わたし氏、通訳のバイトを押し付けられる
オシャレにスーツを着込んだ五歳くらいの男の子だったんだな、その一瞬だけ暗視カメラが捉えた映像が。深夜のホテルにそんな子供がうろちょろしてるってだけでも十分に異常なんだけれど、別室でその画像をモニターしている二人をビビらせたのはそんなことじゃなくて、どう見てもその子には首から上が存在しているように見えなかったところだったろう。
ま、すべてがヤラセで、二人は演技してるだけの説も濃厚なんだけど――。
テーブルに頬杖をついてわたしはその動画を眺めてる。ユーチューブで見つけたアメリカの古いテレビ番組の録画。古臭いホテルの部屋に持ち込んだ機材を折り畳み式の簡易テーブルのうえに並べただけ、って感じの即席スタジオの様子が映し出されてて、そこの卓上のモニター機器の前に陣取った二人の若者――片やスカした格好でオレはイケてる若者の代弁者だぜって自分では思い込んでるタイプ、もうひとりは運動なんてしたことなさげな体躯のうえに何も考えてなさそな頭が載っかってるってカンジ。二人とも金髪の白人だけど、スカしたほうは髪をポマードでがっちり固めてるのに対し、相方は坊ちゃん刈り。いや本人的にはマッシュルームカットのつもりなんかな……。
画面のなかでポマード頭がもう一人にささやいた。
「おい、ニール。今の見たか?」
ニールと呼ばれた坊ちゃん刈りは驚愕の顔つきのまま、うんうんとうなずくばかり。
「プレイバックだ」
ポマードの青年がニールとは反対側に顔を向けて言った。そっちに映像スタッフがいるっぽい。準備する、と声だけが聞こえた。
青年はモニターに向き直って、少しニヤけた顔で手元のスタンドマイクのスイッチを押して呼びかけた。
「あ~、マイケルくん、マイケルくん」
画面が左右に分割され、片側に二人とは別室にいる横たわった男性の無精髭ヅラのどアップが映った。暗視カメラの緑色の画像だ。つまりマイケルってヒトは暗闇のなかにいる。
「なんだ、サイモン」
ぶっきらぼうにマイケルは応えた。ポマード頭はサイモンという名か。
サイモンは興奮気味に尋ねた。
「今、なんか感じなかったか?」
「いや、なんも」
マイケルは憮然とした態度だ。
「ドアのあたりに誰か来なかったかい?」
「いいや。そんな気配はこれっぽっちもねえよ」
「そうかい、ならいいけど」
「へっ、俺をビビらそうったってムダだぜ」
マイケルがそう言ってるあいだにスタッフがサイモンにプレイバックの準備ができたと声をかけた。「グッド・ラック、マイケル」サイモンは早口に告げるとマイクを切った。
映像は切り替わり、マイケルが寝そべるベッドの部屋全体を写す固定カメラからの暗視画像になった。ミリ秒単位で時刻を示すタイマーの数字が左肩に表示されている。
画面右上あたりに開いたままのドアがあり、その向こうをスッと横切る影があった。
「今のところ、もう一度、スローで」
サイモンの声と同時に映像は停止し、画面隅の小さな枠にモニターを注視するサイモンとニールの表情が映し出された。
再びタイマーの数字が動き出す。スローの再生。「そこだ」とサイモン。ドアの向こうの影が出現したタイミングで映像がポーズ状態になった。
スーツ姿の男の子。
やはり、あるべきところに頭がなかった。暗くて見えていないのではない。向こうにある壁がぼんやりとではあるが確かに見えている。
「わあああ」
ニールが間抜けな叫び声をあげた。
「落ち着け、ニール」
そう言うサイモンの声もうわずっている。
「専門家の意見を聞こうじゃないか」
画面隅の小枠のサイモンとニールが大写しに切り替わると同時にその画が少し引いて、ニールのとなりに座っていた第三の人物が映し出された。
黒縁のメガネをかけた、太った――中年のアメリカ人にありがちな体型――白人男性だ。
短く切りそろえた黒髪のおかげか、サイモンらとはずいぶんと印象が異なる雰囲気となっている。ま、サイモンの金髪は明らかにブリーチなんだが。
「ローランド、あれは一体、なんなんだい?」
サイモンの問いに、ローランドと呼ばれた男性は表情を変えることなく応えた。
「ゴーストだ。まちがいない」
「ウソくっさ~」
動画を眺めていたわたしの口からは思わず独り言が出た。
パジャマ姿のわたしはリビングのテーブルのいつもの椅子に腰掛けている。その声を聞きつけた姉さんが「え、なになに?」と言いつつ、後ろからわたしのノートPCをのぞき込んできた。
