二話 死神との死亡遊戯
「そうか。表か……」
「あら、もうわかったの? 案外早かったわね」
一人得心する俺を見て、少女は少し驚いたように愁眉を上げる。
「それで、あなたの答えは?」
「宇佐美だ」
一切の逡巡もなく、俺は断言する。
「理由は? ちゃんと答えない限りは正解にならないわよ」
「頭というのは、それぞれの名前の頭文字をローマ字表記にしたもの。それらを原子番号に置き換えれば、おのずと答えは見えてくる」
詳しく説明するとこうなる。
初めに言ったように、まずは彼女らの名前の頭文字をローマ字に変換する。大島ならO、井口ならI、宇佐美ならUとなる。
次にアルファベットを元素記号に見立てる。Oは酸素、Iはヨウ素、Uはウランといった具合にだ。
最後に、それらを原子番号に置き換える。すると──。
「この中で原子番号が九十二番目になるのはウラン──つまり、頭文字がUになる宇佐美があんたのターゲットだ」
「正解」
少女が微笑して拍手を打った、その瞬間だった。
校庭から、突然甲高い悲鳴が上がった。
「マジかよ……」
眼下で起きた光景に、俺は思わず目を見張った。
目線の先には、大量の血を吐いて横たわる宇佐美の姿。そばにいた大島と井口がすぐに肩を揺さぶるが、痙攣を起こすばかりで何も反応はない。異変に気づいた周りの生徒が教師を呼ぶなり救命措置を施していたりするが、場は完全に騒然としていた。
そうしている内に、宇佐美は痙攣すら起こさないようになり──。
「なんだ、あれ……」
不意に宇佐美の体から抜け出てきた青い炎みたいな塊に、俺は疑問を漏らした。
青い炎はしばらく宇佐美の周辺を旋回した後、思い出したように空へと昇り始めた。
だれにも見えていないのか、騒がれる事もなく青い炎は導かれるように屋上まで辿り着き、やがて俺の横にいる少女の手の上に乗っかる形で静止した。状況から察するに、あれが宇佐美の魂なのだろう。
「どう? これで私が正真正銘死神だという事がわかってもらえたかしら?」
「ああ、イヤというほどにな……」
あんなものを見せられたりしたら、さすがに疑り深い俺でも認めざるを得ない。
この目の前にいる少女は、本当に死神なのだという事に……。
「あら、あんまり驚いたりしないのね」
「そんな事はない。これでも十分に驚いている。あんたが紛れもない死神とわかってな」
「それもあるけれど、そうじゃなくて──」
少女──死神は胡乱に宇佐美の魂に視線をやって、先を継いだ。
「この子、あなたのクラスメイトなんでしょう? お友達というわけではなかったみたいだけれど、それでも身近な人間が死んだというのに何か思う所はないのかしら?」
「べつに何もないな。何度か話した事はあるが、ただのクラスメイトでしかない。正直生きていようが死んでいようがどうでもいい存在だ」
これがちょうど良い金づるだったりしたら少しは惜しんだかもしれないが、生憎と宇佐美は金銭にうるさい方で、賭博の誘いには乗ってこなかった。俺がクラス内で一番小金を稼いでいたせいもあるのだろうが、何のメリットにもならない奴に用などなかった。
「ふふ、本当に面白い子。ちょっと口うるさいのが玉に瑕ではあるけど、実に興味深いわ」
死神は獲物を見つめる猛獣のように瞳を光らせ、静かに笑みを零す。
「それでこそ、わざわざ試した甲斐があったというものだわ」
「……やっぱりさっきの問題、俺を計っていたんだな?」
試したい事があると口にしていた時点である程度予想はしていたが、何かしら俺の力量を見定めていたらしい。ひょっとして、死神の言っていたゲームの一環だったのかもしれない。何も悪いようにはしないと言っていたが、もしも回答を外していたら、今頃どうなっていたのやら……。
「そう睨んでほしくないものね。いくらあなたに助かる権利が与えられていると言っても、私の裁量次第でどうにでもなるのよ」
