわりばかり年上で、身長は155センチくらい。履いてたヒールによっては背はもっと低いかもしれません。丸顔で少し太め、髪はセミロングのソバージュ。ロング丈のカーディガンを着てました」

「ほお」

 岸田氏は顎に手を当てた。AD竹田氏がそのとなりに寄って、手にした資料を指さしながら岸田氏に小声で言うのが聞こえた。

「年齢は確かに……。丸顔も間違いないですね。その他は情報がないです」

「後でウラとっとけよ」

 岸田氏も小声で返した。

 わたしもフェネガンに向けてささやいた。

「彼らはわたしの見たヴィジョンの女性が被害者の特徴と一致するかどうかの検証をするつもりのようです」

「ま、それが彼らの仕事だからね」

 そう返してフェネガンは軽く肩をすくめた。それから、ひと呼吸おいてわたしにこう尋ねる。

「で、どうする? 気分がすぐれないのなら今日は無理に続ける必要はない」

「えっ、いいえ、わたしはもう全然オーケーです。ご心配かけてすいませんでした。通訳を続けます」

 フェネガンはベンチから立ち上がり、「では調査を再開しよう。次に我々は、ここから遡る形に犯人の足跡を辿ろうと思う」と言った。わたしも立ち上がって、皆に頭を下げてから、フェネガンの言葉を訳して伝えた。


 わたしたちは川越行きの快速に乗った。車内は空席が目立ったがフェネガンは座席に腰掛けることはなく、さっきと同じようにドアとドアの間に立った。目を閉じている。わたしは小さく息をついて、窓の外を流れる景色に再び目をやった。

 武蔵浦和に停車したがフェネガンには動きがない。わたしたちとしてはそれを見守る以外にない。そのまま電車は走り出す。

 次の停車駅でも彼は微動だにしなかった。ドアが閉まる。

 わたしの眺めている窓の外の風景が急に都心のようなオフィス街っぽいものに変わったな、と思ったら、ほどなく高架は地面に近づき始めた。そして電車はどんどん下っていって、そのままずんずん地下へと進んだ。わたしはあの夢のなかで逆に電車が地下から一気に高架へとのぼって行ったことを思い出してた。

 大宮駅の地下ホームで電車が停止すると、フェネガンは目を開いた。

「降りよう」

 わたしたちはホームへと出た。フェネガンはきょろきょろと周囲を見回して、番線の数字の書かれた表示板に目をとめた。そこには「21」とあった。

「確認してくれ。事件の起きた電車は20番線からの出発だったかどうかを」

 珍しくやや興奮気味にフェネガンはそう尋ねた。内宮氏は資料をめくったけど、どうやらそこには答えがなかったようで、彼はどこかに走ってった。たぶん駅員に訊きに行ったんだろう。

「私のヴィジョンには20という数字が強く出ていたんだ。だがその数字がなにを意味するのかがわからなかった。実際にここまで来てみてようやくそれがわかったんだ。まさか20が番線の数字だとは考えてもみなかったんだよ。そんなにたくさんのホームがある駅があるとは思わなかった、東京や新宿以外に」

 内宮氏が走って戻ってきた。

「新宿方面行きの通勤快速はすべて20番ホームからだそうです」息を切らせてそう報告する。

「やはりな。もうひとつ確認したい。犯人が乗った可能性のある駅のなかで、ここ以外に地下にホームのあるところはあるか?」

 今度は竹田氏がスマホで確認した。「ホームが地下なのは、ここ、大宮だけです」

 それを聞いてフェネガンは満足そうにうなずいた。

「間違いない。私のヴィジョンと一致する。犯人はここから電車に乗り込んだのだ、混雑にまぎれてな。今は人が少ないが、朝にはこの広いホームに人が溢れるほどだろう。混雑で人がすれ違うのさえ困難なのが感じられるんだ。キャリーバッグを持って歩いていても、その姿はカメラに映らないかもしれない。あるいは犯人はカメラがどこに設置されているかを把握していて、人混みを利用して自分の手元が映らないようにできた」

「とすると、犯人はやはり武蔵浦和で降りたということになりますかね」と岸田氏。

「そうだ。彼はここ大宮で例の電車に乗り込み、武蔵浦和で降りた」

「犯人はどのようにして大宮まで来て、武蔵浦和で降りたあとどこへ向かったのか、それが問題になりますね」

「そのとおり。犯行の日、犯人はこの駅の改札を通って、この20番線のホームに来た。おそらく犯行前日にこの近辺までやってきて、どこかに宿泊したのだろう。近くの宿泊施設をあたれば目撃情報が得られるはずだ」