――まったく、人のやってることにすぐ首をつっこむんだから。
頭のなかではそんなことをボヤきつつ、親切にもわたしはPCの向きを少し変えて姉さんから見えやすいようにしてあげたのだった。
「十九世紀の終わり頃だろう、その不幸な事故があって以来、少年の魂はこのホテルのなかをずっと彷徨っているんだ」
そんなローランドの説明をサイモンとニールは神妙な顔つきで聞いていたが、ニールのほうが先に目の前のモニターの異変に気づいたようだった。だが言葉が出てこない。すぐにサイモンも表情が一変する。呟きがもれた。
「マイケルの様子がおかしい」
ローランドもモニターをのぞき込んだ。
サイモンは手元のマイクを引き寄せ、勢い込んで言った。
「どうした、マイケル!」
返事はない。画面はマイケルのいる部屋に切り替わった。
彼は先ほどと同様ベッドに横たわっていて、寝ているようでもあったが、その表情は苦しげに悪夢にうなされているかに見えた。
「いかん、すぐに手をほどこさねば」
と、ローランド。
「何が起きてる?」うわずった声のサイモンの問いに、ローランドは落ち着き払って答えた。
「彼は取り憑かれたんだ、少年の霊に」
映像が切り替わった。サイモンを先頭に、三人がマイケルのいる部屋に踏み込む。その様子を後ろからハンディカメラで撮ったふうの画像。
「マイケル、しっかりしろ、マイケル」
サイモンが呼びかけた後に、追いついたカメラがマイケルの顔を大写しにした。その表情は、ついさっきまでの苦しげなものとは打って変わって、かすかに笑みをたたえたものになっていた。目は薄く開かれているけども、どこも見ていない。
「部屋の電気を点けたほうがいいんじゃ……」ニールの気弱そうな声。
「ダメだ、少年を驚かせてしまう。そうなったら厄介なことになるぞ」
ローランドが即座に返した。
「マイケル、マイケル!」
サイモンは呼びかけを続けた。その視線の先でマイケルの口元がうっすらと開いた。
「ねぇ、あそぼうよ。ボクは退屈しちゃったんだ――」
先ほどのマイケルのぶっきらぼうな口ぶりとはまるで別人のような子供っぽい喋り方だ。そのセリフにサイモンは文字通り、引いた。
「おい、どうすれば……」再びニールの気弱な声。
「下がっていろ」
大きくはないが確固たる声色でローランドは二人に命じた。素直に二人はマイケルのベッドから離れる。
いつの間にやらローランドは左手に小さなボウルを持っていた(どっから出てきたんだよ笑)。右手の指先をなかに浸し、ラテン語らしき文句をぶつぶつと口にしつつ、ローランドはボウルから出した右手をマイケルの頭上で振った。聖水が顔にかかるとマイケルの表情は再び苦悶に満ちたものに変わった――。
「なんなん、これ」
姉さんの問いに、わたしはこう答える。
「アメリカのテレビ番組。昔のやつみたいだけど」
英語がさっぱりの真希姉さんには、当然、動画の会話の意味はわからなかっただろうけど、こんなの説明するまでもないだろう。案の定、内容については訊いてこずに姉さんは質問を変えてきた。
「なんでこんなん観てんの」
「んー、ちょっとローランド・フェネガンってヒトのことを知りたくて」
わたしのその返事に姉さんは、さもよく知っているかのように「ああ、ローランド・フェネガンね~」と相槌を打った。「見覚えあると思ったわ」
逆にわたしはその反応に驚いてしまった。
「姉さん、知ってるの? ローランド・フェネガン」
「そりゃあ、あんたと違って私は日本のテレビからも情報を収集しているからねぇ」
情報収集ったって姉さんの場合ただ単に普通にテレビを観て楽しんでるだけじゃん、と内心思ったけど口には出さず。
「へえ、日本のテレビにも出てるんだ」
「うん、なんつうんだっけ、FBI霊能力捜査官、みたいなヤツ」
「えふ・びー・あいぃぃぃ? FBIの仕事なんかしてんの?」
「私に訊いても知らんがな。そういうことになってたよ、番組上では」
「へええ。まあ、どうせ二回か三回くらい、呼ばれてコンサルタント的立場で捜査に協力しただけ、とかなんだろうけど」
わたしはそう返した。
「で、なんであんたがローランド・フェネガンのことなんか調べてんの」
姉さんが口調を変えて質問してきちゃったから、わたしとしてもキチンと答えざるを得ないんだよなぁ。
「いやぁ、なんか、頼まれちゃったのよ。通訳の仕事――」
