第39話 スキル使ってみていいぞ
リビングに着くと、どうやらちょうどエレンとメェ君がご飯を食べ終えたところだったらしい。
「今日もかてを、おいしくいただきました! あっ、ドラドおじちゃん!」
「よう、嬢ちゃん。元気か?」
「うん、元気!」
そんなやり取りを聞きながら、とりあえず食後の食器を台所に持っていく。
「おじちゃん、今日はスレイのおうちにおとまり?」
「はははっ、違うよ。ちょっと用事があってな。嬢ちゃんは今飯食ったところか」
「うん! これからね、スキルつかうんだよ!」
「ほぉ?」
ちょうどデザートのプリンと甘み足し用のはちみつを盆に乗せて戻ってくると、ドラドの窺うような目と目が合った。
ドラドも冒険者ギルドのギルド長、稀にギルド内で召喚士が召喚対象を御しきれずにトラブルになる案件も見てきている。
だから、おそらく「これは単に嬢ちゃんがその気になっているだけか? それともお前が許可をして?」というような事を聞きたいのだろう。
「エレンがやりたいって言ってな。メェ君ともちゃんと話したが、大丈夫だと判断した」
「そうか」
少しほっとした表情で「ならいい」と言ってきたドラドは、エレンに「エレンがスキルを使うところ、俺も見ていていいか?」と尋ねる。
「いいよ! ドラドおじちゃんは、スレイのお友だちだから!」
「ありがとう。楽しみだなぁ、嬢ちゃんのスキル」
エレンが快く応じ、ドラドもたしかにワクワク顔、だが。
「いいのか? わざわざ今俺のところに来たっていう事は、明日朝結構早いんだろう?」
でなければ、明日の朝用事を済ませればいい。
そうしないのは、そうできない理由があるからだ。
そんな俺の推測は、どうやら図星だったらしい。
しかしその上で、彼は「大丈夫」と言って笑う。
「どうせ馬車に乗ってりゃあ着くんだ。眠けりゃ馬車で寝ればいい。それより嬢ちゃん、また召喚するんだろ? あれから冒険者ギルドに出入りしている『召喚士』スキル持ちたちに、許可を得て鑑定さえてもらったんだが、あの『特性』とかいう妙なステータスが付いている奴はいなかったからな」
「エレンがまた『特性』持ちの動物を召喚できるかどうかは、分からないぞ?」
「でもまた引き当てるかもしれない」
かなり期待している様子の彼に予防線を張った俺だったが、だからといって彼の言葉を否定するだけの根拠も持っていない。
もしまた特性持ちを召喚した場合、あらかじめどのような特性持ちなのかを知っておけるのは、俺としても助かる。
本人が納得して自分の用事を後回しにするというのならまぁいいかと思いつつ、エレンに目を向ける。
「じゃあエレン、約束通りスキル使ってみていいぞ」
「やったぁ! メェ君! すぐにメェ君のお友だちを作ってあげるからねっ!」
エレンはそう言うと、椅子からストンと降り立った。
「スキルの使い方は分かるか?」
「うーん……メェ君の時は、気が付いたらいたよ?」
「なるほど」
無自覚にスキルを使ったのだろう。
その時に抱いた何かしらの、エレンの願いに従う形で。
それなら今、使い方を教えればいい。
本来なら自分が持ちえないスキルの使い方を先導するのは難しいけど、幸い俺は王城時代にも何度かやった事がある。
おそらく問題ないだろう。
「じゃあエレン。まずは深呼吸」
「しんこきゅう?」
「大きく息を吸ってー、吐いてー」
エレンが俺の号令に合わせて、大きく息を吸って吐いた。
これ自体に意味はないのだが、緊張で上がっていた肩の位置が、先程よりも少しばかり下がった。
スキルを使う事に対する緊張は、スキルの発動を阻害する事がたまにある。
まずは落ち着いて、それから始める。
「胸の位置に両手を当てて、考える。エレンがこれからスキルで何をするか、したいかを」
「エレン、メェ君のお友だちしょうかんする!」
「よし、じゃあ考えた事を、胸に当てている両手に乗せて、ゆっくり前に出す」
「きもちは、りょうてにのせれないよ?」
「目に見えなくても、今エレンの両手にはスキルが乗っているよ」
俺の言葉を真に受けて、エレンがしげしげと何も乗っていない両手の手の平をジーッと見ている。
大人には、いつも「心臓辺りから湧き出ている自分のスキル発動の燃料が、腕を通って手の平から出すイメージで」と伝えるのだが、エレン相手には少し難しいかと思って言い方を変えた。
うまく誘導できているかどうかは、この後すぐに分かるだろう。
「エレン、両手を前に伸ばして。手に乗っているスキルを、落とす」
エレンが上に向けていた手の平を、掬い上げていた水を下に落とす要領で、下に向けた。
瞬間。
エレンの足元――リビングの床に、ぼうっと召喚陣が浮かび上がる。
よし、成功だ。
「陣から動物がやってくる。どんな動物がいい? エレン」
「メェ君となかよくしてくれるモフモフだったら、だれでもいいよ!」
エレンがそう言った瞬間に、召喚陣がカッと白く輝いた。
突然の光に、エレンが「わっ!」と目をつぶる。
こうなると分かっていた俺は、目を細めるだけで済んだ。
お陰でその陣の真ん中に、小さな影が生まれた瞬間を見た。
メェ君より小さい、その影の正体は。
「ペンギン?」
まだ子どものペンギンだろうか。
スモーキーブルー一色のモフモフペンギンが、小さな声で「ぷぅ」と鳴いた。
「かわいいー!」
「ぷっ?!」
エレンが抱き着き、ペンギンが驚きの声を上げる。
メェ君も同意するように、エレンと抱き締められたペンギンにモフモフな頬をスリスリとした。
おそらく歓迎の意思の表れだろう。
それらを見ながら、ドラドも「可愛いなぁ」と表情を綻ばせている。
しかし俺は「可愛いか?」と内心で半信半疑だ。
いや、別にエレンやメェ君や、一人と三匹の初対面が可愛くないという話ではない。
俺が疑問に思ったのは、エレンが一番最初に言ったペンギンに向けての「可愛い」だ。
小さいペンギンを「可愛い」と表現する事には違和感はないけど、このペンギンを「可愛い」と表現するのには、若干違和感がある。
だってこのペンギン、目つきが悪い。
眉間にも皺が寄っているし、鳴き方だって、なんか変だし。
ペンギンって、ぷーとは鳴かないと思う。
多分。
「嬢ちゃん。そのペンギン、鑑定させてもらってもいいか?」
「いいよ!」
ドラドが少しワクワクした様子で、子ペンギンに『鑑定』スキルを使う。




