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第36話 もっと自分を誇った方がいい



 その仮説は、結果的に正解だった。


 犯人は、穴花スズメバチ。

 その巣が巡回ルートの地中に存在し、そこから出てきたハチたちが、通る衛兵を猛毒の針で刺していた……というのが真相だった。



 事件解決後、辺境伯領からは助言へのお礼と暴言への謝罪が綴られた手紙が届いた。


 辺境伯領のすぐそばには、強い魔物の生息する森がある。

 それらへの知識と対処には自信があったが、普通の動物の脅威に対する知識は乏しかったのだと、だから助かったと書いてあった。



 俺はそれから約十年間、王城お抱えのスキル研究家を名乗るに至った。

 その時の教訓から、俺は「スキル研究家を名乗るためには、スキル以外の知識も必要だ」と、様々な知識を頭に入れるようになった。


 結果として、それは正解だったと思う。

 不可思議な現象をすべて「スキルのせいだ」と決めつけて、やってくる相談者が多いのだ。

 そんな人たちを納得させ、適切な助言をするために、あらゆる知識が必要だった。



 この件は、言わば俺のスキル研究家としての転機だったと思っている。

 だから元々印象深く、感慨深い出来事だったのだが。


 まさかこんな所でも、あの時の経験が役に立つとは。

 人生、何があるか分からないなと改めて思う。


「見つけたぞー! ハチの巣だー!」


 牧場の調査をしていた冒険者のうちの一人が、地面から顔を上げ手振りでも発見を主張した。



 リステンさんが「まさか本当に見つかるとはね」と驚く隣で、俺はホッと胸をなでおろす。


 相手は魔物ではないが、一般人が対処するのは難しい。

 一見すると冒険者らしくない仕事なので人気がある依頼とは言い難いが、場合によっては周りに甚大な被害を齎す仕事である。


 おそらくドラドもそう思って、元々「報酬は高めに設定しておいた方がいい」という助言をしたお陰でそれなりだった依頼報酬に、さらにギルドからも金額を積んだのだろう。

 お陰ですぐに受注者は見つかり、こうして脅威の発見に至った。


「エレン、ハチさんともお話できればよかったのに……」


 スキルと戦闘力を駆使して、ハチたちから身を守ながら地中の巣を撤去しようとしている冒険者たちを遠目に見ていると、エレンがポツリとそう漏らした。


 シュンと肩を落とした彼女からは、自分への落胆が見て取れる。

 隣のメェ君が「めぇ……?」と、エレンの顔を心配そうに見上げる。

 


 おそらく「もし自分が喋れたら、『別の場所で巣を作って』とお願いできたかもしれないのに」と思ったのだろうが。


「穴花スズメバチは、一度決めた場所から動かない。説得しようとしても、きっと決裂していただろう。それに、エレンが今日気が付いてくれたから、誰にも怪我がなかったんだぞ? エレンは十分すごい事をしたんだ」


 言いながら、彼女の頭を優しくポンポンと撫でる。


 実際、エレンの功績は大きいし、誰にも真似のできない事だ。

 何も落ち込むような事は何もない。


 それに。


「エレン。この世にすべてが一人でできる人はいないよ?」


 エレンの隣に中腰になり、目の高さを合わせる。


「たとえば町の人が牛乳を飲むためには、牧場で搾乳をするリステンさんみたいな人が必要だけど、絞った牛乳を売る商人だって、今日みたいな危険な事があった時には、冒険者たちに依頼をする。でも商人だって商品がないと商売ができないし、冒険者たちだって依頼がなければ金を稼げない」


 それは誰だって同じだ。


 たとえば貴族は使用人たちに身の回りの世話をしてもらうが、そうして捻出した時間を領地や領民のために使う。

 門番や衛兵は町の平和を日夜守っているが、それができるのは家に帰れば温かく出迎え生活を整えてくれる親や奥さんのお陰だし、外食先の食堂が美味しいご飯を作ってくれるからだ。

 皆気が付けば、誰かの手を借りて生きている。


「俺だって、皆に色々と助けてもらっている。ジェームスさんやリステンさんが仕事の依頼を出してくれるから、冒険者ギルドで働いている人たちがその仕事を仲介してくれているから、毎日食うに困らないお金をもらえている。エレンはそんな俺が、『自分じゃあ全部できないダメな人』だと思う?」

「おもわない! スレイはすごいよ!」

「うん。なら、エレンもダメじゃない。すごいよ」


 即答のエレンに、思わず笑みが零れる。 


「エレンはちゃんと、自分を褒めてやった方がいい」

「じぶんを、ほめる?」

「そう。エレンはこの前言ってくれただろ? 俺に褒められると嬉しいって」

「うん! こころがね、ポカポカーってなるの!」

「それはいい事だろ?」

「いいことだとおもう!」

「じゃあ自分に対しても、できなかった事を数えるのではなくて、できた事を数えて褒めてやるといい。いい事は真似しないと勿体ないだろ?」


 これは別に、自己評価を通常より高く見積もって威張れと言っている訳ではない。

 反省が不要だと言っている訳でもない。

 自罰的な思考になるのはよくないという話だ。


 少なくとも今日、穴花スズメバチの説得に関しては、エレンに省みるべき点は存在しない。

 ないものを省みる必要はないと思う。


「エレンはもっと自分を褒めていいよ」


 自分の行動を、誇っていい。

 そう言うと、俺を見上げてきたエレンが嬉しそうに頬を染めた。


「スレイ。エレン、すごい?」

「あぁ」

「エレン、がんばった?」

「もちろん」

「エレン、さいきょう?」

「それは分からない」

「えーっ?!」


 何で肯定してくれないのかと抗議に頬を膨らませるエレンに、俺は小さく苦笑する。


 その問いに安易に肯定を返して「エレンは強いから、何でもできる」と思われたらたまらない。


 自分を誇るのと、慢心は違う。

 適当に言葉を返したせいでエレンが無謀な事に首を突っ込むのは、どうあっても避けたい。


 同じ褒めるでも、何でもかんでも頭ごなしに褒め殺しにすればいいというものでもないのである。




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