「…………」
その言葉に、俺は押し黙る。彼女が死神とわかった今、下手に刺激しない方がいい。
彼女の言う事は、きっと真実なのだろうから……。
「あら、ちょっと怖がらせてしまったかしら? でも安心なさい。あなたは合格よ。私とゲームをするだけの価値がある」
「……俺が合格というなら、宇佐美を不合格にした理由は? 一体何の違いがある」
「なかなか良い質問ね。そうね──しいて言うなら、知恵が回るかどうかかしら」
「知恵……」
「ええ。何でもあなた、賭け事がすごく強いのでしょう? あまりに強いものだから、わざとわからないように負けて帳尻を合わせるくらいに」
どうしてその事を? などと訊ねる気にはならなかった。
相手は死神だ。どうやって調べたかは皆目見当も付かないが、どうせこっちの常識なんて鼻から通用しないのだ。きっと考えも付かないような方法で調べたのだろう。最悪、俺の個人情報すら筒抜になっているかもしれないくらいに。
「それで言うなら、彼女はまるで不合格だったわ。まったく知性の欠片も感じさせなかったんだもの」
失礼な事を臆面もなく口にする彼女であったが、その意見には概ね同意だった。
成績は後ろから数えた方が早かったし、会話の内容もくだらないものばかりで、ためになる要素など皆無だった。どちらの方が頭が切れるかと問えば、十人が十人俺を選ぶ事だろう。一切の誇張なしでだ。
「だが、どうして知恵のある奴だけを選定するんだ? お前らに一体なんの益がある?」
「そんなの、馬鹿な人間とゲームをしたところでつまらないからに決まってるじゃない」
どの人間を生かすかは私達死神に一任されているしね、と涼しい顔で宣う死神。今さらではあるがこいつ、とことん性根が腐ってやがる。
ひょっとして他の死神も、こんな下衆な奴ばかりなんだろうか。
「それで? あんたのお眼鏡に適ったみたいだが、俺は何をさせられるんだ? さっきみたいにあんたの出題に答えればいいのか?」
「少し違うわ。あれは単なる小手調べ。これからあなたにやってもらいたいのは、宝探しゲームよ」
「宝探しゲーム?」
「ええ。あなたも幼少期に一度はやった事があるでしょう?」
それならば確かに経験はある。噛み砕いて説明すれば、特定の場所に隠された宝をヒントや地図を頼りに探し出すゲームだ。
この宝というのは比喩のようなもので、何も本当に金目の物を用意する必要はない。隠した本人が個人的に大事にしているものでもいいし、そうでなくてもいい。宝を探すという過程が醍醐味なのであって、宝自体にこれといった決まりはないのだ。
「あんたの言う宝探しゲームというのが、俺達人間の知っているルールと合っているならな」
「その認識で問題ないわ。そして、今回探してもらうのはこれよ」
言って、死神は手品師のようにとあるカードを手元で出現させた。
ジョーカー。
それはどこにでも売られているトランプ──通常二枚しか入っていないジョーカーだった。
「ルールは簡単。あなたが死ぬまでにこのジョーカーを見つけ出せればクリアよ」
「つまり今日の午後六時までか……。範囲は?」
「この学校全体よ。すでに片割れはどこかに隠してあるわ」
「学校全体? さすがに広過ぎやしないか?」
時間は確認していないが、放課後になって適当にクラスの連中に挨拶した後、この屋上へと直行している。うちの学校の放課後は午後三時十五分。それからこの死神と遭遇して十分以上は過ぎている。となると、今は午後三時半ぐらいと思っていいだろう。
つまり、猶予は二時間半。その間にジョーカーを探さなければならないわけだが、さすがに範囲が広過ぎる。時間内にトランプのような小物を見つけろなんて無茶だ。
「それとも、広さに見合うだけのヒントをもらえたりするのか?」
「もちろんよ。何の手掛かりもなくジョーカーを探せなんて酷な事は言わないわ。見ていて可哀想な気分になっちゃいそうだし」
