第34話 脅威の正体
「エレン、『げんちちょうさ』してくる!」
「えっ」
そんな難しい言葉、一体どこで聞いてきたんだ。
っていうか、ちょっと待て。
「一人で行くな」
「やぎさんといっしょだよ?」
「一緒でもダメ!」
歩き出そうとしたエレンの肩を引き戻すと、少し勢いづきすぎたか、俺の膝に背中をトンッと当てたエレンがそのままこちらを見上げてくる。
そのキョトン顔が、「何で行っちゃダメなの?」と俺に聞いてきていた。
「今日、約束したばかりだろ? 知らない人についていかないって」
「やぎさんは、ひとじゃないよ?」
「知らない人も知りあったばかりの山羊も、どっちも似たようなものだろ」
あの時俺が言いたかったのは、『どんな誘惑も釣り文句にも、一人で勝手についていくな』という事だ。
すべての人間が善良ではないように、すべての動物が善良ではない。
特にエレンは動物と意思疎通ができる分、うまく口車に乗せられてだまされる可能性が上がる。
もし相手に悪気がなかったとしても、結果として危険に巻き込まれては意味がない。
そういう意味も込めての「一人で行くな」だ。
俺が一緒なら、エレン一人よりは状況判断ができる分、安全だ。
いざという時には――戦闘力では心許ないが、知識という面では――助ける事だってできる。
その上今回は、動物たちが怖がる何かがあるのである。
得体のしれない怖いものに、安易に近寄るのは危険だろう。
「調査っていうなら、まずは聞き込み調査をしてみるのはどうだ?」
「ききこみちょうさ?」
「そう。動物たちにその『怖いもの』についての詳しい話を聞いてみる。もし退治する必要があるものなら、話を聞いてちゃんと準備をして、それから行った方がいいだろ?」
俺がそう言うと、エレンは「たしかに!」を顔を明るくした。
「エレン、『ききこみちょうさ』する!!」
そう言うと、エレンは早速先程の山羊に話しかけ始めたのだった。
エレンのお陰で追い出し作業は、いつもより早く進んでいる。
少しばかり手を止めたところで進捗上問題なさそうではあるけど、流石に仕事をしに来ておいて勝手に休むのも、ボーッとしているのもいただけない。
そう思った俺は、空になった畜舎の一室を掃除し始めておくことにした。
リステンさんが先にしている場所とは、ちょうど対角の部屋に入る。
そこでとりあえず散らばっているフンを拾い歩いていると、トトトッという軽い足音が近づいてきた。
視線を上げると、ちょうどエレンがこちらに向かって走ってきている。
何か分かったのかと思って手を止めれば、エレンが元気よく声を上げた。
「スレイ! ぜんぜんわからない!」
テンションだけはさも何か重要な事が分かったかのような雰囲気なのに、分からなかったんかい! と思わず突っ込みを入れたくなる。
「教えてくれなかったのか?」
「ううん、みんなおしえてくれたよ。でも、なにがこわいか、わからなかった」
「うん?」
何だそれは。
そう思っていると、エレンはすぐに聞いた内容を教えてくれた。
「あのね、うしさんは『ブ~ン』なのがいやなんだって。やぎさんは、『足元があぶないからあるけない』って。ひつじさんは、『ちいさいのが、いっぱいいる』って言ってて、うまさんは『あまくていいにおいがするけど、さされたらいたいから』って言ってたの」
小さな体をフル活用して大げさなジェスチャーをしながら教えてくれたけど……なるほど。
たしかに一見すると、何の事だか分からない。
顎に手を当てて、少し真剣に考えてみよう。
とりあえず、擬音やエレンの可愛いジェスチャーを一旦頭の隅に追いやって、情報だけを抜いてみると、『音、足元、小さな個体・群れ、攻撃性、そして臭い』。
特に「刺されたら痛い」という情報からは、脅威の攻撃手段が「刺すこと」であるという事が分かる。
これに当てはまる脅威……。
牧場広場は、毎日動物たちを出入りさせる時に、リステンさんの目に入る。
という事は、脅威があるのは広場の外か、もしくは。
「地下……?」
だとしたら、『足元』の意味は分かる。
あとは、音、小さな個体の群れ、攻撃性、臭い。
……あれ?
何だか情報に既視感があるような。
「あっ!」
思い出した。
かなり珍しい事ではあるが、絶対にありえないという話でもない。
そんな可能性を、一つ。
もしこの予測が正しければ、不用意にエレンの現地調査を許可しなかったのは英断だと自分を褒めてやりたい。
動物たちが怖がっている事に、気が付けたのも幸運だった。
早期発見できたお陰で、リステンさんの牧場は損失を免れる。
少しはいつもお世話になっている分の恩返しができるというものだ。
「リステンさん! ギルドに依頼書を出してください。仕事内容は『穴花スズメバチの巣の調査と駆除』です!!」
俺が張り上げた声に、せっせと掃除をしていたリステンさんが驚いて顔を上げた。




