第7話 ほのぼの飯タイム
台所で食事を作って戻ってくると、エレンが何やらこちらに背を向けてしゃがんでいた。
「どうした? エレン」
声を掛けると、振り返った彼女の向こうに動物たちのエサ箱が見える。
「エサ、やってくれたのか?」
「うん、わんちゃんたちが『ほしい』って。場所も教えてくれたから」
やればやるだけ飯を食うので、食べ過ぎないようにとこいつらのエサをいつも隠している筈なのだが。
まったく、こいつらは。
犬たちに呆れた目を向けたところ、自覚があるのか二匹してふいーっと目を泳がせる。
まぁ、たまに勝手に探しては食べ散らかしている事を考えれば、ちゃんとした時間に飯をせがむくらい、可愛らしいものだと思うべきか。
「ありがとう、エレン」
とりあえずエレンにお礼を言って、彼女の頭をポンポンと撫でる。
撫でられたエレンは、嬉しそうに、少しくすぐったそうに笑った。
可愛い。
が、それはそれとして。
「二匹のエサは、また別の場所に隠しておこう」
「わふっ?!」
「わぅ……」
こげ茶色の方が衝撃を受け、薄い茶色の方が悲しげに眉尻を下げた……ようにみえた。
しかしすべては、二匹の日頃の行いが悪いせいだ。
仕方がない。
これに懲りたら、今後はぜひ日常的に改心してほしい。
二人分の食事をテーブルに運んだ。
エレンがやってくれたのは、わんこたちのご飯だけ。
花牛――モォさんと、もう一匹の分はまだなので、手っ取り早くそれらの用意を終え、エレンと一緒に席に着く。
「召し上がれ」と食事を勧めれば、彼女はちゃんと胸の前で両手の指を組み、祈りのポーズで「日々のかてに、かんしゃします」という言葉を口にした。
食事の前の挨拶だ。
きっと一緒に住んでいたという、おばあさんの教育の賜物だろう。
メェ君にも、主人とお揃いの食事を出した。
動物なので、俺たちより薄味にしているが、食べ始めた二人が嬉しそうに「おいしいね」「めぇ」というやり取りをしているので、どうやら問題なさそうである。
わんこたちは開けっ放しの引き戸の向こうでむしゃむしゃとご飯を食べているが、モォさんはまだ姿を見せていない。
どこに行ったのかは、不明。
とはいえ彼女は、いつも自分が食べたい時にご飯を食べる気分屋なので、それほどおかしな事もないだろう。
対して最後の同居動物は、エサ箱にコメを入れたところ、すぐに姿を現した。
「にわとりさん!」
「……」
バサバサという羽音と共に部屋に入ってきた鶏は、弾んだ声のエレンに対してうんともすんとも反応しない。
エレンが「エレンは、エレン。メェ君はメェ君!」と自己紹介したが、一鳴きどころか目もくれず、無視してコメをツンツンとつつく。
「あいつはちょっと気難しい奴だから」
これまたいつもの通りである。
むしろこいつが初対面の相手の前にこうして姿を現す事は、珍しい。
だからこれは、フォローではあるが、嘘でもない。
一つだけ、エレンが気にしてしまわないだろうかと少しばかり不安に思ったが、当の本人は平気な顔で「エレンもお腹が減ってたら、お喋りより食べるのを選ぶもん」と、むしろ共感してみせた。
人間換算すると、鶏の方がエレンの二倍は年上の筈。
しかしどうやら精神年齢……というか、心の広さは、エレンの方が余程上らしい。
いい子だなぁ。
純粋というか、なんというか。
きっとこの子は相手の行動を、額面通りに受け取ることができるのだろう。
その裏に別の思惑や取り繕いがあるとは、あまり思っていない節がある。
大人になると、どうにも失いがちなものだ。
何だか心が洗われるような気がする。
食事のメニューは予定通り、先程貰ったばかりのトマトとジャガイモを茹でたスープ。
具の大きさも不揃いのそれに、パンをつけただけのザ・男飯だ。
にも拘らず、エレンはパクパクと嬉しそうに食べている。
料理なんて、ほとんど他人に作った事がない俺だ。
子どもにふるまったのなんて、初めてなのではないだろうか。
内心「口に合うだろうか」と不安に思っていただけに、心配なさそうな彼女の様子を見てかなりホッとさせられた。
……初めはこの飯を食い終わったら、当初の予定通りギルドに連れて行くつもりだったけど。
早々に晩飯を食い終わり、テーブルに肩ひじをついて頬杖をしながら、まだ楽しそうに食事中のエレンを眺める。
森を抜けてくるなんて、大人でも体力を使うのだ。
子どものエレンなら尚の事、疲れが溜まっているのではないだろうか。
本当は、今日の依頼達成報酬をもまだもらっていないし、エレンが動物と話せるのが、まだ見ぬスキルのお陰なのか、それとも『召喚士』の副作用なのかも気になっている。
冒険者ギルドには知り合いの鑑定スキル持ちがいるから、行ったらついでに鑑定してもらおうかと思っていたのだが。
――無理をさせるくらいなら、明日に回した方がいいよなぁ。
結局のところ、換金も知りたい欲も俺の事情で、彼女の事情は一つもない。
すべては自分の我儘だ。
それを幼気な子どもに押し付ける程、俺も自制が効かない人間ではない。
「今日もかてを、おいしくいただきました!」
気が付けば、エレンが晩飯を平らげていた。
チラリとみれば、メェ君の皿も空になっている。
「おいしかったねぇ。おなかいっぱい!」
「めぇー!」
どうやら満腹みたいだし、心なしかエレンの目がトロンとしてきているような気がする。
眠そうだな。
やはりギルドに行くのは明日に――。
椅子から降りたエレンが、メェ君のモフモフな背中に両手を広げて倒れ込んだした。
ポフンと羊毛に受け止められた彼女は、気の抜けた声で「沼のように沈み込むモフモフ~」と呟く。
沼のよう、とは言い得て妙だ。
流石に俺はまだあんなふうに彼の羊毛に飛び込んだ事はないが、あの触り心地には、一度埋もれたら二度と抜け出せなくなりそうな魅力がある。
あれは、人をダメにするタイプのモフモフだ。
大人の俺でさえそう思うのだから、子どもに抗える筈もない。
そう思った瞬間だった。
エレンが羊毛に、ズブッと沈んだ。
羊毛に埋没……と呼べるような次元ではない。
顔以外のすべてを呑み込む程の勢いで、深く。