そう、それは今日のお昼前の出来事だ。
***
「美希さん、郵便ですよ」
事務室に上原さんが来て、レターパックライトの薄い封筒をわたしに差し出した。いつものように応接用のソファに座っていたわたしは、そいつを受け取った。
差出人の欄に「週刊ホリダイ編集部・木下」と書かれていた。何日か前にそのヒト――ずっと眠たそうな目をしてて何を考えてんのかわからん記者だった――から取材を受けた記憶がよみがえった。ゴシップが売り物の写真週刊誌の取材なんぞ受けたくなかった、つうのが本音なんだがそれも仕事なのだから仕方ない。
わたしは封筒を開いた。クリアフォルダに挟まれたゲラ刷りが出てきた。記事の内容を出版前にチェックしてくれということだろう。
「わっ、なにこれ」
デカデカと書かれたタイトルが目に入って、苦笑とともにそんなセリフが口をついてしまったんだな。
『新たなカルト集団? 超能力を求め集う会員ら――実は日本発祥、アメリカで大流行中のアースウェイブ、美人広報担当者のご尊顔』
「ご尊顔」じゃねぇつうの――思わず頭のなかでツッコミを入れてしまう。わたしが美人であることはいまさら言われるまでもないんだが、コイツらどう見ても人並み程度のルックスでも「美人」て書くからなぁ。
いやいや、問題はソコじゃない。なんでウチがカルト集団やねん、て。
アースウェイブとは、わたしの父、榎本司が考案・開発した健康増進のためのヨガの一種で、それ専用に開発された特殊なスピーカーが発する独自の音響および付随する振動を全身に浴びながらヨガをするというところが特徴だ。父は日本国内の主要都市にそのエクササイズを実践するための教室――わたしらは「道場」と呼んでるけど――を展開し、さらには海外にも進出。
エクササイズとは言いつつも激しい運動はまったく伴わないものだから、虚弱体質や怪我を抱えている人でも、いやむしろそういう人たちにこそ、効果が大きい。国内の道場に通う会員さんらはごく普通の老若男女ばかりだ。
ま、確かに、いつの頃からかこのエクササイズはフィジカルな面だけでなく精神面への効果もあるということが――特にアメリカで――評判となり、スピリチュアルな領域に関心を持つ人たちから絶大な支持を受けて急速に海外での規模が拡大中なのは事実である。
そもそもヨガで体調が整えば精神面にも良い影響があるのは当然だろう。海外から聞こえてくる超能力うんぬんなんて話はどう考えても眉唾なものでしかない。少なくとも日本ではそれをウリにしたこともなければ、実際に会員さんにそういう効果があったなんて話も耳にしたことはないのだ。
ようするにウチは、一風変わってはいるけれども、ごく健全なヨガ教室にすぎない。カルト集団などとはとんでもない言いがかりだ。
「どうしました?」
沼本さんがいつものダンディーな声で訊いてきた。
今、事務室には沼本さんとわたししかいない。インストラクターさんは二コマ目のエクササイズ中。この道場ではこれがごく日常。
アースウェイブ発祥の地であるここ世田谷道場は元々はわたしたち家族が住んでいた家でもある。今は姉さんとわたしの二人だけしか住んでないけど。アメリカでのアースウェイブ普及のため、わたしたち一家はかの地に移住した――当時受験を控えていた姉さんを残して。十年ほど前のことだ。父と母、それに妹と弟はいまも向こうで暮らしてる。わたしだけが二年くらい前に日本に帰ってきたワケ、祖母が亡くなって姉さん一人を日本で暮らさせるのもどうかということで。ちょうどわたしは高校卒業のタイミングで、日本の大学もいいかな、って考えてたトコだったし。つまりわたしはまだ学生。広報担当だなんていろいろとウチの仕事を手伝ってはいるけど、あくまでアルバイト。
わたしは沼本さんにゲラを突き出した。
「ちょっと、見てみてよ、これ」
受け取った沼本さんは顔をしかめた。
「これはひどい」
「でしょ?」
沼本さんは記事を目で追っている。その様子を眺めながらわたしは言ってみる。
「そんなん出版されたらヤバいよね」
「そらそうです」
「記事を差し止めるように言ったほうがいいかな?」
「いやぁ、どうですかね。明らかに事実に反してる点についての修正は求められるでしょうけど、大筋は難しいんじゃないですかね。出すなって言われて引っ込めるつもりがあるんなら、ゴシップ記事なんてハナから書きませんからね」
