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運命の赤い糸は、僕にはただの足枷だった  作者: 美濃由乃


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逆らえない流れ


「多希君、今日も千聖を送ってくれてありがとう。お礼に食事をご馳走させてほしいんだ」

「昨日も言ったけど遠慮しないでね。私もお父さんも、もちろんお母さんも、みんな多希君と話したくて仕方ないの」

「ははは、多希君がいてくれるおかげで、私も妻も安心して千聖を送りだせているんだ。少しばかりで申し訳ないが、どうか私たち家族の感謝を受け取ってほしい」


 放課後にやってきた千聖に頼まれて、迎えにきている車まで付き添ってあげた多希は、そのまま決定事項のように千聖の家に招待されていた。


 いくらなんでも二日連続でお世話になるわけにはいかない。そう思っても、下手に出られてお願いされると、無下に断るのは悪い気がして、多希は母親を理由にして断ろうと考えた。

 だがそれすらもすでに対策されていたようだ。千聖の父親は、昨日すでに多希の母と連絡先を交換していたらしい。


「ご家族からも了承を頂いているから、安心してほしい。お母様の休日には一緒に招待するからね」


 なんて朗らかな笑顔で言われてしまえば、多希には他に断る理由が思いつかなかった。

 まるで決定事項だったかのようにすら思えてしまう流れ。待っていた千聖の母からも当然のように歓迎を受ける。遠慮なくふるまわれる豪華な食事。

 当然のように帰りも送迎つきという待遇の良さ。なんなら今日の送迎には、千聖の母親も一緒に付いてくることに。


 家に着けば、昨日にも負けず劣らずの手土産を受け取る多希の母。あからさまに気分が良さそうで、期待していたのが丸わかりのその姿に、多希は少なくない恥ずかしさを感じた。

 なんとなく会話に入れなくて、多希は賑やかに話しをしている千聖一家と母を少し離れたところから眺めていた。


 近所への騒音が心配になるほど盛り上がっている会話。まるで昔から毎日会っている仲良しの人たちのように多希には見えた。

 一代で事業を成功させたというのは伊達ではないのだろう。一見するとただの優しそうなおじさんに見える千聖の父親だが、こうしてすぐに人と打ち解け、まるで親友のように人の懐にはいれるくらいには、やり手の人なのかもしれない。


 そんなことを多希が考えていると、親同士の会話は、知らぬ間におかしな方向に流れてしまっていた。朝も千聖を学校に送っているという話しから、何故か多希も一緒に送っていくという話しになっていたのだ。


「ちょ、ちょっといいですか? さすがにそこまでお世話になるわけにはいかないですよ」


 親同士の会話には入らないようにしていた多希だったが、声を上げないわけにはいかなかった。

 たくさんの手土産を遠慮なく貰っていた母も、さすがにそれはと遠慮してくれる。だがそれでも、千聖一家は引き下がらない。


「気にしないでください。どうせ通り道なんですから。むしろこちらからお願いしたいのです。多希君が一緒にいてくれたら、安心して娘を学校に送り出せます。どうか千聖のためにもお願いします」

