第6話 新たな『不思議』との邂逅
花牛という名前の、白とピンクの毛皮を持つ牛。
耳の側に、直接体から生えている花が咲いているのが特徴だ。
乳牛活用される事が多い牛の種類の中でも、絞った牛乳にフローラルな香りが漂う、特に人気の種類の牛である。
「スレイの牛さん?」
「まぁそうだな。とは言っても、買った訳ではなくたまたま拾った子なんだけど」
「モォ~」
やってきた彼女が、お帰りと言わんばかりに俺の背中を鼻でツンと突いてきた。
俺が「あー、はい。ただいま」と言葉を返すと、満足したのか。
今度は現在タライで入浴中のエレンに鼻先を持っていく。
「こんにちは、牛さん。エレンは、エレン。メェ君は、メェ君。さっきスレイに『はじめまして』したの」
「モ~」
「うん、よろしくね!」
他は未だしも、彼女は気性も穏やかだ。
突然連れてきたも大丈夫だろうとは思っていたが、手を伸ばしたエレンに何の躊躇もなく鼻頭をナデナデされているところを見るに、まったく問題はないようだ。
やっぱり問題は、残りのあいつかな。
そんなふうに思っていると、エレンが驚きの言葉を口にした。
「へぇ。モォさんは、町の東の『はいぎょうした、ぼくじょう』で拾われたの? エレンはもりをでて、スレイにあったんだよ!」
「モォ」
「え? 他の子たちもみんなひろわれたの?」
「モォモ」
「それで、みんなでここでいっしょにねて起きてるの? 楽しそう!」
「モ~」
会話じみたやり取りをしている事自体は、まぁいい。
エレンは度々メェ君とそういうやり取りをしていたし、俺だって動物と一緒に暮らしていて、実際に言葉のやりとりはできずとも、たまにだが「こいつ、多分今こんな事を思ってるんだろうな」と分かる時がある。
そういう感覚をさも会話が成立している風に見せること自体はそう難しくない。
が、今のはどう考えてもおかしい。
だって、この花牛を拾った場所も、他の動物たちも拾った子だという事も、エレンに話していない内容だ。
知っている筈のない事である。
なのに、何で知っているのか。
「エレン、まさか動物の言っている事が分かるのか……?」
しかも、なんとなくではなく、ハッキリと。
相手の鳴き声……なのか思念なのかは分からないが、どちらにしろ、ハッキリと言葉として相手の内心を認識することができていなければ、分かり得ない事をエレンは知っている。
本来なら荒唐無稽な話だが、そうとしか考えようがない。
「うん。わかるよ。だからエレンね、動物さんともたくさん仲よしづくりしたいの!」
躊躇なく頷いたエレンを見るに、動物の言葉が認識できる事がどれだけ特異な事なのかという自覚がまだないのだろう。
しかしこれは、かなりすごい事だ。
「『召喚士』の副産物かな。でも、動物の言葉が分かる召喚士なんて聞いた事ないぞ」
一人が授かるスキルは一つ。
そういう決まりがある以上、エレンのこの特異さは『召喚師』スキルの副産物、副作用にも似た効果なのだろう。
しかし、副産物どころかスキルとしてさえ、『動物の言葉が分かる』なんていう話は一度も聞いた事がない。
「こんな片田舎の領地で、まさか新しいスキルの可能性に出会うなんてな」
これでも俺は曲がりなりにも、一年前まで王城お抱えのスキル研究家だった人間だ。
王城には、希少なスキルの情報が、過去に遡ってまで集まる。
そんな場所で十年間仕事をし、文献も隅から隅まで浚ったという自負がある俺も知らない効果なんて、未知の代物だと考えざるを得ない。
しかし、研究家とは知らない事を解明していく職だ。
未知は「未だに発見されていない」代物であり、あり得ない代物と同義ではない。
恐れるべきものでは、決してない。
むしろ、もしかしたらこれから知れる事があるのかもしれない。
そう思うと、間違いなく職業病だ。
何だか無性にワクワクしてき――。
「めぇ?」
目の前で、メェ君が小首をかしげている。
それで初めて気が付いた。
彼を洗う手がいつの間にか、止まってしまっていた。
「ごめんごめん、早く終わらせような」
「めぇ」
「終わったら晩飯を作って食べるか」
「めぇ」
了承なのか、否定なのか。
俺には分からないが、ジッとしてくれているのだから、きっと了承なのだろう。
そう思い、手を動かしていく。
エレンの隣でお湯に浸かっているエレンは、どうやら既に頭と体を洗い終えたようで、もう服をもみ洗いし始めている。
別に服は後で別洗いするから、今洗わなくてもいいんだが……まぁいいか。
そう思ったところで、「そういえば」と思い出した。
うちには、子ども用の着替えなんかない。
……俺の服を着せて、裾は折ればいいか。
申し訳ないが、エレンにはそれで我慢してもらおう。
綺麗なお湯を一人と一匹の頭の上から流し、彼女たちの体をタオルで拭く。
俺のスキルで作った温風を当てて髪や羊毛を綺麗に乾かして、エレンには俺の服を渡して着替えてもらった。
その間に手っ取り早く自分の今日の土埃と汗も流して、サッパリとした俺たちは連れ立って家の中、リビングへと向かった。
するとそこには、俺の言った通り家の中でいい子に待っていた伏せている二匹の犬がいた。
こちらに気が付いた二匹は、どちらともなく立ち上がり、エレンの方にトテトテと歩いてくる。
「親交を深めておいてくれ。俺は飯作っちゃうから」
そう言って台所に引っ込もうとして、途中で止まり、一度振り返る。
「お前ら、イタズラするんじゃないぞ」
お前らとは、もちろん犬たちの方だ。
返事でもしたのかつもりなのか、犬たちは「わふっ」と一鳴きしたのだった。