「マズいなあ――。これ出ちゃったら、名誉毀損で訴えるべきレベルかもよ?」
「んー、どうでしょ。光村先生に相談してみます?」
光村先生はアースウェイブの顧問弁護士だ。ウチもそれなりに規模のあるビジネスをしてるんで、そういう存在も必要となる。
わたしは壁の時計を見上げた――LAはディナータイムかな、もう家には居るだろう。
「いや、まずは父上に訊いてみるとすっかな」
わたしは沼本さんから記事を返してもらって応接用のローテーブルに広げた。それをスマホで写真に収め、メールに添付して父に送りつけた。それから電話を発信。国際電話はバカっ高いけど、どうせ通話代は会社の経費だ。
「Hello?」
電話に出たのは妹の早希だ。なお彼女は幼少時からあっちで暮らしているんで、真希姉さんとは正反対に日本語があまり喋れない。姉妹三人が顔を合わすときなんて(めったにないけど)完全にわたしは通訳をやらされるハメになる。
以下、わたしと早希の会話は英語だが、読者のために日本語に翻訳――。
「早希、元気?」
「美希ちゃん! うん、元気、元気。そっちはどう?」
早希は妹のくせにわたしのことを「Miki-chan」呼ばわりする。
「まあ、おおむねいつもどおりなんだけど、ちょっとトラブルが起きつつあって。ダディはいる?」
「うん、いるよ。ちょっと待って」
通話が保留になった。わたしはテーブルのうえに広げていた記事のゲラを手元に引き寄せた。もう一度、文面を目でなぞってゆく。
電話がつながった。
「おう、美希か。ちょうどよかった、お前に頼まなきゃならんことがあるんだ」
ったく、親父はいっつもこの調子だ。こっちの用事なんておかまいなしってヤツ。
「ちょ、お父さん、それどころじゃないの。さっきメール送ったから見てくれる?」
「まあまあ、今、見るから待て。なんか送られてきたなとは思ってたところだよ……。この添付ファイルか――」
「それ、さっき届いたゲラなんだけど。先週受けた取材の……」
「おお、ホリダイか。ついにワシらもここに取りあげられるようになったというわけだな」
「そんな呑気な話じゃないの。中身、読んでみて」
「ハハ、今、読んでるところだ」
わたしは黙って父が記事を読み終えるのを待った。声には出てないものの、笑っている気配が感じられた。
「ふむ、読んだぞ」
「で?」
「で、って? 感想か?」
「いや、そんな記事が出されちゃ大変なことになるじゃない。なにか手を打たなくちゃって思ってるんだけど」
「あ、そう? 面白いじゃないか」
どういう反応よ、それ。まるで他人事じゃないの。
「でも、その記事を読んで退会する会員さんも出てくるかもしれないし、新規の入会だって間違いなく減っちゃうでしょ」
「まあ、そういうのも多少はあるにはあるだろうが、貴重なデータが得られるだろ。ネガティブな内容の雑誌記事がどんなふうに影響するか、の。逆に宣伝になるかもしれんしなぁ。知名度もあがる」
くっ、親父に相談したのは間違いだったか。
「もう、そんなこと言って……。どうなっても知らないからね」
「あいかわらず美希は心配性だな。それしきのことでビジネスが行き詰まったりはせんから大丈夫だよ。仮にそうなったとしても、経験だと思えばいいじゃないか。うん。路頭に迷うなんてのはめったにできるもんじゃないぞ」
ああ、そうですか――。わたしはなんも言い返す気がなくなった。
「用事はそれだけか? じゃ、切るぞ」
「え、ちょっと待って」
「ん、なに?」
「なに、じゃないでしょ。さっき、わたしになんか頼みがあるとか言ってなかった?」
「おお。そうだった、そうだった」
――まったく、親父ときたら。
「あのな、ジェニファーって、いたろ?」
「ああ、コーディネータの?」
「そうそう。彼女がさ、東京で通訳を探してるんだわ、急ぎで」
「ふーん」
「そいでさ、オマエにやってくんないかって」
「えっ、わたし!?」
「そう」
「なんでよ。わたしに通訳なんて出来っこないっしょ」
「んなわけないだろ、いつもやってたじゃん。こっちにいたとき」
「だってあれは、内輪の……」
「大丈夫、大丈夫。そんなたいそうな話じゃないから。相手は友達みたいなもんだから」
「でも、わたしだって授業があるんだけど」
「大丈夫だろ、ほんの三日間だけだし」
「三日も?」
「バイトだと思えばいいじゃないか。授業なんてどうせしょっちゅうサボってんだろ」