本人の意思も確認せず、あっさり人の魂を回収した死神が、何をふざけた事を……。
「でもその前に、最終確認だけさせてもらうわ。する意味なんてないと思うけれど、一応決まりになっているから」
そこで一拍置き、流麗にその白髪を掻き上げた後、俺にこう問うた。
「あなたはこのゲームに参加する? それともしない?」
「…………………………」
「あら? てっきりすぐ乗るとばかり思っていたのに、そこまで深く考え込むとは思わなかったわ」
よほど意外だったのか、死神は両目を瞬かせて俺を見やった。
「迷う余地なんてあるのかしら? どのみち参加しないとあなたは死んでしまうのよ? それにやたら詳細だって訊いてきたじゃない。あれは乗り気だからじゃなかったの?」
「迷って当然だろう。自分の命がかかっているかもしれないんだ。おいそれと誘いに承諾できてたまるか。それに詳細を訊ねたのはあくまでも確認のためだ。ゲームに参加するかしないかはその後からでも問題ないはずだろう? いざ参加してみて実は圧倒的に不利な状況だったなんて後々知ったらシャレにならないしな」
「ふぅん。それで? 結論は出たのかしら?」
「正直時間が欲しい所ではあるけど、こうしている間も自分の首を絞めているようなものなんだろうな、あんたからしてみれば」
盛大に溜め息を吐いて、俺は死神をじっと見据えた。
「乗ってやるよ、あんたのゲームに。不本意極まりないがな」
「……なんだか、あんまり面白くないわねぇ」
予想では喜び勇んでその目を輝かせるものとばかり思っていたが、意に反して死神は退屈そうに眉尻を下げて言葉を発した。
「張り合いがないのよぇ。もっとやる気を見せてもらえないと困るわ。私が楽しめないじゃない」
「勝手な事ばかり言ってんじゃねぇよ」
それまでなるべく感情を抑えて接していたが、死神の身勝手な理由に俺はついに怒気を込めて睨み付けた。
言うに事欠いて楽しめないだと? ふざけるのも大概にしやがれ。
「あんたはいいだろうよ。負けた所で失うものなんて何もないんだろうからな。けど俺は負けたらそれでおしまいなんだ。お気楽なあんたと一緒にすんな」
「それは仕方ないわ。だってそもそも立場が違うんだもの」
実にあっけらかんとした調子で、死神は続ける。
「あなたは人間で、私は死神。どうしたってその隔たりは消しようがないわ。むしろこっちからしてみたら、救いの手を差し伸べてあげている側なのよ」
「ああもうわかったよ。これ以上議論を重ねるだけ無駄っていう事だけはな」
乱暴に頭を掻きむしって、強引に話を断ち切る。
人間と死神とでは価値観からしてまったくの別物なのだ。何を言った所で馬耳東風もいい所だろう。
「やれやれ。人間は面倒くさいわねぇ。他の人間も似たようなケチをよく付けてきたものだけれど、つくづく手間が掛かる生き物だわ」
どうやら俺の前にも同じような発言をして怒らせた人がいたらしい。無理もない。
「でもまあ、だったらやる気が出るような報酬を用意すればいい話よね」
「……どういう意味だ?」
訝しむ俺に「見てればわかるわ」と勿体付けたように言って、死神は不意にパチンと指を鳴らした。
果たして俺の足元に、忽然とアタッシュケースが現れた。
ケースはすでに開かれており、中にはドラマでしか見た事ないような大量の札束が………。
「そこに三千万あるわ」
思わず生唾を嚥下する俺に、死神はニヤニヤとチェシャ猫じみた笑みを浮かべて言う。
「それだけあれば、あなたの借金も帳消しにできるでしょう?」
「……どこまで知ってんだ、あんた」
「さあ? どこまでかしらね」
凄む俺に、死神はまともに取り合わずに飄々とはぐらかす。やっぱりこいつ、俺の個人情報を細部まで握っているようだ。つくづく油断ならない。
「どう? これならやる気も出るでしょう?」
「随分と気前がいいな。そこまでしてゲームとやらを盛り上げたいのか?」