「人手が要りますね。この近辺にはホテルだけでも少なくなさそうだし、ネカフェなんかを含めりゃ相当な数になる。そのセンを追うとしたら、後日だな」

 わたしが岸田氏のそのセリフを伝えるとフェネガンはうなずいて言った。

「車に戻ろう。落ち着けるところで更なるヴィジョンを掴みたい」

 皆がぞろぞろと移動を始めた。わたしはあらためて周囲をぐるりと見まわし、大きく息をついた。ホームが地下なのがここだけだっつうからには、わたしが夢のなかで電車に乗ったのもココってことか。カオスのようにごった返してたあのホームと目の前の閑散とした光景はどうにも結びつきようがなかった。

 大宮といえばウチの道場もあるんで、たしかわたしは一度来たことがあるハズなんだが、このホームにはまったく見覚えがない――ああ、あのときは荷物の搬入もあるとかで、わたしは一緒に車に乗せてもらって行ったんだった。だからわたしは一度もこの駅で降りたことはないハズ。新幹線で通過したことがあるだけ。

 そんなことを考えてたら皆んなから歩みがワンテンポ遅れてしまった。いかんいかん、いつ出番が来るかわからんのに。

 わたしたちは再び電車に乗り込んだ。

 今度は各駅停車の新宿行きだった。車内はガラガラで、フェネガンは七人掛けの座席の端にどっかと座って手すりに肘を預けた。わたしはそのとなりに小さく腰掛けた。他のスタッフは立ったままだ。

 フェネガンはリラックスした様子だ。わたしはまたも考えを巡らせはじめる。

 例の悪夢――フェネガンの語った内容がなにもかも夢でわたしの見たとおりのまんまだったことには驚くしかなかった。フェネガンは、彼のパワーの影響であの焼け死んだ女の人のイメージがわたしに伝わったと言ったワケだけど、実際にはわたしはそのイメージを彼から受け取ったんじゃなく、以前に見た夢の映像がリアルによみがえっただけなのだ。その経緯をきちんと説明すれば、フェネガンの説明も別なものになるんじゃないかな。そのあたりを彼に訊いてみたい気もするけれど、カメラの回っている前でそれをするのはハバカレる。

 しかし、フェネガンの主張するように彼のイメージがダイレクトにわたしの脳に伝わるなんてこと、あんのかな……? ん、待てよ。仮にそれがホントにあるとするなら、逆もまたありうる、ってことになるんじゃね? つまり、わたしのあの夢のイメージがフェネガンに伝わった、っつう可能性。そうじゃん! そう考えればフェネガンの語った内容がわたしの夢のとおりだったってことに説明つくっしょ。

 その場合、フェネガンは事故現場で実際に起きていたことを視ていたワケじゃなくて、単にわたしの頭んなかにあったあの夢の内容を感じ取っていたダケってことじゃん。だったらそれが本当のことだった可能性はグッと下がることになっちゃう。だってそれはわたしが見た単なる夢にすぎないんだから。ま、出どころがどこであれ、それが本当だった可能性なんてもともとゼロに等しいのかもしれないけれど。

 逆にフェネガンの語った内容が本当のことだったとしたら、わたしの見た夢もまた本当だったというワケで、そうすっとそれはわたしに予知夢を見る能力があるんだってことになっちゃう。それを思えば、わたしの夢をフェネガンが読み取っただけと考えるほうがまだワタシ的には受け入れやすいよな――。

 次の停車駅が武蔵浦和とのアナウンスが車内に流れると、フェネガンは目の前に立つ岸田氏に向けて無言で腕時計を指し示すジェスチャーをした。わたしはチラと自分の腕時計で時間を見た。十一時半ちかくだった。ランチタイムが近いとフェネガンは言いたいんだろう。

 こないだのリーディングのときは三日連続でランチがバーガーキングだったことを思い出した。べつにハンバーガーは嫌いじゃないんだけど、さすがに三日連続だと飽きるって、そんときは思った。今日もバーキンなんかな?

 電車を降りて改札に向かうあいだに竹田氏がわたしに「昼飯はなにがいいですか?」と尋ねてきた。続けて「コンビニで買えるものか、ハンバーガー屋で売ってるものならご用意できます」と言う。

 反射的にわたしは、「あ、なんでもオーケーですよ」と答えたが、なんの指定もないと彼らも困るかもしれないと思い直し、こう続けた。「ローランドと同じものとかで」

 竹田氏は「了解です」と応じた。

 改札を出ると竹田氏と内宮氏は別々の方向に駆け足で去っていった。食料の調達に行ったのだろう。わたし以外にはリクエストを尋ねた様子がなかったので、どうやら皆の食べるものはわかってるらしい。

 わたしたちはコインパーキングに停めてあったワゴン車に乗り込んだ。

 少しして戻ってきた竹田氏に渡されたのはモスバーガーだった。フェネガンは少しだけ残念そうな顔つきだった。わたしはモスのほうが好きだけど。

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