第46話 動物たちの憩いの場
「という事で、これから『スキル相談室』の受領案件、“リス探し”を始めます!」
「おー!」
「めぇー!」
「ぷ」
買い物の荷物をイーレさんの店に置かせてもらい、俺たちは揃って外に出た。
あまり大きな声で「リスの魔道具」とは言えないので、以降「リス」と呼称する事にする。
これで周りは俺たちの話が聞こえても「ペットのリスが逃げたのかな」としか思わないだろう。
「まず、リスは群れで行動する。で、この国のリスは昼に活動する。今日は天気もいいし、今の時間は日向ぼっこでもしているか、食料調達でもしている時間だ。という事で、ここからは聞き込み調査だ。すみません」
「へいらっしゃい!」
「ちょっとお聞きしたいのですが、この町でリスが集まる場所って知りませんか?」
先程道を聞いた経験のお陰で、話しかける時の緊張はそれ程感じなかった。
雑貨を売っていたおじさんが「リス?」を小首を傾げたので、「探していて。よく日向ぼっこしている場所とか、好きな木がある場所とか知っていれば教えていただけないかと思ったのですが」と言葉を続けた。
すると彼はエレンたちを見て何やら納得した様子で、「そうだなぁ」と顎に手を当てる。
街中で、チョロチョロを動くリスを何度か見た事がある。
町中に住み着ているのは、間違いないと思うのだが。
「リスだけじゃないけど、動物たちが集まる場所っていうんなら、あそこはどうだい? ほら、町の南にある大きな木の」
知っているか? と尋ねられ、俺は「あぁ」と思い出す。
この町の南には、百年単位の樹齢の木がある。
大きな木で、日当たりがいい場所だという事もあり、たしかこの前エレンが冒険者たちから、「いい日向ぼっこ先」として教えられていた場所の筈だ。
「道はそれ程入り組んでいないから、あの見えてる木のてっぺんを見ながら歩けば、問題なくたどり着くと思うよ」
「ありがとうございます。行ってみます」
お礼を言って、エレンの手を引く。
エレンが「どこいくの?」と見上げて聞いてきた。
同じように、メェ君も「めぇ?」と見上げてきて、ぷぅちゃんが「ぷいっ」と鳴きながら顔を背ける。
「聞き込みをしたら、現場に足を運ぶ。それが物探しの鉄則だ。だから次は、南の木の辺でリスを探す」
「スレイ」
「ん?」
「りすさんいっぱいいる?」
「エレンが思っているほどいっぱいかは分からないけど、色んな動物が集まる場所らしい」
俺のその言葉に、エレンは嬉しそうに繋いだ手をブンブンと前後に振る。
「メェ君とぷぅちゃんのお友だちもいるかなぁ?」
「どうかなぁ。メェ君は人当たり……いや、動物当たり? がいいから未だしも、ぷぅちゃんは――いてっ」
背中に思い切り頭突きを食らった。
店が立ち並ぶ町の大通りは、緩やかなカーブを描き南の木の近くまで続いている。
「スレイ、おいしいかった!」
「そりゃあよかった」
言いながら彼女が渡してきた焼きパンの空の包み紙を、受け取りながら俺は笑う。
ちょうど昼飯の時間だったので、途中でジューシーな肉を挟んだ焼きパンを食べながら歩いてきた。
流石は売り物というだけあって、家で作る飯より随分とうまい。
……今までなぁなぁにしてきたけど、成長期のエレンの事を思えば、飯は外で食べた方がいいだろうか。
いやでも朝は結構早いし、夜は一度身綺麗にしてから外に出るのが億劫だ。
夜にエレンを連れ出すのも、あまりいいとは言えないし。
そう考えるとやはり飯は、家で食べるのが一番好都合。
そうなると、あとは飯を作れる家政婦でも雇うか。
貴族では当たり前の使用人だが、商家などの人を雇えるだけの金がある家は、時間や技術を買うという名目で、人を家に雇い入れたりもする。
うちは商家ではないものの、貴族時代からの持参金に加え、これまでの仕事の報酬の使いどころはなく、金は貯めている。
実はエレンの分の報酬も子供料金として俺の三分の二の金額ではあるが、そろそろ出るようになるらしい。
エレンはそれで、自分で自分の嗜好品を買える事を楽しみにしている。
その楽しみは奪いたくないので、必要な買い物以外の分は、エレンの報酬分の範囲内でさせようと思っている。
という訳で、飯を作りに来るだけの人なら、五年は問題なく賄えるくらいの額が今手元にある状態だ。
俺が冒険者ギルドで依頼を受け続ける限り、その期間も延長できるだろうし。
「あっ、おおきな木!」
エレンがそう言い、俺の手を放す。
大通りから外れ小道をパタパタと走っていく彼女に、メェ君とぷぅちゃんも続いた。
彼女たちの行く先にあるのは、聞こえてきた言葉の通りの大きな木だ。
あれが俺たちの目指していた場所。
動物たちの溜まり場になっている目的地だろう。
前評判の通り、日の光を遮るもののない小さな広場は、絶好の日向ぼっこ場所だった。
人が一人もいない代わりに、動物たちは少々だらしなく、見る人によってはダランと可愛くくつろいでいる。
「ねこさん、わんちゃん、はとさん、りすさん……!」
エレンは目をキラキラとさせながら、動物たちの休息を見て「わぁーっ!」と声を上げた。
彼女の声に、寝ていた動物たちの中にピクリと体を動かした者が数匹。
しかし近づいてこないエレンの様子を見て、害意なしと感じたのか、体や目を伏せてすぐに先程までの形に戻る。
「近寄らなくて、いいのか? エレン」
思いついたらすぐに行動のエレンなら、すぐにあの真ん中に飛び込んで動物たちを辺りに散らすか、すぐに仲良くなるかすると思っていた。
思いの外大人しい彼女を意外に思いながら尋ねれば、エレンはキョトンとした顔になる。
「エレン、お友だちがいやなことはしないよ?」
「……そうか」
彼女の答えに、思わず口元が綻ぶ。
彼女はいい子だ。
相手が嫌がる事をしない。
心あるものを相手にする場合、それは当然の配慮であり、それこそが人間関係の肝だ。
しかし口に出す何倍も、実際にそれをするのは難しい。
それをこの年で当たり前のようにできるのは、前の保護者――彼女の育ての親である『おばあさん』を始めとする、周りの教育がよかったのか。
はたまた彼女の気質故か。
……いや、きっとその両方だろう。
「じゃあ、まずは少し遠くから、木の周りをグルッとして目的のリスを探すか」
「みんなのおひるね、じゃましないように、シーッだよ!」
「めぇ」
「ぷ」
返事をした二匹に頷き返し、最後に彼女は俺を見た。
俺をジーッと見て、何も言わない。
何かを待っている?
でも、何を……あぁ。
「分かった。静かにな」
どうやら俺にも返事を求めていたらしい。
俺の答えにエレンはやっと、先頭をゆっくりと歩き始めた。




