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一話 死神は遊戯がお好き



 人生は金がすべてだ。



 人は金のために生きて、金のために死ぬ。金のある奴だけが幸福になれる権力を与えられ、金のない奴は無様にのたれ死ぬしかない。つまり金があるかないかで勝者と敗者が決まるこの世の中で、俺達は日々を生きているというわけだ。実にふざけた世界じゃないか。

 そんなふざけた世界で必要となる金を数え終えた俺は、放課後の閑散とした屋上の上で一人溜息を吐いた。

「今日はたったのこれっぽっちか……」

 手の中には、五百円硬貨が三枚に百円硬貨が五枚。合わせて二千円になるが、アリバイ工作で五百円分失っているので、実質千五百円の利益となる。

 利益と言っても真っ当に働いた金でなく、クラスメイトとの賭博で勝ち得たものだ。

 賭博の内容は多岐に渡り、トランプゲームだったりコイントスだったり推理ゲームだったりと、その日によって変わる。試験勉強もあるし、やらない日の方がどちらかというと多いのだが、それでも俺達しがない高校生にとっては貴重な財源となっている。まあ、お遊びの延長線上というのもあるが。

 しかしその財源も、最近になって減少傾向にある。

 小学生や中学生の時ならまだしも、高校生ともなれば身なりに気を使い出し、交友関係も広くなる。そうなれば金の使い道も増え、余計な支出を抑えなければならなくなる。当然の帰結だ。

 が、その帰結は、俺にとっては何よりも由々しき事態を招いていた。

 ちなんでおくと、俺の通う高校は別段バイトを禁止しているわけではない。届け出さえ学校に提出すれば誰でもバイトができるし、いかがわしいものでなければ、これといった制限もない。現に俺のクラスでも何人かバイトをしている奴もいるくらいだ。

 部活や勉強に日々を費やして、時間に余裕のないような奴を除いては。

 御多分に漏れず、俺も勉強に集中したくてバイトをやらない側の人間である。

 いや、正確にいうと、やりたくてもやれないというべきか。



 何故なら俺は、とある有名大学の推薦枠を得るために、常に成績上位をキープしておかなければならないのだから。



 給付奨励金──俺の目指している大学には返済義務のない生活支援制度が設けられており、それを得るにはまず、学校からの推薦枠をもらわなければならない。

 言うまでもないが、推薦枠を得るには優秀な成績を収める必要がある。特にその大学は全国的にも有名で、並大抵の努力で入れる所ではない。故に、バイトをやっている余裕など微塵たりともないのだ。

 本音を言えば、俺もバイトしてみたかった。みんなと同じように、気兼ねなく飲み食いしたり買い物したり遊んでみたかった。

 が、そんな高校生として当たり前の権利すら、俺には与えられていない。

 何故なら俺には、父親の遺した多額の借金をあるのだから。

 周囲には明かしていないが、俺の父親は幼少の頃に自殺しており、後に判明した借金によって極貧生活を余儀なくされている。母親も必死に働いて返済に当てているが、完遂にはまだまだ程遠い。借金を返さない限り、いつだって汚名が付いて回るのだ。

 そんな人生はごめんだ。自分が原因でもない借金のために人生を棒に振るいたくない。そのためにも、給付奨励金をもらい、大手企業に就職して、堅実ながらさっさと借金を返済してしまいたいのだ。

 とはいえ。

「参考書一つでも金がかかるのに、これじゃあ予備校に行くなんて夢のまた夢だな……」

 成績上位を保つためには、学校の授業や予習だけでは限界がある。できれば一番結果に繋がりやすい予備校に通いたいのだが、そんな金がうちにあるわけもない。なので、バイトもできなければ小遣いも少ない身の上の俺としては、賭博でもして小金を稼ぐしか方法がなかった。