「私からもお願いします。千聖は身体が弱いので、いつも心配なんです。信頼できる多希君が一緒なら、安心して帰りを待っていられますから」


 綺麗な所作で、しっかりと頭を下げる千聖の両親。その姿からは、真摯な娘への想いが感じられる。

 あくまで向こうが下で、こちらがお願いされている上の立場ということを実感させるような言葉と態度だった。


 大の大人二人から恭しく頭を下げられている状況に、多希の母も落ち着かない様子だ。

 もちろん多希もそれは同じで、必死に頭の中で否定の言葉を探しても、相応しい言葉を見つけることができなかった。


「多希君には迷惑をかけてしまうけれど、どうか娘の力になってほしい。お礼は必ずします」


 そんな言い方をされては、多希も頭ごなしには拒否できない。言葉に詰まっていると、多希の母が勝手に返事をしてしまっていた。


「頭を上げてください。うちの息子で役に立つなら遠慮なく使ってやってくれて結構ですから」

「ちょ!? 母さん!?」

「鷺沼さんたちは困ってるみたいだし、力になってあげたいじゃない」

「それはもちろんだけど、母さんがなにかするわけじゃないのに」

「なによ? あんたは千聖ちゃんのために何かしてあげたくないわけ?」

「いやそんな! そんなことはないよ!」

「そうでしょ? 千聖ちゃんは身体が弱いんだから、誰かが付いててあげないと不安じゃない。ね? 千聖ちゃん」


 母の返事を聞いて安堵の表情を浮かべる千聖の父。千聖本人も笑顔で頷ずきを返していて、その場の空気は、このまま一件落着の様相をていしていた。

 だがそれでも、多希としてはこのまま話しを終わらせられなかった。


「ちょっと待ってよ! 僕はまだいいとは言ってないってば!」

「なに? あんただって千聖ちゃんのために何かしたいんでしょ?」

「いやでも、それでも毎日送ってもらうのは悪いじゃんか」

「通り道だから平気だって言ってたじゃない。むしろこんなに丁寧にお願いされてるのよ? かわいそうだと思わないの? あんたまさか、協力しないなんて言うわけじゃないでしょうね?」


 そんな言い方をされてしまっては、多希はそれ以上反論できなかった。

 多希がごねるほど嫌がっているようにしか見えないし、千聖たちは表情がくもる。多希はただ悪いと思って遠慮したいだけなのに、これではまるで自己中心的な発言で周りを困らせているかのようだ。


 それに今の母親には、何を言っても無駄そうだった。いい人ぶった、もっともらしい発言をしているが、多希から見ると、千聖家からのお礼に目がくらんでいるようにしか見えなかったから。


 多希だって千聖にはもちろん協力したいと思っている。辛い境遇も聞いてしまったし、新しい学校では楽しく過ごしてほしい。それが本心だからこそ、多希の反論も弱弱しくなってしまうのだった。


「ありがとう多希君。私、本当に嬉しいよ。明日からよろしくね」


 それまで静観していた千聖に多希は手を握られた。

 お互いの親の見ている前だというのに、千聖は恥ずかしがることもない。一人娘が目の前で異性の手を握っているというのに、千聖の両親は嬉し涙でもこぼしそうな顔をしているだけ。


 ただ言葉に詰まっていただけで、まだ何も言えていないだけなのだが、もうそんなことを言える雰囲気ではない。なにより多希は、そこまで空気をよめないわけでもなかった。

 結局のところ多希は、握られた手をそのままに、千聖に曖昧に頷くことしかできなかった。


 多希は自分以外の意思決定を否定することができないまま、ただ周りの決定に従うしかなく。その中で感じたのは、少しの恐怖だった。ここまで明確に、自分ではどうすることもできない状況が、多希には初めてだったから。


 そもそもこの流れに逆らうことは最初から難しかった。なぜなら千聖一家は、何も無理強いなんてしていないのだから。


 千聖たちはあくまでもお願いしているだけ、丁重に頭を下げて、お礼もしっかり用意すると約束までしている。

 だから身体を壊している娘のために力を貸してくれと、そう真摯にお願いしてきているだけなのだから、強く拒否できる根拠がなに一つ見当たらない。


 そんな頼みを断ってしまえば、人の心がないのかと、後ろ指をさされることになるだろう。

 そして最初から詰みかけているこの状況を、さらに厄介にしているのが多希の母親だった。


 多希の母にしてみても、断れば気まずい状況になるのは一緒なのだが、多希と立場が違うのは、千聖たちから受けとるお礼に目がくらんでいるらしいということ。

 あからさまに向こうに協力的で、多希に関わることも勝手に返事をしてしまう始末。


 多希の家庭は片親で、千聖一家からの貰い物が家計的にも助かることを、多希も理解はしていた。

 それでも多希にしてみれば、自分の意思を無視されて、お互いの親同士に、自分のことをかってに決められていることにかわりない。

 そんな状況に多希は、胸の内にモヤモヤとしたものを、どうしても感じてしまうのだった。

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