第40話 『特性』の発生(仮説)
結果はすぐに分かった。
「別に普通のペンギンだな」
「ステータス項目――『特性』も?」
「ない」
ドラドが目に見えて落胆する。
せっかく見つけた新しい項目のバリエーションを見たかったのか、それとも純粋に不思議な召喚動物の存在に期待したのかは分からないが。
「エレンはエレン、メェ君はメェ君。きみのおなまえは?」
「ぷぅ」
エレンはおそらく子ペンギンと話をしているのだろう。
俺には「ぷぅ」としか聞こえないが。
「わかった! よろしくね、ぷぅちゃん!」
ペンギンのぺの字もない名前に、俺は思わずガクッと来る。
名前なんて究極何でもいいけど、まさかこの目つきの悪い子ペンギンがそんな可愛い名前だったとは。
あまり似合わな――あ、睨まれた。
「ぷ、ぷぷぷぅぷぅぷ!」
「え? うんそうだね。ぷぅちゃんがよければ、エレンとメェ君といっしょに、スレイのおうちにすまないかなって」
「ぷぅぷぅ!」
「うん」
「ぷぷーぷぅ」
「へぇ!」
何を話しているのかはよく分からないが、見る限り子ペンギン――ぷぅちゃんは、エレンに対しては従順なようだ。
「エレンもおうえんするよ、ぷぅちゃんのゆめ! ぷぅちゃんがだれよりもすごい『かりすませい?』をはっする、りっぱなそらとぶペンギンに、なりますように!」
「あー……」
思わず声が出てしまったのは、エレンが『空を飛ぶペンギン』になれるように願ったからだ。
ペンギンは、鳥の中でも数少ない、飛べない鳥。
どんなに祈り願っても、残念ながらぷぅちゃんは飛べない――。
瞬間、目の前で起きた事に俺は目を見張った。
目の前で、あり得ない現象が起きている。
ふわりと空を飛んだのだ。
飛ばない筈の、子ペンギンが。
「ドラド!」
彼を振り返れば、既にドラドの瞳には『鑑定』スキル行使時特有の僅かな青い発光が見えた。
「さっきまで、なかったのに」
その一言で、何が起きたか理解した。
「『特性』の項目が出たのか!」
「あぁ。『特性:空飛ぶカリスマペンギン』って」
「おいおい、それって」
今正に、エレンが願った事、そのものだ。
俺はつい今まで、メェ君は生まれながらに『特性:沼』というステータスを持っていたのだと思っていた。
しかしそれは、おそらく大きな勘違いだったのだろう。
本当の証明は、もっと試行回数を重ねなければできない。
しかし少なくとも現状、目の前で起きた諸々を加味して、一つ有力な仮説が立った。
――『特性』というステータスの発生は、エレンの方に主導権がある。
それも、エレンが口にした祈りや願いが関係している可能性がある。
「嬢ちゃんは、本格的にやばいなこりゃあ」
ドラドが苦笑い気味に言った。
彼の言う通り、かなりやばい。
そもそも「ステータスを増やせる」という時点でやばいのに、その内容にまで干渉できるだなんて。
メェ君の特性について考えていた時、俺は思った事がある。
――特性は、少しスキルに似ている、と。
人間にとっての『スキル』が、動物の場合は『特性』という名で生じるのではないか。
そんな仮説を密かに立てた。
もしこの仮説が正しくて、否、正否に関わらず周りがそういう見方をしたら。
「本来スキルは『神から賜る神聖なもの』。スキルを覚醒させる事ができるのは、神に仕える神殿だけ」
少なくとも神殿や貴族の間では強く、平民の間でも穏やかに、そういう認識が根付いている。
そんなこの世界で、神にしかできない事がエレンにもできるという事が、バレたなら。
神の生まれ変わりと祭り上げられ、王城に召し上げられるか。
神殿預かりという名目で、神殿内に幽閉され、いいように飼い殺しにされるか。
はたまた神を騙る不届き者として、処刑されるか。
そうならなかったとしても、おそらく彼女の周りには、欲にまみれた大人たちが集まるだろう。
そんな醜い世界を、新しい仲間が増えた事に純粋に喜んでいるこの子には見せたくない。
そんな事を難しい顔で考えていると、突然視界にヒュッと何かが入り込んだ。
同時に下からアッパーの要領で、顎にゴンと衝撃が走る。
「ごふっ! 何……」
一体何が起きたのか。
面食らいながら痛む顎を押さえると、子ペンギンがふわりと顔の位置まで下りてきた。
一体どんな恨みがあって、こんな事をしてくるのか。
よく分からないが、何故か達成感を孕んだ鋭い目つきが愛想ない。
そんな俺たちの傍に、エレンが嬉しそうにトコトコとやって来る。
「スレイ! ぷぅちゃんのプリンもある?」
「え、あぁ、プリン」
そういえば、食後のプリンがあったのだった。
スキルを使い終わったら食べようと、エレンに話していたものだ。
幸いにも、動物たち用のは大きな器に作っている。
それを皆に等分するので、数が足りないなどという事にはならない。
「大丈夫だよ。じゃあ、食べるか」
「うん! やったね、ぷぅちゃん。ぷぅちゃんのかんげいぱーてぃーだよ!」
「ぷぅ?」
俺たちの気持ちなんて知る由もないエレンが、首を傾げる子ペンギンとそんなやり取りをしている。
隣に目をやれば、先程までの俺と同じく、眉間に皺を寄せて「しかし『空飛ぶ』は分かるが、『カリスマ』って具体的にどんな作用をするんだ?」とブツブツ言っているドラドの姿があった。
「ドラド、お前も食べて帰るか?」
「え」
「プリンだよ。作ったんだ、山羊ミルクプリン。今日エレンと一緒にな」
人間用のは器に一人分ずつ分けているが、幸いにも今日の夜と明日の朝の分の、一人二回分作っている。
エレンは予定通り食べるとして、明日の俺の分をドラドにやれば、一緒に食べれない訳ではない。
「いいのか?」
「まぁ、せっかく来た奴を『これから食うから』って言って追い出したり、目の前で俺たちだけ食べる程、俺も人でなしじゃないからな」
俺の言葉に、ドラドは「じゃあありがたくいただこう」と言葉を返した。
一見そっけない返事だが、その実口角が上がっている。
実はこの男、見た目に寄らず甘いものに目がないのだ。
本人は隠しているつもりなのだろうが、ハッキリと嬉しさが顔に出ていた。