 だが前にも言った通り、最近は稼ぎがめっきり少なくなっている。決して負け越しているわけではない──アリバイ工作でわざと負けたりはするが、勝率はかなり高い方だ。

 しかしそれも、だんだんと通用しなくなってきた。俺が何度も勝っているせいで、次第にみんなが警戒するようになってきたのだ。

 今日はどうにか二、三人は釣れたが、それまでは一週間近く賭けをしなかった。何か妙案を考えないと、参考書すらなかなか買えなくなってしまう。

「さて、どうやって金を稼いだものか……」

 屋上に設置されているフェンスにもたれつつ、手にしていた金を財布にしまいながら、俺は一人呟く。

 初夏の蒸し暑い陽気が肌を焼く。汗が流れ落ちる度に思考が鈍る気がする。まだ夏も始まったばかりだというのに、これからさらに暑くなるのかと思うと憂鬱になってくる。今年の夏休みも冷房の効いた図書館のお世話になりそうだ。

 などと夏の暑さに辟易しつつ、そろそろ中に戻ろうとフェンスから身を離した、その時だった。



「あら、もう戻ってしまうの?」



 不意に背後から聞こえてきた、女性の声。

 が、そんな事ありえるはずがなかった。ここは屋上──出入り口は一つしかなく、俺が見た限り、自分以外の人間なんていなかったはずだ。

 それに何より、背後にはフェンスしかなかったわけで──。

「見事なまでに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているわね。まあ無理もないかしら。こんな姿を目の当たりにしたら」

 人の浮いている姿なんて、見た事ないでしょうしね。

 そう彼女は嘯いて、フェンスの向こう側──足場も何もない場所で、言葉通り宙に浮きながら、平然とこちらを睥睨していた。

 白髪の碧眼。顔はフランス人形のように整っており、難点を上げる部分が一つとしてない。身長は百七十センチの俺よりもやや低めのようだが、モデル顔負けのスラッとした華奢な肢体が彼女の美しさを際立たせている。黒のゴシックドレスを身に纏っているせいか、何だか童話に出てくる魔女のような妖艶な雰囲気を漂わせていた。

 だが俺は、そんな浮世離れした美しさよりも、同年齢ぐらいの少女が宙に浮かんでいるという事実に瞠若を禁じ得なかった。

 理解が追いつかない。一体何がどうなっている。どういう原理で人が浮いている。トリックか何かだと疑いたいが、俺にそれを見せつける理由が分からない。

「トリックか何かだと思ってる?」

 当惑する俺を嘲笑うように口角を釣り上げて、彼女は続ける。

「言っておくけれど、トリックなんかじゃないわよ。ああ、どうやっているかなんて面倒な事は訊かないでもらえるかしら。私としても死神だからとしか答えようがないから」

「死神……?」

「そう、死神」

 復唱する俺に、死神と名乗る少女は悠然と腕を組んで首肯する。

「知っているでしょう、死神ぐらい。人間の世界じゃあ割とポピュラーな存在だし」

 それならば俺も知っている。むしろ知らない奴の方が珍しいくらいだろう。



 曰く、死を司る神。

 曰く、魂の管理者。

 曰く、もうじき死ぬ人間の魂を刈り取り、冥府へと持ち去ってしまう超常的存在。



 地域や国によって諸説は様々だが、一般的に知られているのはこんなものだろう。

 このゴスロリな少女が、その死神だって?