「当然よ。ちょっと前にも話したけど、死神は魂を回収するためだけに存在しているの。延々と代わり映えのしない作業を拒む権利もなくやらされるのよ。それがどれだけ苦痛な事か、あなたに想像できる?」
よほど嫌気が差しているのか、死神は苦虫を噛み潰すかのごとく顔をしかめていた。
一応神ではあるし、それなりに誇りを持って仕事をしているものとばかり思っていたが、別段そういうわけでもないらしい。神は神で俺達人間では預かり知れない苦労をしているのだろうか。至極どうでもいいが。
「そんな中で唯一楽しみと言えるのが、このゲームというわけ。本来は生かすに値する人間を選別する神聖なものなのだけれど、私にしてみれば些事でしかないわ。重要なのは、いかにして人間達をゲームに引っ張り出して勝利するか──ここが肝なのよ!」
「……………」
嬉々として語る死神に、俺は顔を引きつらせて若干後退した。
わかっていたつもりだったが、こいつ、想像以上に頭がいかれてやがる。いくら俺でも人の生死で弄んだりはしないぞ。どれだけ性格がねじ曲がっているんだ。
が、メリットとしては悪くない。むしろ借金を全額返済できるなんて破格の条件だ。
思わず口端が吊り上がる。なるほど、俺は死神の思惑通りに心動かされているらしい。
どのみちやらなければ死ぬというのなら、ゲームに勝って大金を得た方が賢明だ。あれだけの大金があれば、借金に苦しむ事もなくなる。
それならば──。
「ふふ。良い顔ね。そうでなくちゃ面白くないわ」
感情が表面に出てしまっていたのだろうか、俺の顔を見て死神がさも嬉しそうに口許を綻ばせた。
こいつの誘いに乗るのは少々癪だが、なに、ゲームに勝って存分に悔しがる姿が見れると思えばより活力もみなぎる。さぞ溜飲が下がる事だろう。
「最後にもう一度確認するけれど、ゲームに参加すると思っていいのね?」
「ああ。というより早くルールの詳細を説明してくれ。時間が惜しい」
「ふふふ……良いわあ。実に良い。最高に面白くなってきたわ」
俺がその気になっているのがよほど嬉しいのか、愉悦に浸るように瞳をとろかせて俺を眺めていた。まるで麻薬の常用者みたいな表情だ。
「じゃあ改めてルールを説明するわ。さっきも言ったけれど、今からやってもらうのは単純な宝探しゲームよ。この学校に隠されているジョーカーをあなたが死ぬまでに見つけ出せばゲームクリアよ。それと、ついでにこれも渡しておくわ」
言いながら、不意に死神は小型のベルトのような物を投げつけてきた。
慌ててそれをキャッチし、しげしげと観察する。
それは今どき珍しいレトロ感漂う腕時計だった。デジタル表示でなく、長針と短針──それと秒針もあるアナログなタイプだ。
「いちいちケータイを取り出して時刻を確認するのも手間でしょう?」
懐疑的な視線を向けていたせいだろうか、俺が意図を訊ねる前に死神はそう口にして、ぷかぷかと優雅に宙を浮きはじめた。
「ひょっとして、時計の針をごまかしてあったりするんじゃないのか?」
「気になるなら自分で確認すればいいじゃない」
それもそうだと思って、俺は制服のポケットからケータイ(金がないのでガラケーだ)を取り出して、時間を確認した。
現在時刻は午後三時半。腕時計も同じ時刻を差している。どうやら俺の杞憂だったようだ。
死神の言う通り、何度もケータイを取り出すのも手間だ。ありがたく使わせてもらうとしよう。
「で? どういった形でヒントはもらえるんだ?」
腕時計を装着しつつ、俺は死神に訊ねる。
「最初のヒントはこれから伝えるわ。その後のヒントに関しては一回訊く事に十五分ずつ削られるルールになるから、使い過ぎには注意よ」
つまり二回目のヒントを得ようとしたら、タイムリミットが午後六時から午後五時四十五分になってしまうわけか。プレイヤーの命と言っていい時間を代償にしてくるあたり、性格の悪さが如実に窺えるゲーム内容だ。