***
「で、なんかわけわかんないうちに押し付けられちゃったワケ」
「なんだそりゃ、クソ親父め」
口ではそう言いつつも姉さんはわたしが見せてあげた記事のゲラを読むのに夢中で、わたしの話は適当に聞き流しているっぽい――ウチの家族、みんなそんな感じなのよ。
「なんでも、スピリチュアル系の表現をうまく通訳できるヒトがなかなか見つからないんだってさ。それでジェニファーが困ってると」
「へえ」
「そのローランドって人が不定期に来日して日本の顧客向けにリーディングをしてるらしいんだけど、いつも使ってる通訳さんが家庭の事情とかでしばらく仕事ができなくなったらしく――」
「ちょい待ち。リーディングって何?」
「ああ……。つまり、個別に面談して占ってくれるのよ、ホムペで申し込めるんだって」
「へえ、占いか……。手相を読むからリーディング?」
その疑問はスルーすることにして、わたしは続けた。
「まあ、ジェニファーの紹介なら大丈夫かな、って思って引き受けたんだけど。なんでスピリチュアル系でわたしなんだよ、って気もしたけどね」
「ま、占いならテキトーに訳してもオッケーなんじゃないの?」姉さんは相変わらずゲラを目で追いかけている。
「確かに――。いや心配なのは、そのローランドって人がどんなヒトなのかな、ってトコだけ。なにせサイキック?、だもんねぇ」
「真面目そうなオジサンだったけどな、テレビで観たときは。ま、演出だったのかもしんないけどな」
「今の動画なんて、まるっきりエクソシストじゃない。FBI捜査官とはギャップありすぎよね」
「アハハ。ま、面白そうでいいよねぇ、あんたのバイト」
そう言いながら姉さんはゲラをわたしに突き返した。それから「風呂入ってくるわ」と立ち上がった。
姉さんはいったん背を向けかけたが、急に振り向いて、それまでと違う低い声でこう言い放った。
「そのゲラ、私にもコピー、送っといて」
そしてわたしの返事も聞かずに部屋を後にしたのだった。
ちいさなため息をひとつついて、わたしはノートPCを自分にまっすぐ向け直した。そういやそのリーディングの申し込みができるというフェネガンのホームページとやらをまだチェックしてなかったな、ってのを今の会話の最中に思い出していた。
グーグルで検索してみると、すぐにそのホムペが出てきた。どうやら日本語のページも用意されているらしい(日本の客向けにリーディングやるのだから当然か)。そこには大きくこう書かれていた。
決して外れることのない予言! 全米No.1サイキック、ローランド・フェネガンのホームページへようこそ
冒頭の怪しげなゴタクをすっ飛ばして下にスクロールしていくと、フェネガンの人物紹介的なものを見つけた。読んでみる。わたしの関心を引いたのは、フェネガンがサイキックとしてはただひとりTIME誌の表紙になったことがあるという記述だった。さっきまでユーチューブ動画を冷ややかな目で見ていたわたしだが、TIMEの表紙と聞けば態度を改めざるを得ない。わたしがアメリカにいた頃にフェネガンの名を耳にする機会はゼロではなかったけど、どんな人なのかは知らなかったし正直なところ興味もなかった。だがTIMEの表紙になるくらいなら彼が全米一のサイキックであるというのはガセではないのだろう。でも、それってどっちかって言うと、サイキックの能力がどうこうというより、ビジネスができるって話なんだろな、とも思う。成功者なわけでしょ? 必ずしもサイキックとしての能力(そんなものが実在するとしたらだけど)が優れていることを意味するわけじゃないのでは?
さらにスクロールすると、フェネガンの顧客として数々のセレブの名が挙げられていた。誰もが知ってる大物ミュージシャンとかとのツーショットなんかも掲載されていた。なのにわざわざ日本に出張してリーディングをする? やっぱこのヒトは如才ないビジネスマンというところなんじゃないか。
まあ、そう見れば今回のバイトはわたしにとって勉強になるかもしれない。父はもう何年もアメリカでのアースウェイブ拡大に執心であり、かつて彼が日本国内に築いたものは全面的に姉さんとわたしの運営に任されているのだ。つまりわたしたち二人はこの日本国内各所に拠点を持つ企業の実質的な経営者ってヤツ――形のうえではわたしはバイト(というより家事手伝い、か)ってことになってるケド――多少はビジネスも学ばねばな、という気がする今日このごろってワケなのよ。