「死神? 悪魔の間違いなんじゃないのか?」

 いくらか平静を取り戻した俺は、そんな皮肉を交えながら、小馬鹿にしたように薄ら笑いを浮かべる少女を見据える。

「だいいち、俺はまだあんたを人間以外の存在と認めたわけじゃないぞ。宙に浮いているのだって、どうせ宣伝か何かで大掛かりな仕掛けを使って──」

「疑り深いわねぇ」

 俺の言葉を遮る形で、少女が呆れたように嘆息をついて頬に手を当てる。

「だったら、これならどう?」

 言って、少女は。



 さながら幽霊のように、フェンスをすっとすり抜けた。



「なっ……⁉」

「うふふ。驚いてる驚いてる」

 驚愕のあまり腰を抜かしてへたり込む俺に、少女は可笑しそうに口許へと手をやって、ふわりと屋上に足を付けた。

「どう? これでもまだトリックだなんて言えるのかしら?」

「…………」

 ニヤリと笑みを浮かべる少女に、俺は奥歯を噛みしめる。

「だいたい、人が空に浮かんでいたら、今頃大騒ぎになっているはずでしょう? その辺についてどう説明を付けるつもりなのかしら」

 言われてもみればその通りだった。放課後とはいえ、校庭にはまだ部活などで多くの生徒が残っている。なのに浮いている姿をだれも見ていないだなんてどう考えてもありえない。こんな初歩的な事に気づかなかったなんて、俺もどうかしている。

「わかった。あんたが人間でないのは認めよう」

 尻に付いた埃を払いながら、俺は立ち上がった。いくら手品とはいえど、目の前のフェンスをそのまま通り抜けるなんて不可能だ。それこそ、怪異でもない限り。

「それで? その自称死神なあんたが、俺に一体何の用なんだ?」

「そんなの決まっているじゃない」

 言いながら少女は俺のそばまで歩み、煽情的にこう耳元で囁いた。



「あなたの魂を取りに来たに決まっているでしょう」



 ぞわっと全身に怖気が走った。

 彼女が人間でないと証明された今、その言葉は不気味な真実味を帯びて俺に恐怖を与える。

「そ、それは俺がもうじき死ぬって事になるのか?」

 気圧されるように数歩後ずさった俺に「その通りよ」と少女は頷く。

「タイムリミットは今日の午後六時まで。六時になったら、あなたは間違いなく死ぬ」

「……死因は?」

「突発性の心臓発作。ちなみに原因不明よ」

「信じられないな」

 間髪いれず、俺は少女の言葉を否定する。

「俺は今年の四月に学校の健康診断を受けたばかりだぞ。しかも特に問題はなかったはずだ。なのにいきなり心臓発作を起こすなんてどう考えても不自然だろ」

「だから原因不明って言ったでしょう? 私達死神に人間の死因を決める権利なんてないわ」

「私達って、他にもまだいるのか?」

「ええ、そうよ」

 地域によって管轄が違ってくるから具体的な数までは知らないけれど、と少女は肩を竦めて答える。

「話を戻すけれど、私達死神に直接人間の死に関与する事はできないわ。死した魂を回収する事だけが死神の仕事なのよ。一部の人間だけを除いてね」

「一部の人間? それは命が助かるケースもあるというわけか?」

「察しが良くて助かるわ」

 わが意を得たりと言わんばかりに目笑する少女。

「厳密に言うと、とあるゲームで勝ちさえすれば、死の運命から逃れる事ができるわ。そしてその貴重な権利をあなたは与えられているのよ」

「ゲーム……」

 途端に胡散臭い話になった。いや、死神と名乗る少女が出てきた時点で胡散臭いも何もない気がするが、それでもあえて指摘するなら、何故死ぬ運命にある人間にそんな救済処置を施すのか判然としなかった。まるで詐欺師みたいな物言いだ。

 それ以前に、俺はこの少女の言い分を完全に信用したわけではない。人間でないという事は証明されたが、本当に死神どうか疑わしい限りだ。まだこいつが悪魔で、上手い話を持ちかけて俺の魂を賢しく奪おうとしているという考えの方がしっくりくる。