「早速一つ目のヒントよ。範囲も広いから、最初はサービスしてあげる」
言って、死神はこれ見よがしに人差し指を立てた。
「ヒントその一。宝は校舎内──三棟ある内のどこかに隠されているわ」
俺の通う高校は、普段授業で使う教室──とどのつまり今俺がいる教室棟とは別に、特殊な授業や委員会などで使う文化棟と、部活などで使う部室棟と三棟に分かれている。他にも体育館だったり剣道場があったりするが、校舎内と言っている以上、これらは考慮しなくていいだろう。無論、屋外も候補から外していい。
「念のため訊いておくが、あんたが嘘をついていないという保証は?」
「心配しなくとも、そんなつまらない真似はしないわ。誓ってもいい。私は決して嘘をついたりはしない」
「その言葉、絶対に忘れるなよ?」
そう釘を刺しておいて、俺は思考を巡らせる。
初めのヒントでそこそこ範囲は狭まったが、以前として時間内で見つけ出すにはかなり困難であるのには変わりはない。このひねくれた死神の事だから、容易に見つけられる場所に置いたりしないだろうし、ここからさらに絞り込み必要がある。
そのためにも、まずは──。
「それじゃあさっそく、二つ目のヒントを聞かせてもらおうか」
俺の言葉がよほど意外だったのか、死神は口をぽかんと開けて硬直していた。
「驚いたわ。まさかこんなにも早く──しかもそこまで躊躇なくヒントを訪ねてくるとは思わなかった」
「当然だ。情報があまりにも少な過ぎるんだからな」
いくら時間を削られるからって、ヒント一つで宝を見つけられるはずがない。捜索するだけ時間の無駄だ。
それなら、早々に二つ目のヒントをもらった方が効率がいい。たとえそれで時間を削られるのだとしても。
「へぇ。なかなか着眼点がいいわね。でも、あなたみたいに迷いなくヒントを訪ねてきたのはかなり久しぶりだわ」
前もそうだったけれど、欲に目のくらんだ人間というのは、本当に怖いわねぇ。
くすくすと笑いながら、そう死神は楽しそうに呟く。察するに、俺以外にも同じ行動を取った人間が過去にもいたみたいだ。
「いいでしょう。二つ目のヒントを教えるわ」
言って、今度は二本指を立てた。
「二つ目は、影の中よ」
「影の中……」
それは物陰とか暗い所を指しているのか、それともフタの付いた密閉された空間の中を指しているのか。
「まだヒントはいるかしら? 計三十分は縮まってしまうけれど」
いや、と俺は首を横に振る。
「もう少し情報が欲しい所だが、あまり時間を削りたくない。とりえあえず今ある情報だけで探索する。当てもあるしな」
それだけ言って、俺は屋上から出るべく出入り口向けて歩行する。
「あら、もう行くの?」
「ああ、こうしている間も時間は経ってんだからな」
ふよふよと宙に浮きながら背後に付いて来る死神に、俺は振り返らず返事をする。
「おい、それよりもちゃんとアタッシュケースを隠しておけよ。だれかに奪われでもしたらシャレにならんぞ」
「それなら問題ないわ。すでに回収したから」
後ろを振り返ってみると、一体どこへやったのか、本当に影も形もなくなっていた。
「……って、ひょっとしてあんたも付いて来るつもりか?」
「もちろんよ。でないと、だれが審判するのよ」
「そりゃそうだが、だれかにあんたの姿を見られでもしたらどうすんだ。絶対騒ぎになるぞ」
「それも心配ないわ。魂を回収される人間にしか私の姿は見えないから。今日はあなたとこの魂以外に回収予定はないし」
応答しつつ、死神は真横に浮かぶ宇佐美の魂を見やる。
言われてもみれば、死神が俺の前に現れた時も、だれも何も騒ぎ立てなかった。きちんと俺の目の前で証明されている以上、異論を挟む余地はない。正直うざくはあるが。
「……邪魔だけはするなよ」
そう吐き捨てるように言いつつ、俺はドアノブを握った。