「あらあら、随分としかめっ面になっているわね。せっかく命が助かるかもしれないと言ってあげているのに、失礼な子ね」

「あんたが真実を語っているとは限らないからな。疑わない方がおかしいだろ」

「本当に用心深いというかなんというか、面倒くさい子」

 あなたみたいなタイプは久しぶりだわ、と心底呆れたように少女は緩慢に首を振った。

「まあいいわ。試したい事もあったし、ちょうど回収予定の子もいる事だしね」

 こっちまで来なさい、と唐突に踵を返してフェンスへと歩んだ彼女に、俺は怪訝に眉根を寄せながらも、言われた通りにすぐ隣へと並ぶ。

「あそこに女の子が三人並んでいるのが見えるかしら?」

 校庭を指し示す少女に倣って、俺はフェンス越しに下を覗き込む。

 確かにそこには、女子生徒が横一列に並んで姦しく談笑していた。他にも女子は散見できたが、三人で固まっているのはあそこだけなので、彼女らと見て間違いないだろう。

「ああ、いるな。三人共俺のクラスメイトだ」

 左から大島(おおしま)井口(いぐち)宇佐美(うさみ)となる。

 大島は元バスケットボール部の選手というだけあって背が高く、ショートヘアという髪型も相俟って男子に間違われやすい容姿をしている。性格は明るい方なので、交友関係は広い。俺も愛想だけは良い方なので、大島とは何度か話した事があった。

 真ん中にいる井口とはあまり話した事がない。身長は三人の中で一番低く、長く伸ばした髪をシュシュで一つにまとめて肩に流している。大人しい性格でクラスでも物静かな方である。今後も頻繁に話をする事はないだろう。

 最後となる宇佐美は、髪を後頭部辺りで纏めてポニーテールにしている。かなりお喋りな奴で、黙る素振りもなく仕切りに口を開いていた。クラスでもうるさい方であるが、裏表のない明け透けな性格が逆に好感を持たれ、それなりに友人も多い。俺はうるさい女が嫌いなので、極力距離を取っているが。

「あいつらがどうかしたのか?」

 女子らしくお喋りに集中しているのか、のろのろ歩きながら校門に向かっている大島らを指して、俺は少女に訊ねる。

「あと数分ともせずに、あの三人の内の一人が死ぬわ」

 事もなげにそう言い切った少女に、俺は眉をひそめた。

「それはあんたの言う運命ってヤツなのか? だったら何故あんたはここにいる。もうじきあいつらのだれかが死ぬっていうなら、俺の所よりもまず向こうから先に行くべきだろう」

「もうじき死ぬ人間だからってだれにでも姿を見せるわけじゃないわ。あなたのように助かる権利のある者だけ特例で姿を見せるのよ。どのみち死ぬ人間に姿を見せるだなんて無意味でしょう?」

「……………………」

 なるほど。合理的な考えだ。それが悪意に満ちているものだとしても。

「それよりも、あの子達のだれが死ぬか、あなたにはわかるかしら?」

「わかるわけないだろ。死神でもないんだから」

 奇異な事を言い出した少女に、俺は常識を説くように言葉を返す。

「それもそうね。だったらヒントを与えるわ」

「ヒント……?」

 少女の意図するものがわからず、俺は思わず訊き返す。

「死人を当てさせて何になる。俺に何をさせたいんだ」

「あなたはいちいち質問を挟まないと気が済まないのかしら? さすがの私もいい加減うんざりとしてきているのだけれど」

 そう苛立だしげに柳眉を立てて、少女は鋭利な視線を俺に向ける。

「黙って聞いていなさい。別に悪いようにするつもりはないんだから」

「わかったよ……」

 肩を竦めて、俺は指示通りに口を閉ざす。何のつもりかは知らないが、どうやら俺に拒否権はないようだし、機嫌を損ねて面倒くさい事態になる前に付き合ってやるとしよう。それに彼女が本当に死神だというのなら、この目でその証拠を見させてもらおうではないか。

「ヒントは一つだけ」

 これ見よがしに指を一本立てて、少女は続ける。

「頭が九十二番目になるもの。それが今回冥府に導く魂よ」

「頭……九十二番目……」

 繰り返しつつ、深く考え込む。

 頭とは単純に頭髪の事なのか。それとも何かの暗喩なのか。

 それに、九十二番目という数字も気になる。一体何を指して九十二なのか。おそらく、何かの表だとは思うが──。



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